ロア暴走 2
「シュン様、痛いです」
【手加減】の制限内で力いっぱい抱きしめていたからか、リュイが、体をよじる。
リュイも泣いていた。
そのまま、リュイが上を向く。
素直に口づけを返す。
そんな時、近くに人の気配を感じた。
俺は、その人物を見て、驚く。
「ライナ」
金髪、隻眼の女性は、杖をしっかり握ったまま、地面に座りこんで肩で息をしていた。
「間に合った、よかった」
そんな言葉が聞こえてくる。
俺が、リュイを放し彼女と向き合おうとすると、その横にいたロアが俺に剣を突き付けていた。
「シュンっ!覚悟しろっ!」
そんな事を叫ぶロア。
「ロアっ!もうやめようっよっ!?」
隣で、レイアが叫びながら、ロアの手を引いている。
「僕の部隊は全滅したんだっ!あの男のせいでっ!」
叫ぶロア。
「攻め込んで来たのは、お前だろ?」
俺は小さく呟きながら、再びビットを展開していく。
「ライナ。ありがとう。本当に助かったよ」
そうライナに声をかけ、俺はロアを見る。
「やるなら、相手になるけど、容赦はしない」
俺は、もう一度槍を構えなおす。
きらめく虹色の光をまとったビットが俺の周りをまわる。
「綺麗」
レイアが呟くのが聞こえる。
そう。俺のビットは、白い光の板でも、黒い光の板でもなく七色の板に変化していた。
消費魔力量はそんなに変わっていない。
まぁほんの少し増えたくらいか。
「覚悟しろぉ!」
レイアの静止を振りほどいて、ロアの氷の魔法が、突然襲い掛かってくる。
その全てを、俺の光の板がいとも簡単に受け止める。
俺は、飛んで来る魔法の嵐の中を、突っ切りロアの腕をつかむとそのまま放り投げる。
呆気にとられる顔のロアが、空中で良く見えた。
地面に叩きつけられて、息を吐き出すロアを確認して、俺は大きくため息を吐く。
「これで終わりにしよう。先輩。ライナが助けてくれなかったら、本当に死んでた。だから、今は先輩たちとは戦いたくない」
思いっきり手加減したのが分かったのか。
俺の言葉に、ロアは起き上がれず、涙を流していたのが見えた。
俺が見ている先で、倒れているロアの向こうから赤い鎧を着た兵士達がこちらに来るのが見えた。
「次は、赤紅騎士団か」
俺は小さく呟く。
許せなかった。
僕は彼を許せなかった。
本当にいとも簡単に数百人を殺しておいて、平然としている彼を。
魔物じゃない。
人を殺したんだ。
彼は大量の殺人者だ。そんな凶悪な奴を生かしておくわけには行かない。
そんな正義感をみなぎらせていた時に、一人の兵士から、シュン君がこちらに来ている事を聞いた。
どんな兵士だったかは覚えていないけど、彼はそのために警備をしっかりしないとと言っていた。
いい機会だった。
僕は、彼をここで断罪するために兵士を連れて出た。
自分の持っている蒼碧騎士団を全て連れて出て行く。
僕の持てる全てを持って、そして、仲間の恨みを晴らしたい仲間の思いを胸に、僕たちは出発した。
ここで、悪魔は滅びるはずだった。
英雄譚なら、そうなるはずだった。
僕は唖然としながら、目の前の光景を見ていた。
「やるなら、容赦しない!」
その声の後、目の前で繰り広げられる爆撃。
僕は、その場で吐いてしまう。
戦争なんか見た事なかった。
聞いた事があるだけだった。
なのに、目の前に広がる光景は、まさに爆撃される町の中。
逃げ惑う人が燃える臭い、吹き飛ばされる人のかけら。
地獄。
そんな言葉すら薄っぺらく見える光景。
そんな中、彼は、残虐な殺戮者は、馬車の上で静かに立っている。
その顔からは、何も感じ取れない。
怖かった。
彼が。
なぜそんな事が出来るのかわからない。なんで平然としていられるのか分からない。
そして、僕の軍が壊滅した頃、彼が突然、馬車から落ちる。
何か、彼の周りの誰もいない空間を槍で切り裂いている。
次の瞬間。
目の前で、彼の腕が飛ぶのが見えた。
「シュン君っ!」
とっさにライナが走りだす。
突然、何もない空中から血が噴き出した。
「覚えてろよぉぉぉ!」
ぞっとする狂気すら含んだ声があたりに響く。
その声で気が付いてしまった。
彼は、4Sと戦っていたのだ。
ライナが、全力の回復魔法をかけているのが見える。
いつもなら同時魔法すら使える彼女が、全ての魔力をついやして回復魔法をかける。
魔法の光が見えるくらいの光で彼が包まれた後。
爆発的な緑色が当たりを包み込んだ。
暖かな光。全てを癒す緑の光。
光が収まった後で、シュンがうずくまっているのが見えた。
僕は、そんなシュンに叫ぶ。
許せない。どうしても。
