焦燥
ライナたちと学校生活を送り始めて、数ヶ月後。
「くそッ!」
俺は、苛立ちながらコブがあるだけの、こん棒ともいうべき武器でイノシシの頭を殴り飛ばす。
イノシシの骨を三本ほど接着し、ただコブが上についているだけの打撲武器を作った。
イノシシ自体は、俺の3倍は大きいし、骨も同じように大きいが、魔力で強制的に圧縮しているので、今は俺の手のサイズになっている。
強度もいまの所、申し分はない。レベル50~60程度のステータスまで上げる事が出来ているので、数回、イノシシくらいなら殴り飛ばしただけで倒せる。
むしろ、市販されている弱い武器だと、欠けたり、折れたりしてしまいそうで、使いにくくなっていた。
頭部を殴られ。揺らされたイノシシはそのまま地面に倒れる。
「ふう」
俺は、そんなイノシシを一人で荷台に乗せる。
そう。今日は、こっそり一人で狩りに出ていた。
学校も休んで。
原因は自分。二人に怪我というか、狩りでの失敗で、二人に怖い思いをさせてしまった。
自分の反省を込めて。カイル達から習った基本的な動きを、自分が森の中で培った槍の技を思い出すように、武器を振るい、イノシシに叩きつける。
次々とイノシシ狩りをしながら、つい先日の事を思い出していた。
あの日も、3人でいつも通り過ごし。学校が終わった後で、町の外へと狩りに出ていた。
俺がサクサクと狩りをしているのを見ていたライナがぽつりと呟いたのだ。
「私達もできるかな?」と。
その一言に、「私もやる!」とレイアもやる気になってしまい。
二人して必死にお願いされ始めたので、仕方なく俺がフォローする形で、二人に戦い方を教える事になった。
バレたら、まず怒られるか、懲戒ものではあるけれど、まぁ見つかる事は絶対と言ってもいいくらいないし。
そう思ってしまった。
自分が思いつく作戦を二人に伝える事にする。
「まず、ライナが水魔法を頭に向かって打って、牽制。怒ってライナに向かって来たら、レイアの火の魔法で迎え撃つ。足止めしてる間に、ライナが水の魔法で、目潰し。その後で、レイアの二発目の火魔法。それで多分、怪我もなく、倒せるはず」
イノシシ自体は、そんなに強い魔物ではないから、俺がこっそりダメージを与えてやれば、二人でも勝てるはず。しかも、この作戦だと、絶対に近寄る事はないから、突然の突進に轢かれる事もないはずだった。
いざやってみると、レイアの魔法の威力が高く、ライナも冷静に、足止めが行えていた。
俺が、手を出す事もなく狩りは全然安定していた。
まったく危ないと思う事もなく、俺のサポートが無くても楽勝で戦えていたから、俺も気が緩んで、別の個体を倒し始めた。
俺が3体目、ライナ達が5体目に魔法を使った時、それは起きた。
「きゃぁぁぁ~!」
突然の叫び声に振り返り、目の前の光景に、慌てる。
ライナが引っ張ろうとしたイノシシの近くにいた、別のシノシシがいきなりライナに襲いかかって来ていたのだ。
本来なら起きないはずのリンク。
頭が真っ白になる。
突進してくる2体の対処は、彼女達にはまだ出来るはずもない。
いや、それよりも。
ライナ達に俺は強化魔法をかけていたか?
切れていないか?
見てない。把握していない。
大丈夫だと勝手に判断していた。
キシュアさんの言葉が一気によみがえる。
「強化魔法が切れたら、誰か死ぬよ」
その一言が頭に響く。
俺のくそ馬鹿がっ!
体を無理やり動かす。無理やりな方向転換に自分の筋肉がきしむ音がする。
知るか。
絶対に死なせないっ!
その思いだけだけが、体を引っ張る。
頭には、カインの声が。キシュアさんの穏やかな顔が。
レイナの微笑みが浮かんでいた。
ライナが、イノシシに引っかけられ、空中に飛ばされる。
間に合わない。
後ろから俺が自分でターゲットをとったイノシシが突進してくる。
お前は邪魔だっ!
