獣の里
「はぁ。俺は、相談屋じゃないんだが」
突然現れた後輩に、俺は小さくため息を吐く。
この前は、ロアがここで愚痴を言って帰ったのに。
今度は、後輩のシュンが、目の前で頭を下げていた。
なんでも、獣人の子が獣化して戻れなくなったらしい。
「だからと言ってなぁ」
にゃんは、今俺の子供をお腹に抱えている。
彼女に、負担のかかる指導をお願いするわけには行かないし、俺もそこまで獣人に詳しいわけではない。獣人の里で育ったと言ってもいいのだが、なんと言っても、自分は獣化できないのだから。
俺が困っていると、奥からにゃんがお腹を抱えるようにしながら、出て来る。
「獣人は、人間ほど、体の弱い種族じゃないにゃ。普通ならほっといても大丈夫かも知れないにゃ。でも、今、聞いた話だと、その子はあんまりほっとくと良くない状態みたいにゃ。魔力切れになってるにゃ。獣人の里に行って、しっかり獣化の仕方を教えてもらった方がいいにゃ」
そんな事を言うにゃん。
その後で。
「ヒウマ、ちょうどいいから、ついでに里帰りするにゃ?」
にゃんが、キラキラした目で俺を見つめて来る。
惚れた弱みか。
俺は、素直にうなずいていたのだった。
「にゃぁっ!空を飛べる獣化なんて初めて見たにゃ!」
しばらくの臨時休業をすることにしたヒウマは、にゃんと一緒にミュレに乗っていた。
俺も一緒に乗っている。
ミュレは、一人乗りの状態から、さらに、多数が乗れるサイズまで、獣化の大きさが変えられるらしい。
ただ、変化した獣のサイズは変えられるのに、人間の姿に自力で戻れないという、残念っぷりである。
今、彼女はかなり大きなサイズになっている。
俺と、リュイ、ヒウマと、にゃんが乗っているのに、十分な余裕がある。
まぁ。リュイと、にゃんの体は小さいから、あまり場所をとらないのだが。
そんな中で、リュイは、顔を青ざめさせて俺の胸にうずくまっている。
「空なんて、嫌なのです。飛ぶなんて、気持ち悪いのです」
そんな事を言っているが、馬に乗っている時よりは、気分は悪く無いようで、時々深く息を吸っているのが分かる。
と、いうか、どさくさに紛れて、俺は吸われていた。
「ミュレ頑張るのっ!」
そんな事を言いながら、ミュレは全力で山脈に向かって飛ぶ。
そう。
北の坑道、ホクの先。
巨大な森を隠すようにそびえたつ、ワイバーンの山のふもとに獣人の町があるのだ。
獣人も、そんなに数は多くない。
今から行くのは、獣人の首都とも言える場所なのだが、データベースの検索結果では、1万人程度しかいないらしい。
この世界では、獣人は、珍しくはなく良く見る種族なのだが、確かに人間に比べれば、数は少ない。
また、獣人の小さい子供は、奴隷として高値がついていたりもする。
獣人狩りを職業にしている人もいるらしいのだが、俺はまだ見たことは無かった。
まぁ。獣人は、気ままな性格のため、世界中に散らばっているし、この獣人の首都は、崖にあるので、人間では、走り回る事は不可能だ。
そんな事を考えていると、切り立った山を削るようにして作られている、獣人の町が見えて来たのだった。
「すごいです」
リュイは、上を見上げて、それしか言えなくなっていた。
いや、ドワーフの町も十分すごいと思うけど。
俺は、そう思いながら目の前の光景に圧倒される。
切り立った崖に渡されている、木のような板や、岩の板。
そこから、崖を削ってつくられたくぼみに、扉が見える。
それが、下から、遥か上まで。
ヘビの足のように見える、足場と何かが這ったかのような削られた岩肌。
昔、死んだ母さんから聞いた通りの場所だ。
俺の生まれた村は、北側にあったため獣人の村の話しは良く聞かされていた。
『人を寄せ付けず、人を試す町』
確か、そう教えられていた気がする。
昔の思い出に俺がひたっていると、
「獣人都市、バイバーにようこそなのにゃ」
にゃんが、胸を張って、自慢しようとする。しかし、お腹が大きいため、バランスを崩しかけ、ヒウマに支えられていた。
バイパー。 蛇の名前に相応しい。
大蛇が岩を削りながら、山頂を目指して行ったかのような作り。
折り返し部分が大広間になっていて、その部分は、さらに深く大きく削られていて、そこで調理などしているらしい。
水は、巨大な犬などが桶を運んでいるのが見えた。
山頂付近に、水場があるらしい。
小さい子供の獣人が、ショートカットなのか、足場から飛び降りて下の足場に飛び乗る。
ドキドキするが、そこは獣人。
安定した体制で飛び移っていた。
「基本、この町じゃあ肉しか食べないからな。覚悟しとけよ」
ヒウマが、そういって笑う。
巨大な蛇は、活気にあふれていた。
「ようこそ。獣人都市へ」
俺は、目の前の大柄な男の前に座っていた。
すべて筋肉で出来ているのかと思うくらいの体を、今にもはち切れそうな服が覆っている。
「ただいまにゃん」
「長、ご無沙汰でした」
にゃんが、軽く返事をするのに対して、ヒウマは少し硬い表情をしている。
その二人を見た、獣人の長は。
ヒウマを突然殴りつけた。
両手をクロスさせ、とっさに発動させた岩鎧をまとっているヒウマ。
両手の鎧が、少し割れているように感じるのは、気のせいだろうか?
「良く帰って来たな」
「親父さんも、お元気そうで」
「ふぬっう」
さらに、ヒウマを殴る、長。
ガッチリ耐えるヒウマ。
「おらぁ!」
力一杯振りかぶった拳は、ヒウマの岩鎧を破壊して、ヒウマを吹き飛ばす。
壁に叩きつけられたヒウマをにゃんが、舐める。
「父ちゃやりすぎにゃっ!」
ヒウマを舐めながら、にゃんが叫ぶ。
しかし、長はその声を無視して、俺達の方を向き。
「びっくりさせたな。にゃんとヒウマの友人とか。歓迎するよ」
と笑い、握手の手を差し出す。
しかし、その手に血が滲んでいるのが見えた。
「絶対に治してやらないのにゃ」
ぼそりと呟くにゃんの言葉に、長の顔が少し寂しそうになったのは、見なかった事にしようと思うのだった。




