浄化。光の中に
「うまいなぁ。なぁそう思うだろ?」
【希薄の】は、口の中の物を飲み込み、手にしている物を再び舐める。
俺は、それを見ながら、まったく動けなかった。
怒りで。悔しさで。
「やっぱり、若い肉はいいよなぁ」
「ふざけるな!それを返せぇ!」
俺は、怒りのあまり自分の槍を奴に投げていた。
槍は、あっさりと奴を貫通し、奴の後ろの地面に刺さる。
【希薄の】はにやりと笑う。
俺は、足の痛みも無視して走りだす。
やつを何がなんでもぶん殴ってやる!
一瞬で奴の前に立ち。
拳で奴を殴る。俺の拳が当たる瞬間に、自分の手に空間収納の入り口を作る。
しかし、怒り狂った俺の魔力は正しく発動せず。それは空間収納の入り口ではなく、空間をゆがますだけに留まる。
そんな事も関係ない。
俺は、その魔法とも、魔力ともいえないものを拳にまとったまま、奴を殴り飛ばした。
一撃。
奴にヒットした感覚はあった。
俺が、笑った瞬間。俺の拳が弾け飛ぶ。
ゆがんだ空間ごと奴をなぐった反動で、俺の腕が耐えれなかったらしい。
いかにステータスが高かろうとも。
激しく出血する右手を見ながら、俺は奴を睨む。
一発殴られた奴は、少し驚いた顔をしていたが、俺の腕を見て思いっきり笑い出した。
うるさい。
黙れ。
返せ。
ミュレの腕を。
俺が、もう一度血まみれの自分の腕を上げようとしたとき。
そっと手を添えられる。
「シュン様。無茶はしない約束なのです」
リュイに止められた自分の腕を見る。
自分の血で、その両手が濡れていくにも関わらず、リュイは優しく、しっかりと俺の手を包み込む。
「なんだぁ。女に諭されて、止まるのかぁ。お前は、女のイヌかぁ」
【希薄の】が煽って来る。
リュイにそっと止められ、冷静になった今なら分かる。
奴は、俺の手の届かない場所まで、一瞬で下がっていた。
俺を怖がったのだ。その上で、俺を怒らせ、自滅させる気だったのだ。
「ちっ。面白くねぇなぁ」
【希薄の】は、舌打ちすると。
ミュレの手をこちらに向ける。
「ほれほれ、これが欲しいんだろうが?」
うす笑いを浮かべながら、その腕を振る。
リュイの俺を握る手が震えている。
俺は、左手で、リュイの手を握り返す。
俺の腕の出血はすでに止まりかけている。
真っ赤にそまった二人の手を見ながら。
俺は、【希薄の】を睨む。
「その顔。その顔が気にいらねぇんだろ!」
奴が叫ぶ。
リュイの肩に、ナイフが突き刺さる。
しかし、リュイは、痛みすら感じないかのように、俺と一緒に奴を睨み続ける。
「なんだよ!てめぇら!気にいらねぇ。気にいらねぇ。そうだ、そうかよ!」
奴は、何かに気がついたかのように、ひとしきり笑う。
「てめぇらの、子供をやりゃ、少しは気がまぎれるかぁ!」
その言葉とともに。
リュイの大きなお腹に、剣が。
剣が突き刺さる前に、その剣が一瞬で消える。
「はぁ?」
慌てた様子の【希薄の】
剣に触れた光輝く羽が、はらはらと地面に落ちていき、吸い込まれるように消えて行く。
「私も、この子も。シュン様とともにシュン様と歩くのです」
リュイは、動かない。
「あなたのような、何もない人には、決して折る事も、奪う事もできない絆なのです」
リュイがはっきりと告げる。
「うるせぇ!ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ!」
叫ぶ【希薄の】
「奪い取ったもんの勝ちだろうがよぉ!」
「可哀そうな人なのです」
リュイの言葉に。
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
力一杯叫けぶ【希薄の】
「てめぇら、絶対に殺してやる!」
突き出したその手が。
鈍い音を立てて、消える。
「は?」
【希薄の】が上を見ると。
辺り一面に、光の羽が降り注いでいた。
それは、光の雪のようで。
幻想的で。
ミュレに触れた羽はミュレをやさしく包み込む。
気を失っていたミュレがゆっくりと体を起こす。
羽をもぐもぐさせているのは、ご愛敬か。
羽を飲み込んだ後、その風景に。
「綺麗なの」
小さく呟く。
その光の羽のなか、奴は、ゆっくりとその体が消えて行く。
「ふざけるな!なんで、次元が、次元かぁ!」
慌てて羽を払いのけるその指が。その手が消えて行く。
「逃げれば、逃げれば」
何か、紫の光が奴の後ろに生まれるも。
羽は容赦なく、その光すら消し去る。
腕が、肩が、羽に触れ消えて行く。
「なんだよ!な、、ん、、、」
それが奴の、【希薄の】最後の言葉になった。
顔に羽が舞い落ちた時。一瞬【希薄の】目に、涙が見えた気がしたが。
羽は、優しく、残酷に奴の頭を消し去った。
リュイの肩に触れた羽は、優しくリュイの体を滑り降りて行く。
俺にも羽は積もるが、俺の体を癒し地面に落ちて行く。
奴のナイフも。
全て消えて行く。
俺の中に入っていた致死毒も、全ての音すら一瞬で異次元に消し去って行く羽。
「シュン様」
リュイは、俺の手を握ったまま。
俺もリュイの手を握ったまま。
お互いに、口づけを交わすのだった。
俺達は、絶望的な戦闘をしていたと言うのに、突然現れた光景を。信じられない光景を見ていた。
辺り一面に、光の羽が振る。
シュンの結界の中から、絶望的な数の敵と戦っていたはずなのに。
全ての冒険者が、シュンの結界から出ていた。
だが、そんな事すら気にしていられない。
光の羽は、空から無数に舞い降ち。
全ての蛇を跡形もなく消し去っていったのだ。
何も無かったかのように。
羽は、蛇を消し、地面に吸い込まれて消えて行く。
ただただ、光が舞い降りるその光景は、綺麗と言うには、陳腐なほどだった。
「きれい、、、、」
誰が呟いたのか。
その光の中。俺は、がらにもなく、涙を流していた。
ただただ、音すらなく光の羽は全てを浄化するかのように。
魔物と言う俺達の敵を消し去っていったのだった。




