変態王女
「初めましてぇ。ミュレと呼んで下さいなの。お兄さんにいきなり縛られて、連れて来られたの。これから酷い事されるの?」
目の前の獣人の子は、そう言うのだが、何故か目がキラキラしている。
「鞭で叩くの?それともロウソク責めなの?ミュレ、叩かれながらがいいの」
その言葉を聞きながら、本当に頭が痛くなって来る。
頭を抱える俺の横で、明らかに、リュイの表情が怖いし、リュイの機嫌が悪い。
「シュン様。一つお聞きしたい事があるのです」
うん。リュイが怖い。
「さっきのは、何の儀式なのですか?」
俺は、怖くてリュイの顔を見ずに答える。
「特殊奴隷契約の儀式だよ。普通なら奴隷は主が死んだら、奴隷商に返されるんだけど、特殊奴隷になると、俺が死んでも、この子は次の主に使える事を禁止されてるんだ。だから、俺が死んだら、そのまま自分も死ぬしかない。奴隷は、主人が居ない奴隷は何をされても何も言えないから。さっきの儀式は、そんな奴隷の主人を一人に決める物なんだ」
俺の説明にリュイは一つため息を吐く。
「分かりましたです。本当なら勝手にしていい契約ではないようですけど、この子がシュン様の物になってしまったのは理解出来たです。なら、この子を引き取るのは本当に嫌だけど、仕方ないと思うです。でも、その前に彼女がこのままだと、私が耐えれないです。ちょっと、指導するです」
リュイは、そのまま、彼女の縛った手を持つと、外へと歩いて行く。
彼女を引きずって。
「あう、女同士も、ちょっと興味があったの」
そんな事を言いながら引きずられて行く少女。
しばらく、外で何かを話していたのだが。
「ミャーーー!」
と凄まじい悲鳴が聞こえた。
次に、ニコニコ顔で戻って来たリュイと、真っ青な顔で戻ってきたミュレが対照的だった。
「鬼、オニがいたの」
なんて呟いている。ミュレ。
その上で、ミュレがリュイをちらちらと気にしながら、俺の前で頭を下げる。
いや、土下座した。
「初めましてなの。ミュロッテゼーレ・ゼイロスなの。アムは私のお兄さんなの。シュン様には迷惑をかけないので、そばに置いて欲しいの」
少し舌足らずの言葉で言うミュレ。
その言葉を聞いて、俺はますます頭が痛くなる。
確かに。返品不可だろうよ。
「はぁ。これはため息しか出ないね。シュン君。アム君にやられたね」
俺は、バルクルスの言葉にうなずく事しか出来ない。
まさか、自分の妹を、王族の人間を特殊奴隷として送り込んでくるとは思わないだろう?
「君も、王族の一員になるから、国の人間は、誰一人としてシュン君に手を出すなと、そういう事だね。しかも、この血縁は絶対で、取り消しは出来ないと言う意思表示を、特殊奴隷という形であらわすとは」
もう笑うしかないと笑みを浮かべるバルクルス。
「ミュレは、きっと役に立つの。だから、頑張るの。あと、ちょっといじめてくれたら嬉しいの」
その言葉に、リュイの顔が引きつる。
「ドMかよ」
俺の呟きを聞き取ったミュレは、うれしそうに返事をする。
「そうなの!真正なのっ!なんでもするのっ!」
もう、俺は、引きつり笑いをするしかなかったのだった。
結局、ミュレは預かる事になった。
一度特殊奴隷契約をしてしまえば、もう2度と解除は出来ない。
さらに、続くミュレの話は爆弾を大量に含んでいた。
「ミュレのおばあさんも、お母さまも、冒険者だったの。なんかね、王様が獣人のおばあさまと遊んでて、お母様が生まれたの。で、お兄様と私が生まれたの。でも、お母さまは、冒険中に死んじゃったの」
ふと、ミュレは周りを見回すと。
「だから、ミュレも、王族なの。しかもね、ミュレ、転生者なの。生前から、ミュレ、奴隷に興味があったの」
ふん。と体を見せつけるミュレ。
けど、まったくお子様な体は、何も感じて来ない。
ミュアですらもう少し女の子らしい体だったぞ。
そんな話を聞いていたバルクルスは、何度目になるのか分からなくなってしまったため息を大きくつき。
「とりあえず、国として、軍隊は僕たちに干渉も、手出しもしないという意思表示と取っていいと思う。はぁ。明日にでも、町に帰ろうかな」
もう、どうにでもなれと言った感じで、バルクルスは投げやりに言うのだった。
そのまま、俺たちは、3人で、丸まるようにして眠る。
「お兄様からは、早く子供を作ってくれ。と言われたの」
その言葉に、ベッドの上ですらため息が出るのだった。
「帰りは、ミュレに乗るの?ミュレ、おっきくなれるよ?」
昼頃、ミュレがそんな事を言い出す。
その時になって、俺は、ここで昨日受けた依頼の事を思い出した。
もう、帰り支度をしていたバルクルスに急いで伝える。
「バル、、隊長でいいのかな?先に帰ってもらっていいかな。昨日、ギルドマスターから指名依頼を受けてさ。終わらせてから帰るから」
バルクルスは、その言葉に一つ頷く。
「ああ。了解したよ。依頼内容は、南の件なんだろうね。あれは、本当に問題になっているから。まぁ、帰り道で襲い掛かってくる奴はいないだろうけど、一応、ギルドマスターに護衛依頼をお願いする事にするよ」
そういって笑うバルクルス。
俺は、小さく頭を下げるのだった。
「シュン様も、転生者なの?」
数日後、準備を終えた俺たちは南に出発する。
リュイの乗り物酔いの事があるから、歩きで行く事にしたのだ。
王都を出て、南に向かって歩いていると、ミュレが聞いて来る。
俺が、ミュレを見ると。
「だって、頭を下げる習慣は、この世界にはないの。昔からミュレ変身出来たから、いろいろな所に行って、知っているの」
そんな事を言う。
「あとね、ミュレ、シュン様の事いっぱい知りたいの。お母さまはいるの?ミュレは、お母さまがいないから、シュン様のお母さまがいるなら会いたいの」
「シュン様?」
リュイが、こちらを見て来る。
ああ。ミュアにも話していなかったけど。
リュイにも俺の事を話した事は無かったな。
ミュレの真っすぐな瞳を見つめた後、俺は足元に視線を落とす。
ああ。もう、話をしてもいいのかもしれない。
俺が、何をしなければならないのか。
何を頼まれているのか。
それと同時に、自分の手を見つめる。
出来るわけがない依頼。女神からのお願い。
死ぬ未来しか見えない内容ではあるけれど、リュイは、絶対に俺から離れないだろう。
多分。その時ですら。
そして、新しく奴隷にしてしまったこの少女も、リュイも。ミュアのように、死なせるわけには行かない。
なら、起こるであろう絶望の話しをするべきなのだろう。
あと、自分の事も。




