争いの後に。
私は、ゆっくりと、彼の頭を撫でる。
西方城塞都市と呼ばれている、この町を守って私までまもってくれた彼は、今私の横で泣きつかれて寝ていた。
敵の兵士に囲まれていた時、本当に、死ぬかと思った。
ここで終わりかと思った。
けど、この人は来てくれた。
兵士の頭の上を飛ぶように走って。
ありえない。普通ならできない事をしてくれる。
その上で、数万の兵士を追い返し、この町を守ってしまった。
「ほんとうに、すごい人なのです」
私は、彼の頬を撫でる。
この町の、彼専用とまで言われる部屋がある事にもびっくりしたのに、その部屋が決して汚れていない上に、彼が前にここにいた時に置いていった装備や、備品などもすべて綺麗に保管してある事に、この町の人たちが、彼をどれだけ大切に思ってくれているのかを知って、自分の事のようにうれしくなってしまった。
それほどの人なのに。
いや、それほどの人だからなのだろう。
一瞬で、数百人を殺してしまえるその強さと、そして、大量に人を殺してしまったその罪悪感に。
彼は押しつぶされてしまった。
さっきまで泣き崩れる彼をしっかりと抱き寄せて、私は子供をあやすように彼を撫で続けた。
「本当に。弱い人なのです」
私は、彼を優しく抱き寄せるのだった。
「おはようなのです」
「ああ。おはよう」
俺は本当にスッキリした気持ちで目を覚ます。
隣には、優しく笑ってくれるリュイの顔がある。その顔を見て、気恥しくなる。
昨夜は、思いっきり泣いてしまった。
人を殺した事に。
いや、今までやって来た大量殺戮の全てが俺の中で何かのわだかまりになってしまっていたのだろう。
大量に、魔物を殺し、村人を殺し、城の兵士を殺し、アンデットを殺し。
そして、先日、再び大量の兵士を殺した。
その全てが、俺の中で泥のように溜まっていたのかもしれない。
その全てを、リュイに泣きつく事で、吐き出してしまった。
リュイは、俺の体を撫でながらただ、俺の愚痴のような、懺悔のような声を聞いていた。
その中で、リュイは俺にゆっくりと諭すように、あやすように。
「正しい事など一つも無いのです。正しいのかどうかは、私たちが年を取ってから考えればいいのです。私は、ほんとうに、シュン様と離れ離れにならなくて、今、シュン様と一緒に居れる事が良かったと思っているです。大好きです」
そう言うリュイも、泣いていたと思う。
俺が、昨日の夜の事をぼうっと思い出していると、
「シュン様?からあげ食べるですか?無理言って、ここの台所を貸していただける約束が出来たです」
リュイが、そう言って笑う。
俺は、笑いながら、大きくうなずくのだった。
朝から、からあげは重たかったが、やっぱりリュイの唐揚げはめちゃくちゃ美味しかった。
朝食を取り、リュイとこれからどうしようかと話し合っていると、扉がノックされる音がした。
「入ってもいいかな」
そう言って入って来たのは、バルクルスと、リンダだった。
リンダは、俺の顔を見るなり、えぐえぐと泣き顔になる。
いや、筋肉モリモリの女性がその顔をされても、少し引いてしまう。
そんな彼女の肩をぽんぽんと叩きながら、バル隊長。いや、バル領主がこちらを真剣な顔で見る。
「今回の防衛戦、本当に助かった。ありがとう。これで本当の危機を助けてもらったのは2回目だね。リンダも、助けてもらえて、子供も無事みたいだ。本当に、本当にありがとう」
そう言って、頭を下げる。
「いや、前回も、今回も、たまたま居合わせただけですし」
「いや、今回の事も含めて、君には返しきれないほどの恩が出来た。本当の意味での友達になって欲しいな」
そう言って、手を出すバル領主。
「よろこんで」
俺は、二つ返事でその手を握り返すのだった。
「バル隊長、シュン君には言ったっすか?指名手配のせいで狙われている事と、今回のシュン討伐について」
