ロア暴走 1
「見えてきたね」
ピクニックのような、本当に何もない日々の中、移動をし続けて来た俺たちは、目の前の大きな城を馬車の上から眺めていた。
まだまだ王都までは、遠いのに、空を突き刺すような高い塔が見えて来る。
町に住んでいた時は時に気にしていなかったが、隣のフェーロン王国に巨大建築があまりないため、改めて見ると本当にこの国の建築物はどれも大きい。
「大きいですっ!すごいですっ!あの城壁よりも大きいですか?」
リュイがさらにはしゃいでいる。
「そうだね。僕の西方城塞都市の壁のさらに2倍はあるかもね。あれは、ワイバーンを落とすために作られた見張り塔でもあるからね」
リュイに律儀に返事を返すバル隊長。
とういうか、そうだったのか。
この国に生まれて、王都へ数年住んでいたけど、まったく知らなかった。
俺が、そんな顔をしていたのか、バル隊長は、俺を見て笑いながら、
「一応、僕もこの国の重役の一人だからね」
と言っていた。
俺たちが城に近づいて来た時。
「シュン君」
バル隊長が低い声を出す。
小さくうなづく。俺も気が付いていた。
目の前に、青い人の集団が見える。
「ロア団長は今回の撤退に、納得していなかったのか」
バル隊長が小さく呟くのが聞こえる。
近づいて来て分かる、青ぞろえの鎧。
「あれは、兵士ですか?」
リュイの言葉に、俺はうなづく。
「蒼碧騎士団だ。先輩の部隊だな」
青い鎧を着ていた、勇者のような姿の先輩を思い出し、俺は返事を返していた。
「来るぞ」
バル隊長が、自分の剣を取る。
俺は。
ゆっくりと、自分の槍を取り出す。
その時。
「はぁっ!」
気合一つ。
突撃してくる、騎士達に、リュイの斧が吸い込まれていった。
一気に、数人を切り倒し、リュイは足場の悪い馬車の上であるにも関わらず、しっかりと返ってきた自分の斧を掴む。
「やるなら、私が相手をするですっ!シュン様には、一人も殺させないですっ!」
リュイが叫ぶ。
俺は、自分の頭を軽くたたく。
槍を持っている手が自分でも気が付かないうちに震えていた事に今、気が付いてしまったのだ。
「まったく」
全てを守る。
そのお願いを聞いて、この世界に来た俺だが。
俺が死んだら何もできやしない。
襲い掛かる火の粉を振り払うのに、時間と、労力を費やすのも無駄だ。
ならば。
俺は、ゆっくりとリュイの横に立つ。
狭い場所ではあるが、別にリュイが小さいため気にはならない。
斧の方が大きいくらいなのだから。
「リュイ。ありがとう。あとは、俺が」
俺がリュイに声をかけると。
「シュン様が、倒れそうなら、支えるです。泣きそうなら、抱いてあげるです。潰れそうなら、リュイに全てをぶつけて、気を晴らしてください。ドワーフは、頑丈です。倒れる事は無いです」
そのリュイの言葉に、俺は笑う。
自虐的ではなく。心の底から。
この子は。いや、俺の妻は、最高だな。
「そうさせてもらうよ。けど、ここは任せてくれないかな」
俺はリュイの頭を撫でる。
顔を真っ赤にしたリュイを見ながら俺は、さらに近づいてきている敵の軍に向かい槍を突き出した。
「死にたいなら、命令に従うがいい!我々は、国王命令にて、王都へ行く所だ!邪魔するなら蹴散らす!我々を殺すつもりなら、容赦はしない!【暴緑の】シュンが相手になるっ!」
俺の言葉に、兵士の足並みが崩れるのが見えた。
「いまだに有効だね。シュン君の二つ名は」
バル隊長は呟く声を聞きながら、恥ずかしくなる。
この二つ名。嫌いなんだよ。
しかし。
部隊の奥から、叫び声が聞こえ、部隊が再び動き出す。
「やる気ですね」
部隊の動きを見ながら、後ろからそんな呟きが聞こえる。
「やるなら、徹底的にやらないと、ダメですね。抵抗する気すら無くなるくらいに」
バル隊長の声に、俺は小さくため息を吐く。
「リュイ。目をつぶれ」
俺は小さくリュイに声をかける。
見せなくなかった。殺戮の場面を。
「私は【鬼】になっても、この町を守りぬきます」
ドンキの声を思い出す。そうだな。俺も、自分の大事な人を守るためなら、【鬼】になろうじゃないか。
一気に、魔力ビットが展開する。
数は50個
さらに追加で、20個が生まれる。
「100万を制圧した、魔力嵐っ!その目に焼き付けろっ!ロアっ!」
あの時とは違う。
