幸せと休息
「シュン様っ」
ピンクの少女が、俺の手を握りながら楽しそうに笑う。
どうやら、目の前に飾ってある【スカート】が気になって仕方ないようだ。
獣人の町で死にかけてから、しばらくして俺はキンカに帰って来ていた。
西の砦で再び魔物狩りをしようとしていたら、ファイが手紙を持って来たのだ。
まぁ。いきなり獣人の町に現れた、【鳥犬】の出現に一時、大騒ぎにはなったのだが。
それよりも先に、ファイの持って来た手紙は俺にとっても、びっくりするものだった。
その内容は。
「中央の件だけどね、君が頑張ってくれたおかげで黙らせることが出来たよ。だから、帰ってきてもらえないかな。むしろ、帰ってきてくれないと大変な事になるから、すぐに帰って来てね」
と書いてあったのだ。
で、そんな脅迫じみた手紙が気になり、ミュレに乗っていざキンカに帰ってみると。ドンキが笑って出迎えてくれた。
「飛んで帰って来るとは、さすがだね。君にお願いしていた、ダライアスの件なんだけどね、
君を囲ってるから、あんまりうるさいと、君を送り込むかもよ。と言ってみたら、あっさり引いたみたいでね。さらに隣の国で、君、王族になったんでしょ?帝国から、速文が各諜報部員に渡されたみたいで、ダライアスも、大慌てしていたのが分かって楽しかったよ」
そう言った後、ドンキは俺を見つめる。
「で、僕としては、君との関係は続けていきたいと思っている。君が王族であろうが、国王であろうが関係なくね。でも、もう僕より地位が上がってしまった君に、僕の思いを押し付けるわけにはいかない。それでも、僕の友でいてくれるかい?」
そう真顔で聞くドンキに、俺はあたりまえだとあっさりと返事をする。
それを聞いて、ほっとした顔のドンキの顔は忘れられないものだった。
そんなこんなで、キンカに戻ってきたのだが。
それから、すでに一年経っていた。俺も、26になろうとしていた。
キンカに俺がいる事が、ダライアスに対する対抗策になるとの事で俺はキンカから動くに動けない状況になってしまったのだ。
まぁ、魔物の討伐依頼があれば、ミュレに乗って、さっと行ってさっと帰ってこれるので冒険者としての仕事も出来ている。
普段であれば、大旅行となってしまう西方城塞都市ですら、一日もあれば飛んでいける。
行動範囲は、ミュレのおかげで一気に広がったのだが。
ドンキの人使いの荒さまで強化されてしまった。
時々、本当に遠くの討伐依頼まであっさりとお願いしてくるドンキに殺意を覚える事もたびたびである。
それはそうと、今、リュイがじっと見ている【スカート】も最近、ドンキが作り始めた【制服シリーズ】の第一弾だった。
「軍の装備を統一したり、服装も統一したいのに、なかなかできなかったからね。やっと余裕が出来始めたから、行おうと思うんだ」
笑っていたドンキは、年よりとは思えないくらい、わくわくした顔をしていたのが忘れられない。
しかも、今の内縁の妻というかファイの母親との間にこの一年でまた子供が出来ていた。
性欲旺盛なジジイである。
ドウタツは、いつの間にか巨大なため池に変化しているし。
そこを中心に、キンカの東側にあった村とはくらべものにならないくらい大きな町がドウタツの跡地で急ピッチで作られている最中でもある。
俺が燃やし尽くしたから、町そのものが一から全部作り直しなのだが。
その仕事も、笑いながら。
「仕事と、経済が回る回る。高度経済成長ってのは楽しいよね」
とニコニコ笑っているドンキは、キチガイだと思うのだ。
回りの人も、終らない仕事に泣きそうな顔をしているというのに。
俺も、実は、2か月ぶりの一日休みであり、明日からドウタツからキンカまでの水路作成の続きを行わなければならない。
本来なら、キンカから、仕事場までは、行ったら行ったきりになるはずの距離なのだが。
そこは、俺専用の乗り物があるから、夜には帰って来れる。
後、リュイは、あの獣人の騒動の後、よほど思い詰めてしまったのか毎晩のように激しく求めて来ていたのだが、先日妊娠が分かってキンカから動かせなくなっていた。
討伐依頼にも連れて行けれない。どうしても近接戦闘型のリュイは激しく動いてしまうから。
ミュレは、「チャンスなの。独り占めなの」
と言っていたが、俺の乗り物と化している以上、二人でいる時間は圧倒的に増えていた。
なんだかんだで、時々襲われているし。
キンカで、俺がもらっていた普通の家は、いつの間にか改装され、屋敷と言っていい規模になっているしメイドも数名入っていたりする。
そのため、リュイの世話はそのメイドがしてくれているらしい。
らしいというのは、俺の世話はリュイが全てするからだ。
メイドには一切手を出させない。
食事から、服の管理まで。俺のまわりにメイドを近づけさせない徹底ぶりなのだ。
掃除は俺の個室が無いので必要ないし。
治療薬など作れる作業場まで増設されてはいたのだが、その整理はメイドがしてくれているようでいつも綺麗になっている。
そこまでの改装をいつやったのかすら不明なドンキに少し恐怖もあるのだが、彼はいつも笑って話しをしてくる。
「何かあれば、すぐに言ってよ。来賓を不自由させるわけには行かないからね」
ただ、そう言ってくれていたのだった。
「シュン様、こっちの服も可愛いです」
リュイが楽しそうにピンク色の服を見ている。
キンカは、一気に食料事情が改善されていた。
豆の木はすさまじい勢いで増えており、余剰の豆を使って、ドンキの力で、無害化されたホワイトピックが、家畜として大量に養殖されはじめていたりする。
ドウタツの水源と、豊富な豆。
「塩を探さないといけないんだよね」
と笑うドンキが、西方城塞都市との取引に塩を含めているのも知っている。
ドワーフの作った武器防具と、塩の取引。
向こうの冒険者と、こちらの冒険者の合同で護衛されているキャラバンもすでに出立していた。
ドンキはやる事が本当に早い。
そして、彼だけ、一日が2倍あるのではないかと思うくらいの勢いで仕事をこなしていく。
時々、俺にまで、「ちょっと遅いよ」
と圧をかけてくるくらいには。
「聞いているですか?シュン様」
ふと俺が考え事から戻ると、目の前で怒った表情のリュイが俺を見上げていた。
ぷりぷりと怒っているリュイに俺は考え事をしていた事を伝え、謝りながら頭を撫でる。
いつもと変わりなく、顔を真っ赤にするリュイは、そのまま俺の腕にしがみつきながら歩き始める。
「シュン様?」
ふと、足をとめ見上げて来るリュイに。
俺は、キスをする。
リュイの顔がさらに赤くなる。
その時に、道の向こうが騒がしい事に気が付く。
「ミュレを置いて行くのはだめなのっ!」
ほとんど裸の恰好のまま、走ってくるミュレを見つけて俺とリュイは笑いあうのだった。
一年。
獣人の町で死にかけてから、一年が経っていた。
忙しいながらも、本当に充実した幸せな日々を過ごしていたのだった。




