幕間 それぞれの道
「ほんとうに、助かったよ」
ある豪華な一室の中。金髪の青年は、目の前にいる初老と言ってもいい二人を前に、ため息をつきながら、お礼を言っていた。
「アムが、そうしたいと思ったからだ。俺たちは特に何もしてはいないが?」
そう返事をするのは、最近、頭が薄くなってきた事を気にし始めている、ギルドマスターだった。
「親父には、本当に感謝しかない」
「しかし、俺もびっくりしたぞ。いきなり、ミュレを奴隷として出すと言われた時はな」
「ミュレの扱いは、慎重にと言ったのは、親父だろう」
アムは、ギルドマスターに意地悪な笑みを浮かべる。
「あれは、奴隷にあこがるとか、変態だったから、今回の事、喜んでたが」
アムは盛大なため息を吐く。
「あの娘は、確かに変わったところばっかりだったがな。まあお前も、そうとう変わり者だぞ。アム」
アムの私室で会話をしているためか、二人とも相当砕けた口調で会話をしていた。
「ミュレをシュンに嫁がせろとは言ったが、しかし、王族の一人を奴隷として差し出すとか、またとんでもない事をしたな」
ギルドマスターがアムの前で、コップを傾ける。
もう一人の初老の男が、二人に酒を注ぐ。
「ダルワンも、本当にすまないな。面倒をかける」
「本当にだ。あの獣人の姫様を守るだけでも大変なのに、情報操作も楽じゃないんだぞ」
こちらも盛大にため息をつくダルワン。
ダルワンは、ギルドマスターのお願いを聞いて、ミュレの存在を隠す事を行っていた。
嘘の情報を流したり、別の場所にいると工作したり。
時には、幻覚の魔法まで使って、彼女がいる場所を特定されないようにしていたのだ。
ここにいるのは、ミュレと言う、王族の姫が見た目からしてはっきりとした獣人である事を知っていて、その幼い姫が利用されないように、守ってきた3人であった。
この3人が、手を取り合った理由。すべては、あの動乱のせいでもあった。
彼らは、あの動乱が、4Sによる遊びであると、気が付いたのだ。
「しかし、あのシュンが、王族の仲間入りか」
ダルワンは、にやりと笑う。
「間違いは、ないだろう?彼が王族になれば、僕も少しは武力の後ろ盾が出来るからね」
アムもにやりと笑う。
「どこで、そんな姑息な事を覚えたのか」
ギルドマスターは、自分の息子が、あくどい事をしている事にためいきをつく。
「でも、親父には本当に感謝しているんだ。ミュレをシュンへ嫁がせる話を持ってきてくれたおかげで、今回の流れが一気に作れた」
アムは、育ててくれた父親でもあるギルドマスターを見て、小さく笑う。
今回の失態は、挽回する事すら難しいものだったのだ。
西の城塞都市セイファを攻めて、兵士2000人が死亡。
2万の兵士を投入しての2000人。一割の損傷は、決して低いものではない。
その上での、ロアの暴走。
蒼碧騎士団3000人が壊滅と言う、馬鹿らしい結果だった。
しかも、たった3人相手で。
今、この国は、兵士不足だ。
その上での5000人は、はっきり言って致命傷であった。
「とんでもない事をしてくれたよ。ロアは」
アムの感想は、それしかなかったのだ。
その上で、自分達が行った事に対する謝罪と、こちらの全面降伏を認めてもらうためには、どうしたらいいのか。
そこで、国対国なら、賠償金で済む話かも知れない。しかし、相手は、一人の青年である。
お金を大量に渡した所で、隣の国では一切使えないお金だ。
彼には、必要ないだろう。
たった一人なら、全力で潰せばいいかもしれない。
そんな考えすら浮かぶが、すぐに自分の中で否定する。
それは、反対に自分の国ごと自分達が潰される事すら考えなければならないのだ。
彼は、4Sすら相手にする事が出来て、さらに一人で100万都市を壊滅させたのだから。
ミュレの奴隷婚の話は、アムしか聞いていなかった隣国での彼の活躍ぶりも交じえて考えた末の判断だったのだ。報告者は、どこからその情報を仕入れて来たのか、結局教えてはくれなかったが、今、二人に酒をついでいる酔っ払いだ。