バルクルスがシュンの部屋を出ると、外で待っていたチェイが話しかけて来る。
「今回の事は、シュン君がきっかけに過ぎない。王都の中央部の人間はここが独立しているのがどうしても気に食わないだけだよ」
バルクルスがその言葉に返事をすると、チェイが肩をすくめる。
「今回の戦争で、だいぶ武器も盗られてしまったっすからね。次は本当に落ちるかも知れないっすね」
「そう思うかい?今、僕はね、シュン君と、友達になったんだよ」
バルクルスがにこやかに笑う。
「マジっすか?本気っすか?」
焦るチェイ。
「王都のやつらがここを盗りに来るなら、キンカと仲良くして、援軍を求めやすくした方がいいと思わないないかい」
その言葉に、チェイは大きくためいきを吐く。
「本気なんっすね。王都は黙ってないっすよ?」
「なら、シュン君をけしかけるだけだよ。さっき届いた情報だけどね。彼、一人で100万のアンデットを討伐したらしいよ」
「はぁ?なんっすか?それ?あの人、いや、そもそも人っすか?」
「だからこそだよ。彼は、存在しているだけで交渉材料になるえる人物だ。悔しいけど、あのすました爺さんのやり方は正しかったみたいだ」
隣の国から来た、手紙を読みながらやりてだとは思っていた。
だが、隣のドンキという人物は、それ以上に喰えない人物だったようだ。
「こうなる事もある程度想定していた。だからこそ、彼を寄越して来たのでしょうね」
バルクルスは、格の違いをまざまざと感じながら、隣の国のドンキという人物にいつか会いたいと思うのだった。
「おいしいですか?」
あれから、リュイは、ここの台所を何度か借りて料理を作るようになっていた。
何回か一緒に料理をしていたら、いつの間にか、リンダとも仲良くなったらしい。
というか、料理の最中に、腕相撲をして、リュイが勝ったらしい。
いや、リンダ、お腹が大きくなってきてるんだから、そんな事するなよとおもうのだが、まぁ、リンダだし。
ついでに、リュイの料理はどれも美味しい。
最近はまっているのは、リュイ特製の、何かの魔物の骨から煮だした出汁を効かせた、豆のスープだ。
こってりから、あっさりまで、その時の俺の気分を悟ったかのようにぴったりの物を出してくれる。 俺は、その味を堪能するのだった。
王都が攻め込んできてから、20日目。
今、西方城塞都市では、結婚ブームが来ていた。
その原因は。
またあの男だった。
「シュン君と、リュイさんが、イチャイチャしすぎてて、あんな家庭を今すぐ築きたいと結婚するカップルが増えてるっす」
チェイが、苦笑いをしながら報告する。
城塞を守っていた兵士はほとんど生き残っていなかったし、今回の戦争で、相方をなくした者も多かった。
その中で、相方を亡くした同士や、独身が、特に女性たちが男性に押し込みをかけて結婚ラッシュになっているのだ。
「いい事だけど、彼は、絶対に何かを残すね」
バルクルスは、その報告を受けて、もう笑うしかなかった。
名言を残したり、子供ラッシュを残したり。
今度は、結婚ラッシュ。
「うちに歴史書があれば、カリスマ冒険者と記載しないとね」
軽い冗談を言いながら、幸せに包まれている町を見ながら、この都市に住む人たちは本当に強い者ばかりだなと、感じざるを得ない。
自分の子供を、好きな人を、家族を。
殺されたのに、死んだのに。
ここの住人は、決して後ろ向きにならずに生きる。
昔から大量の魔物の進行で、死ぬ人間が多かったせいもあるのだろうが、それでもその逞しさに思わず笑顔がこぼれてしまう。
「この都市は、不滅だね」
そんな町の人が大好きなバルクルスは、改めて目の前に届けられた手紙に視線を落とす。
そこには、王都への登城命令が書かれてあった。
シュンを連れて来いと。
町の外で、魔物狩りをしている彼らにいつ伝えるのか、王都でシュン対、国の大戦争にならずに済むために誰に声をかけて行くべきなのか必死に考えるのだった。