死んでいった兵士達。彼らにも、家族が、子供がいるんだ。
僕は叫んで、邪魔なレイアを振り払い、魔法を使う。
しかし、次の瞬間僕は、一瞬で空中に投げ飛ばされていた。
勝てない。絶対に。
地面に叩きつけられ、肺の全ての息を吐き出しながら自分が情けなくなる。
彼は、4Sすら超えてしまったんだ。
僕では絶対にたどり着けない場所に行ってしまった。
涙があふれて止まらない。
勝てない。強くないから。
守れない。強くないから。
溢れる涙をぬぐう事もできずに僕は、ライナが自分にかけてくれる回復魔法の光を眺め続けるのだった。
「シュンリンデンバーグ」
目の前に来た赤い鎧の軍隊は、遠巻きに立ち止まり、その中から出て来た、筋肉質の女性が俺に声をかけて来る。
「デラウ」
馬車の中から、バル領主が呟くのが聞こえる。
「今回の件は、ロア軍団長の独断である。王都軍としては、君に害を与える気はない。与える事も出来ない事が今回の事で、はっきりわかってしまったがね。ここからは、我が軍が護衛をさせていただく」
そう言い残すと、赤い鎧の軍の大半が帰って行く。
数名が残り、馬車の周りに着くのだが、心なしか全員、震えていた。
「まぁ。気にしないでくれ。君のさっきの戦いを見てしまったからな。恐怖を感じるのは仕方ないだろう。私ですら、恐怖を感じたのだからな」
豪快に笑うデラウ。
「ライナ、レイア、ロア団長を連れて、そうそうに帰還すること。いいな」
回復魔法をかけているライナと、心配そうにロアの手を握っているレイアを見ながら、デラウはそう言い残して、俺たちの馬車は再び王都へ向けて出発したのだった。
私は馬車と並走するロックバードの上で、一つため息をつく。
「まぁ。勝てないよな」
もう、笑うしかない。
遠くから見ていて、震えてしまった。
この世界では、魔法使いはそんなに強くないと言うのが、私たち剣士の認識だ。
接近戦すらできず、不意打ちにすぐ死んでしまう。
強力な魔法は使えるが、倒せるのは数人のみ。
剣士の方が圧倒的に敵を倒せる。
そう思っていたのだが。
目の前で見せられた光景は、炎の海。
赤く、赤く染まる地獄の海。
一瞬で軍隊を消し去ってしまった。
そんな相手に、勝負を挑んだのだ。
ロアに至っては、狂気の沙汰としか思えない。
私は、シュリフ家の一員として、軍を失ってしまった義弟を助けてやらなければならないと思い、隣の馬車の中で、抱き合って話をしている二人を見ながらさらに大きくため息を吐くのだった。
「竜に一軍単体で挑む馬鹿がいるか」
小さく呟きながら、私は、ロックバードに揺られるのだった。
「ありえん!ロアは、即刻処刑にするべきだっ!」
王都では大臣が騒いでいた。
ロアが単独で出て行き、今、赤紅騎士団により、蒼碧騎士団の壊滅が報じられた。
ありえない。
たった一人で軍隊が壊滅するなど、4Sを殺そうとした時以来であった。
「だから、勝てるわけないんだよ」
王座に座っている金髪の青年が小さく呟く。
「しかし、壊滅した事は事実。彼に軍隊を差し向けた事も事実。どうしたら許してもらえるのか?」
貴族たちは、すでに命乞いをいかにするかを真剣に考えている。
「王都の宝玉を渡すか?」
真剣にそんな意見まで出て来る。
もう、支離滅裂である。
それを取り戻すための指名手配と討伐であったはずなのに。
今回の事態は、もう自分の首を差し出しても許されるか分からない状況だ。
ここまでなる前に、二人の友人にさんざん注意されたはずだったのに。
自分に、権限がなさすぎて、止めれなかった。
金髪の青年は、大きくためいきを吐くと、どうしようもなくなった事態に、一人で決断するしかなかった。
「ちょっとは気晴らしになった?」
一人の女性が、自分の下で寝ている青年の顔を撫でる。
ベッドの横には、ドレスが投げられていた。
「ああ。楽しめたよ。人が消える瞬間は、やっぱり綺麗だね。後、気に入らない彼も、こっぴどくやられたみたいだしね」
「本当に、意地が悪いわね。【皇の】」
「こんな事くらいしないと、楽しみが無いからね。さぁ、次は、合成かな?」
「子供が必要なのかしら?」
笑う彼女に。
「前も言ったけど、君との子供は大事に育てるよ。さて、次は、親子喧嘩でもしてもらおうかな」
「あら、気にいっちゃったの?あの子の事」
「ああ。大分楽しい人間に育ったじゃないか」
新しいおもちゃを手に入れたように笑う青年。そのまま、女性の顔に手を伸ばす。
「悪い人ね」
女性は、そのまま、青年の上に覆いかぶさるのだった。