魔力も、MPも 100万のアンデットを倒したEPで、馬鹿みたいに増量してある。
「闇輪舞っ!」
俺の言葉に応じて、本来なら人を避けるはずの魔力ビットの魔法が人をなぎ倒す。
火が、風が、火の嵐を生み出す。
撒きあがる炎は人を飲み込み、燃やし尽くす。
茫然とする兵士は、あっさりと断絶結界に真っ二つにされる。
地獄絵図。
空中から無数に放たれる火と風、地面から生える土の槍。
その全てを切り裂き飛び回る黒い板。
燃え上がり苦痛のために、絶対的な死をもたらす板を避けるために兵士達は、舞い続ける。
いつまでも。
「シュン君、君は、、、」
バル隊長が、声もなくその光景を見ている。
データベースが、殲滅数を、無機質に数えてくれる。
3000からなる蒼碧騎士団は、わずか、数分で、完全に壊滅していた。
その瞬間。俺は、リュイを抱え馬車から飛び降りる。
地面を転がりながら、自分の手が切られているのを確認する。
リュイを抱いたまま、俺が立ち上がると、目の前に見知った男がいた。
「けけk。なんだよぉ。せっかくその小さい胸を切り裂けると思ったのによぉ」
男は、目の前で残酷な笑みを浮かべる。
【希薄の】4Sの中で、もっとも残虐な冒険者。
無数の規約違反を起こしているのにも関わらず、処分できる人間がいないと言う理由で、4Sとされている人間。
「楽しそうな事してるからさぁ。せっかく来たのによぉ、全部、ぜんぶ」
姿がゆらいで見える。
「終わらしてんじゃねぇよっ!俺の楽しみを取りやがってっ!その女をよこしやがれっ!」
彼が、一気に近づいて来る。
気配すらとらえられない。
勘で、その場から飛びのくが、俺の足から血が噴き出していた。
「シュン様?」
リュイが、心配そうに見上げるが、今、彼女を放すわけには行かない。
俺のステータスは異常だし、ローブも、異常と言っていい代物だ。
その二つをあっさり切り裂いた【希薄の】攻撃だ。
リュイが受けたら、一撃で死ぬ。
「逃げてんじゃねぇよっ!」
彼が、揺らぎ、姿が消え、リュイをかばう俺の手が切られる。
素早く回復魔法をかける。
「けっ。放さねぇなら、切り取ってやるよ」
再び、彼の姿が消える。
「シュン様っ!」
リュイの叫び声が聞こえるが、俺は彼女を放す気はない。
俺の腕が飛ぶ。
痛みすら無い。飛ばされた腕のその向こうで、リュイの腹が切り裂かれるのが見える。
リン。
腹を斬られ、一撃で、心臓まで切り裂かれた、可愛い女性。
笑顔で、逝ってしまった女性。
それと同じ切り傷。
俺は、絶望の中、間延びした世界の中で、叫ぶ。
その瞬間。
「ぶはぁっ!」
目の前で、血だらけになっている【希薄の】がいた。
片足が、無くなっているのが見える。
彼の方足が、現実に地面に転がっていた。
それを切り取ったのは、俺のビット。
黒ではなく、七色に光輝く板。
「ありえねぇだろぉ!次元まで切り裂くとか、ありえねだろぉ!」
【希薄の】が叫ぶ声が聞こえる。
リュイが、斬られた場所を自分で抑えながら、俺の手を泣きながらくっつけようと押し付けている。自分も血だらけなのに。死にかけているはずなのに。
「シュンさまっ。しゅんさまぁ」
噴き出る血はどちらの物かわからない。
俺は、そんな光景をみながら、何もできなかった。
頭が働かない。もう、寝てしまいたい。俺が、気を失いかけた時、俺たち二人を温かい光を包み込んだ。
その光で、失いかけた意識をギリギリで手繰り寄せた俺は、全力の回復魔法をかける。
リュイの傷が。俺の取れた腕が、くっつくのが分かる。
その瞬間。
凄まじい痛みが襲い掛かってきた。しかし、その痛みは、すぐに消える。
「腕を斬られた痛みに、意識が飛びかけたんだ」
俺がそれを理解すると同時に、目の前で泣いている少女を見る。
この子も、両手がちぎれた事があったはずなのに。いや、むしろ今、死ぬほどの傷を負ったはずだったのに。
俺は、絶対に、この子には勝てないなと思いながら、彼女を抱きしめる。
「くそぉ、くそぉ!次あったら、絶対殺してやるからなぁ!許すものかぁ!」
【希薄の】は、泣き喚きながら、自分の足を持って、その姿を消していく。
俺は、そんな【希薄の】姿すら無視して、泣くリュイをしっかりと抱きしめる。
彼女が生きているのを全身で感じながら。