「妹を、奴隷として送り、王族すらあなたの物になりますと言う意思表示。大臣は、顔を真っ赤にして怒っていたけど、この事態のきっかけを作ったのは、あいつだから。あっさり黙らせる事が出来たよ」
「まったく、誰に似たのやら。で、これからどうすんだい?」
「僕は、この国をもう少し豊かにしたい。最初は東の港との間に道を作りたい。街道沿いの町の整備とか、駐屯地の整備とか忙しくなるよ」
今回の事で、大臣とその取り巻きが持っていた、現状維持の考えを打ち破るきっかけは作れた。
彼らは、今回の失態で、大きくその力を削がれたのだ。
「俺も忙しくなるか」
ギルドマスターが呟くと。
「親父は、過労死してもらうさ。冒険者の人たちもね。兵士が5000人いなくなったんだ。
冒険者から、騎士への途用も、大量に考えてるし、今まで以上に冒険者を動員する事が増える」
アムは、ギルドマスターに向かって盃を向ける。
「たぶん、これが、親父と息子として飲む最後の酒になるかもしれない。けど、これからも僕を助けて欲しい」
アムのお願いに。
ギルドマスターは、笑って返事をする。
「お前の親父になれて、よかった。死ぬまで退屈はしなさそうだな」
3人は、笑いながらこれから訪れるであろう、激動の時の前の束の間の休息を楽しむのだった。
「なんだ?ロア。奥さんのライナにひっぱたかれたんだろう?」
とある武器屋の中。
薄汚れた、黒っぽい服を身に着けた、金髪の青年は、頬を赤くして黒髪の青年の店に寄っていた。
「さんざん怒られたよ。兵士を殺したのは、あなたで、シュンは関係ないでしょうってね」
「まぁ。噂で聞いた話だと、間違いではないわなぁ。【暴緑】の由来は知ってたんだろう?」
黒髪の青年、ヒウマはお茶を出しながら、カウンターに座る青年を見つめる。
「知ってはいたよ。でも、普通に本当だとは思えるわけがないじゃないか。一人で、1000匹倒したとか、1万倒したとか」
「まぁ。普通に考えて、そう思うよなぁ。俺たちは数回しか一緒に戦ってないからなぁ知っているのは、大会で戦ったアイツと、王都の大進攻の時のあいつだけだ。まぁ。理不尽な強さではあったが、それほど強いとも思わなかったからなぁ」
王都動乱の時は、別行動だったため、二人ともシュンの暴走を見ていない。
ロアは、小さくためいきをつきながら、お茶をすすり。
「僕も、冒険者をやめて、店でも開こうかな」
と小さく呟く。
「やめとけ、やめとけ。お前のファンは多いが、そこまでだよ。店をやったからって、魔物が減るわけじゃないんだしな」
ヒウマは、笑いながら返事をする。
「昔の同級生として返事をしてやるなら、俺は、無理だと思ったから、一戦を退いただけだ。にゃんをこれ以上、守り切れないからな。それに」
「ああ。そういえば、言ってなかったね。おめでとう」
ロアは、照れて言葉を失ったヒウマに、笑いかける。
そのにゃんは、今お腹に子猫を抱えている。
ヒウマの子供だ。
「ありがとうな」
照れた顔のまま、ヒウマは、限りなく落ち込んでいる同級生を見つめる。
「まぁ、前線を退いた俺がいうのも何なんだけどよ。ロア、お前は強くなれるよ。シュンほど、バカげた強さはいらないだろう?お前の強さは、一人で戦うものか?」
ロアはその言葉に顔を上げる。
「お前のスキルは、【予知】だろう?俺はちまちま武器を作って、それを収納して使いつぶしてなんとか戦ってきたんだが、お前は、人が死なないように、人を使えるんじゃないのか?」
その言葉に。
ロアはふたたび顔を下げる。
「この世界は、気を抜いたらすぐに死ぬけどよ。一番大切な事は、【死なない事】だろ?」
ヒウマは笑いながら話す。
「生きてりゃ、なんとかなる」
その言葉に。
ロアは、手にしたコップを握りしめ、自分の指揮のまずさで殺してしまった兵士達を思い、涙をこぼすのだった。
いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。
皆さんが見てくだされるおかげで、続きを書いて行こうと頑張れます。
これからも、読んでいただけると、本当にうれしい限りです。




