閑話 【希薄の】
胸糞です。不器用です。
俺は、突然この世界に立っていた。
何もなかった。ボロ服姿のままで俺は立っていた。
俺の名前は、フォーグと言ったが、国籍も、名前すらあってないようなものだった。
確か、俺の女をもてあそんで、殺しやがったやつを、殴りつけたところまでは覚えていた。
その辺のガラクタで殴った時に、頭の中が飛び散ったからあいつは死んだだろう。
いい気味だ。
しかし、ここは何処だ?
何も無い。
俺はスラム街にいたはずなのだが、今いるのは、高野だった。
どこまでも広がる、緑色がまぶしい。
俺がいる場所じゃねぇな。
俺は、そう呟いた時。
「どなたでしょうか?」
一人の女が声をかけて来た。
20歳になったばかりくらいの女か。
薄い金髪の女は、大き目の目を見開いて、こちらを見つめていた。
警戒心も無いのか。
俺が、女を見つめていると。
「もしかして、冒険者様でしょうか? お腹が空いておられるなら、私の家に来られますか?」
そんな事を言う女。
「ああ」
何がなんだか分からない俺は、とりあえずそれだけの返事をする。
結局、俺は、女の家に世話になる事になった。
女の家は、貧しかった。
だが、俺の元いた場所より、何千倍もマシだった。
まず、ネズミに足をかじられる事がないのが嬉しかった。
俺は、女の家で飯をもらいながら、何が起きたのか調べる事にした。
結局、俺がいたのは、フェーロン王国という、まぁ、共和国の端っこだという事が分かった。
どうやら、異世界らしい。
キンカ。
そう呼ばれている都市の近くの小さな、小さな村。
時々出て来る羊のような、豚のような魔物が、唯一の食料だと言っていた。
それ以外は、イモのような物を栽培していたのだが、明らかに量が足りない。
視界一杯の畑を掘り返しても、半年持つか持たないか程度の収穫しかない。
だから、女の家も、貧しかった。
いや、村中が貧しかった。
そんな中、女と一緒に暮らすようになり。
女に子供が出来た。
俺は、真剣に、ダライアスまで行き冒険者になる事にした。
世話になった女と、子供を養うために。
ほとんど食料もないはずなのに、女は、俺に大量に食料を持たせてくれた。
女を抱きしめ。俺は、フェーロン王国の首都と呼ばれるダライアスまで歩き始める。
どれくらい歩いただろうか。
キンカを超え、歩いて行った先の本当に小さな小さな村ともいえない集落で、その噂を聞いた。
キンカが襲われた。
周辺の村も焼き討ちにあったらしい。
俺は、全ての荷物を放り出して走った。
女の事が。子供の事が気になった。
走って。走って。
俺が、村に帰った時。
村は焼き尽くされていた。
俺の前には、泥だらけで、裸にされた女が転がっていた。
戦争。
奪い合い。
その瞬間。
俺の体を、矢がすり抜けていった。
俺が後ろを振り返ると、驚いた顔をした男の顔が見えた。
俺は、その辺に転がっていた木材を手にする。
男が何かを叫ぶ。
切りつけられた剣は、俺の体をすり抜けていた。
俺は、奴の。男の頭を殴りつけた。
潰れた男の顔を見ながら俺は理解する。
ああ。そうか。
この世界も、俺の世界なのか。
奪った者が勝ちで。
奪われた者は泣くしかない世界なのか。
なら。
奪ってやる。
奪いつくしてやる。
女も。
子供も。
幸せも。
不幸も。
そして。
「神がいるなら、クソくらえだ。俺は、勝手に生きてやるよ」
肉の塊になった男を見た瞬間。
腹が鳴った。
何日喰ってなかったのか。
思い出したかのような空腹に。
俺は耐えれず、目の前の肉を食う。
男はまずかった。
女は。
うまかった。
隣の国へ行き、冒険者になった。
俺を殺せるものは、居やしないのだ。
全ての攻撃は、俺をすり抜けた。
勝手にした。
気分で、魔物を殺し。
気分で、人を殺した。
何の依頼だったか。
依頼の途中で、食料が切れてしまった。
食べる物もなく、あいにく魔物すらいなかった。
そんな時。
何のいたずらか。
ガキがいた。
10歳くらいの女だったか。
腹が減って、むしゃくしゃしていた俺は奴を襲った。
別に、何がどうというわけでもなかった。
ただ、幸せそうな奴から奪いたくなっただけだった。
結局、虚しさだけが残り。
飢えだけが残った。
相手を一方的に殺せる事に恐れをなした国が、俺の討伐に来た事もあった。
だが、そのころには、【顕現】も少なからず使えるようになっていた俺は、相手と組みする事なく相手を一方的に切り裂き続けた。
2000人くらいは、切り刻んだか。
楽しくて、楽しくて時間を忘れて切り裂いた。
奪う喜びに。
打ち震えた。
最終的に、俺は、4Sと呼ばれる事になった。
それからも、ずっと自分の欲望だけを満足させてきた。
アイツに。
【皇】に会うまでは。
「君にも、手伝ってもらいたい」
奴は、そう言って来た。
奴は、ただ。
「帰りたいんだ」
それだけ言った。
俺には分からない。
どうせ帰っても、ここと同じだ。
奪い、奪い返され、奪った者が得をする世界。
クソったれな、優しさなど、微塵もない世界しかない。
ゲートが完成した時、奴は、子供のように喜んでいた。
俺が、ゲートをくぐれた時、さらに舞い上がっていた。
少しだけ、少しだけ俺は嬉しかったのかも知れない。
それでも、俺は、奴に付き合う事を辞めた。
どうせ、何をしても変わらないのだ。
この世界はクソったれなのだから。
そんな日々。いつだったか、
腹が立つ事に、シュンとかいう、小僧に俺は、傷を負わされた。
何が起こったのかは知らねぇ。
俺は腕を切り落とされた。
いら立って、腕をくっつけてもらった後で、何人ガキを殺したか覚えてもねぇ。
いつか、仕返ししてやると決めた。
奪っても、奪っても満たされなかった。
喰っても、喰っても飢えていた。
そして今、俺は、羽を払っていた。
「なんだよ!これは、なんなんだよ!」
そう叫んだつもりだった。
しかし、羽は、俺の腕を。
肩を喰らいつくしていく。
そして。羽が俺の目の前に振って来た。
羽の後ろで。まぶしいばかりの緑の大地のど真ん中で。
女が見えた。
笑っていた。
俺のガキが見えた。
俺は、泣いていた。
始めて。
飢えが満たされたような。
俺は次の瞬間。この世界から、いや全ての世界から。
消えた。




