小さな妻
「行くのっ!」
「安静にしてれば、大丈夫にゃ」
今、シュン様の手を握っている私の隣で、ミュレと、にゃんの二人が騒いでいるです。
シュン様が倒れた事が本当にショックだったのか、ミュレはシュン様を抱きしめたい一心で、獣化から人へ戻る方法を自分で身に着けてしまっていたです。
けど、私たちはそんな事すら気にすることもなく、必死にシュン様をこのベッドまで運び込みました。
シュン様から放たれた光輝く羽は、まだ動いているバジリリスクを喰らうようにその体を消し去り続け、気が付くといなくなっていたです。
そこにバジリスクが居たのが夢と思うくらい綺麗さっぱり無くなっていたです。
ただ。シュン様はあおむけになって倒れていて、息すらしてなくて。
私は、必死にシュン様をゆすり、声をかけ、息を吹き込み。なんとかシュン様は息を吹き返しました。
今も絶対安静です。
そんな中、致死毒を全身に浴びているシュン様のためにミュレは、シュン様の毒消しを探しに、崖の上に行くと言い続けてるです。
そう言いたくなるのは、私も一緒なのです。
私は、自分の旦那様を改めて見る。今ベッドの上に寝かせられているものの、全身焼けだれており、さらに紫色の体液が滲んでいる所すらあるです。
その体液を、綺麗な布でふき取りながら、私は泣きそうになるです。
あきらかに、バジリスクの致死毒を浴び過ぎなのです。
普通なら生きていないはずなのに、彼は持ち前の体力でなんとか持っているように思うです。
ただ、獣人のお医者さんは、峠は越えているので、安静にしていれば、いつか目がさめると言ってくれているのですが。
あと、時々にゃんさんが旦那をなめて治してくれているですが、傷の部分はなめる事が出来ないので治りは悪いままなのです。
私は、彼の手を握り、改めて少し前の事を思い出すです。
彼から突然生えるように現れた光の羽は、彼と、バジリスクを包み込み吹き荒れ、光の繭を作り上げた。
その中で、バジリスクは、その体を吐き出す体液ごと、すべて消し去られて行くのが見えた。
光による浄化。
そう思えるほど、それは幻想的で、また圧倒的だった。
バジリスクが、その体、ウロコの一枚まで消滅したとき、シュン様はその場に倒れたのだ。
獣人の子供を抱えていたミュレは、限界まで悲痛な叫びを上げ彼をその体で包もうとしたのだが、上手くできず。それでも泣き叫びながら、光を放ち始めたかと思ったら人に戻っていた。
そのまま、ミュレは、旦那を抱きしめながら、旦那の傷を吸っていた。
最初は何をしているのか分からなかったが、滲む血を吸い、吐き出す行為を見て、彼女が、毒を吸い出しているのが分かった。
「やめろ!ハチや、普通の蛇の毒じゃないんだぞ!」
ヒウマ様が、ミュレを引き留めるも、ミュレはシュン様を抱いたまま首を振る。
「やぁなの!ミュレは、シュン様がいなくなったら、いやなのっ!だから、一緒がいいの!」
悲痛な顔で、泣いている彼女は、幼い子供では無かった。
守るべき人を持つ、愛を知る女性の顔。
ああ。彼女も、本当に旦那を好きでいてくれていたのだと、私は何故か安堵してしまったです。
何も言えず、立ち尽くすヒウマ様の横で、致死毒でまみれたシュン様の傷を吸い、毒を吐き出すミュレ。
私は、その姿を見ながら、ミュレを抱きしめる。
「シュン様を、ベッドへ移すです」
私はそう言いながら、ミュレと一緒に泣いていたと思うです。
二人でシュン様をベッドへ移し、二人で毒を吸い出し何とかシュン様の呼吸は落ち着いて来ていた。
けど、絶対安静はそのまま。
私たちも、致死毒を吸ってしまったけど、何故か私たちはしびれる事も無かった。
そして、私たちはシュン様の看病を交代で行っていたのだが、今朝から、ミュレが、崖の上にある解毒薬の元となる薬草を取りに行くと、騒いでいたです。
他の獣人達は、顔をしかめて、ミュレを引き留める。
バジリスクも、ウロボロスも、崖の上から降りて来ているです。
まだ、あんな魔物が崖の上にいるのなら危険極まりないし、また襲われたら今度は助からないと思うのです。
けど、このままだとシュン様の容態は良くならないのではないかと、心配で仕方がないです。
私は、まだ騒いでいる二人の声を聞きながら、旦那の手を握る。
大好きな旦那様。
いつも優しく抱きしめてくれる旦那様。
いつも気遣ってくれる旦那様。
私は、決意を決めて頭を上げる。
「ミュレ!私も行くです!反対は聞かないし、聞こえないです!」
にゃんさんに、きっぱりと伝える。
ミュレは、一瞬きょとんとしていたのだが。
「はいなのっ!」
元気に返事をしてくれたのだった。
その後、私たちは二人で崖の上を飛んでいたです。
「どこ行ったらいいの!?」
ミュレが聞いて来ると、私は、すぐに指を指す。
何故か私には、薬草。特に毒消しの最上位になる無毒化の薬草を一瞬で見つける事が出来た。
もしかしたら、あの時、ミュアさんが手を貸してくれていたのかも知れないと思うです。
次々と薬草を見つけていく。
「あ、こっちじゃなくて、あっちです」
時々、何故か真っすぐ行ってはいけない気がして、方向を変えるように話をする。
ミュレも素直に、方向を変えてくれる。
私たちが向きを変えた先で、10匹程度の巨大な蛇が移動していたのは私たちが知らない事だった。
そんなこんなで、私たちは、一日かけて薬草を取り戻って来たです。
ヒウマさんが、その数を見て呆気にとられる。
「ここまで数が揃えられるとは、エルフってすごいですね」
獣人の一人、薬師といわれている人にびっくりされてしまう。
私は純粋なエルフではないけれど。けど、エルフの力は持っているです。
普段なら、この量を採るには、一バル(ひと月)は、覚悟しなければならないらしい。
「すぐ取り掛かります」
そう言い、薬草をすりつぶし始める薬師さん。
真緑の薬を渡される。
私は、その薬を直接、自分の口からシュン様に流し込む。
ほんとに苦い。雑草を食べてるみたいだけど。
私は、シュン様の横で、定期的にその薬を飲ませていく。
奥からは、疲れ切ったミュレの寝息が聞こえる。
その寝息と、シュン様の胸に顔をつけ、その鼓動を聞きながら私は安心するのだった。