風魔法を何十にも重ねがけをして、イノシシを巻き込ませ。俺は走る。
後ろで、風魔法の竜巻に巻き込まれジューサーに突っ込まれたようになっているイノシシを完全に無視して、俺は飛ばされたライナを確認する。
かなり高くまで飛ばされている。
生きていてくれよ。
そんな願いを込めたまま、何重にも水魔法をライナの真下にかけ、池のような深さの水溜りを空中に何枚も作り出す。
いわば、水溜まりのクッション。
全部の水魔法の魔法発動を待てずに走りながら、風の魔法を、
2体目のイノシシの頭に直接打ち込み動きを止める。両足を上げている2体目を横目に、リンクした3体目の前に滑り込む。
絶対結界で、3体目の突進を強制的に停止させ、間髪入れずにイノシシの牙を手で直接つかみ、地面にひき倒す。
ベギッと鈍い音がイノシシの首からするのを聞きながら、イノシシの牙を折りとる。とどめとばかり、片手をイノシシの首に当てて。魔法で切り裂きとどめを刺して。地面に足を降ろしたイノシシに向かってイノシシの牙を投げる。 イノシシの頭に投げた牙が突き刺さる。 倒れる最後のイノシシなんかどうでもいい。
落下速度が落ちて来たライナに向かって走り、自分の体をライナの下に滑り込ませ、ギリギリ、彼女を受け止めた。
時間にして、数十秒程度。
ライナの軽い体重を確認しながら、彼女の顔色を見て、息をしている事にほっとした。
とりあえず、ライナに回復魔法をかける。
「ごめん。予想外の事が起きて。怖かった?」
ライナが目を開けると、俺は真っ先に謝った。
ライナは俺の顔を見ながら、ぼーっとしていたが、はっとしたように、首を全力で振る。
その顔を見て、安心する。
俺は思わず笑顔になり、つられてライナも笑っていた。
ひとしきり笑った後。
「あ、、ありがとうございます。それにしても、、冷たいのですけど、、」
ライナは、自分の身体を見る。
目が、、目いっぱい開かれて。
「キャァァァァ!!!」
俺はおもいっきり平手打ちをされた。
凄まじい早さで、俺の手の中から抜け出し、レイアの後ろに隠れるライナ。
体はずぶ濡れで、服がぴったりと張り付き、ライナの体のラインがまるわかりになっていた。
まあ、クッションがわりに俺が空中に生み出した水たまりに連続で突っ込んだから。仕方ないんだけど。
にらみながら、しかし顔を赤くしているライナと髪を逆立てるようにして怒っているレイアを見ながら、俺は赤くなった頬をさするのだった。
そんな事件があり、外に出る事を戸惑うようになってしまった二人に無理はさせたくなくて、休暇と言う形で、休んでもらう事にしたのだ。
ただ、俺自身は毎日の狩りに出る事にしていたが。というか、俺自身も必死だった。
学校と最初にした、必ず誰かと一緒に狩りをする事。という約束を、破ってはいるけど、そこは、先生方には目を瞑っててもらいたい。
最悪、素材の横流しをしてでも黙ってもらう事にしようと思っている。
ライナの危機だったとはいえ、手でイノシシの牙をつかむなんて、自分でも良くやったと思う。
昔なら、絶対に飛ばされていた。
なんだかんだで、必要最低限の武器が必要な事を実感した俺は、こっそりと一人で狩りを続け。
取ったばかりの【武器作成】スキルを使って、こん棒を作ったのだ。
もともと昔に使っていた槍とはかけ離れている武器だけど仕方がない。
イノシシクラスの魔物だと、槍にした所ですぐ折れてしまう。
イノシシの頭を叩き割りながら、俺は一息つく。
今のステータスは、
[名前] シュンリンデンバーグ
[職業] 冒険者付き添い
[ステータス]
[Lv] (表示不可能) 17
[Hp] (700) 300
[Mp] (900) 210
[力] (500) 50
[体] (600) 43
[魔] (600) 81
[速] (700) 62
[スキル]
(データベース) (EPシステム) (火炎魔法・使用不可)
水魔法 風魔法 (偽装) 回復魔法 絶対結界
武器作成 防具作成 連続魔法 同時発動
(残EP 600)
(カッコ)内は、偽装にて隠匿中。
確かに、武器を作って戦いやすくはなった。
しかし、今回の件で、他人を守りながら、複数の敵と戦う事がどれだけ大変なのかもわかってしまった。
正直、イノシシ3体程度を相手にしただけで、自分が理想に思う動きとはかけ離れてしまう。
思うように立ち回れなくなる。
ここ最近は、近くに木の棒を地面につき立てては、その棒を中心に、5メートルくらいの円を書き、その円に魔物が近づかないように誘導し、その棒が倒れないように戦うようにしている。
魔法を使い、結界で防ぎ武器を振るい、敵を誘導していく。
だけど、自分の魔法に棒を巻き込んでしまい、倒れたり、イノシシの誘導に失敗して棒が吹き飛んだり。
棒が無事に済む事はあまりなかった。
それは、自分の周りにいる人が、傷つくと言う事。
どんな状況でも、自分に敵を引き寄せる事ができれば、一緒にいる人のとりあえずの安全は確保できる。
それが、最初の一歩だと思うから。
もう、嫌だった。
知っている人が死ぬのも、怪我をするのも。
そして、自分の心臓が締め付けられる思いをするのも。
ライナが吹き飛ばされた瞬間の心の痛み。
瓦礫しかなかった、孤児院を見た時の絶望。
最後に笑っていた、カイン。
積み上がっていく痛みが、俺を動かす。
戦わないと言う選択はない。
戦おうが、辞めようが、結局最後は、星の崩壊しか未来はないのだから。
赤い空と激しい光りとともに崩れる地面は、まだ覚えている。
やるしかない。
俺は、追い詰められた獣のように、必死にイノシシで対多数を相手にしながら、無力な人を守れる戦い方を考えるのだった。
11 17 修正しました
2023 2 加筆修正しました。