戦いの終わり
「シュンリンデンバーグっ!」
俺の結界に、力いっぱい剣を打ち付けながら、ロア先輩が叫ぶ。
俺は、リュイを抱えたまま、ロア先輩の方を見る。
ゆっくりとロア先輩のビットが背中に移動しているのが見える。
「さすが。怒っているようでも冷静な先輩らしい」
妙な所で納得してしまう。
後ろから、ロア先輩の魔力ビットが魔法を放つが、あっさりと俺の結界に魔法はすべて止められる。
数回、剣を結界に打ち付けた後、先輩は一回後ろに引く。
浮いてるロア先輩のビットは、3個。
「シュンリンデンバーグっ!貴様、何をしたのか分かったいるのかっ!」
ロア先輩が、さらに問い詰めて来る。
俺は、意識を失ったままのリュイを優しく撫でながら、うっすらと笑う。
これじゃ、完全に俺が、悪役だな。
だけど。譲れない。
この優しくない世界で。クソな世界で、たった一人すら守れないなんて、本当にごめんだ。
「何をしたか?分かっているよ。俺は、俺の大事な人を守っただけだ」
口から出た自分の言葉に、自分で笑いそうになる。本当に悪役のセリフだな。
「貴様っ!何人殺したと思っているんだっ!」
ロア先輩が、体を低くしている。
シュリフ将軍が使った、高速の打ち込みか。
俺はゆっくりとビットを移動させる。
「ん」
そのタイミングで、リュイが目を覚ます。
「シュン様?シュンさまっ!」
力いっぱい、俺を抱きしめてくるリュイ。
ちょっと痛い。ステータスカンスト超えで、【手加減】スキルも発動していない今の状態の俺でも痛いって、リュイの力ってどれだけ強いんだよと突っ込みを入れるも、あまりに嬉しそうに俺を抱きしめて来る彼女に文句も言えず。穏やかに、彼女を抱きしめてやる。
「怖かったです。離れ離れになる事が」
リュイが、泣きそうな声で呟く。
俺はそんな彼女を、やさしく叩いてやっていると。
「シュン様」
ふと、聞いた覚えのある声が聞こえる。
俺が改めてそちらを見ると、金髪の眼帯をつけた女性が、ロアの後ろに立っているのが見えた。
見覚えのある杖をしっかりと持っている。
「ライナ?」
俺が呟くと、その声を聞いたライナは、杖をしっかり握りなおす。
金色の眼帯が、やけに目に入る。ライナの顔がまともに見れない。
俺が目をそらしていると、リュイが何かを勘違いしたのか俺の腕を掴む手にさらに力をこめる。
ちょっとじゃなく、かなり痛い。
「シュン。流石に、見逃せないよ。今回は」
さらに覚えのある声が聞こえる。
真っ白い髪の女性が腰を落として構えているのが見えたが、その拳につけられているグローブは、俺が作った物に違いない。
俺は、リュイを降ろすと、改めて3人を見る。
「久しぶり。レイア」
「どれだけ、悪魔になったのよ。あなたは」
多分、100人単位で殺したのに、自分でも、不思議になるくらい穏やかな声が出ていた。
その声に、レイアが体をこわばらせるのが分かった。
3人とも、怒りを全身にまとい、武器を構え俺と対峙する。
俺は、リュイに預かっていた斧を手渡す。
リュイは、その斧を笑顔で受け取り、しっかりと握りしめる。
「シュンリンデンバーグ。ここで、死んでもらうか、国に来てもらう」
ロア先輩が、声を荒げながら言葉を吐き出す。
俺は、青い鎧を着た彼を見ながら、本当に勇者だよなぁ。と場違いな感想を考えていた。
「リュイ、下がって。手を出さなくていい」
俺は、リュイに声をかける。
リュイは俺を見上げるも、俺の顔を一目見て、微笑みを返す。
「任せるです」
はっきりした返事が聞こえて来る。
本当に助かる。リュイの力だと、手加減を間違えて、誰か殺してしまうかも知れない。
しかも、リュイが怪我でもしたら、手加減できる自信が今はない。
俺は、空間収納から、自分の槍を取り出し一回素振りをする。
「シュンリンデンバーグ!覚悟しろっ!」
ロア先輩が一気に間合いを詰めて来る。
俺は、その一撃を槍で受け止める。
ロア先輩が、一回後ろに飛びのと、間髪入れず、後方から、無数の氷の矢が飛んで来るのが見えた。
絶対結界で、その全て防いだ時、斜め後ろから、炎が迫って来るのが見えた。
その攻撃を、小さく回転して避ける。
短剣が飛んで来るのも見えた。俺の上げたナイフじゃない。
地面に突き刺さったナイフを確認しながら、小さくその場から飛びのく。
自分では小さく飛んだつもりだったのだが、実際は3人の遥か真上まで跳んでいた。
俺は、そのままの状態で、空間収納から、大量の水を取り出す。
「ごめんなっ!ライナ、レイアっ!」
俺は謝りながら、その大量の水を圧縮して、水柱として打ち込む。何本も。
天まで届く水柱を建てた俺は、落下しながら、周りを見る余裕が生まれていた。
全ての兵士が茫然とその柱を見上げている顔が見える。
一瞬の間の後、巨大な水柱が地面に打ち付けられたその勢いに、3人とも吹き飛んでしまう。
ロア先輩だけ、ちょっと恨みを込めて、直撃コースにしたのだけど、流石【予知】スキル持ち。見事に避けていた。
激しく吹き飛ばされた3人を見ながら、俺は、地面に着地する。
「3人とも、大きな怪我はないみたいです」
リュイが、微笑みながら俺のそばに来る。
「シュン君。相変わらずね、流石としか言えない、化け物だわ。まさか、魔法の一発で、軍隊の戦意を全てかき消すとは思わなかったけど」
小さく笑いながら、俺の前に現れたのは、また懐かしい顔だった。
「サラ、団長?」
ロアが顔を上げて、彼女を呼ぶ。
「私は、あなたを敵にする気はないわよ。あの坑道の中、あれだけの魔物の群れの中で呆れるくらいの数を倒した、シュン君と戦って、生きて帰れる気はしないもの」
サラは、笑いながら両手を上げる。
「お前は、4Sか。一瞬で、500人を倒すなど、ありえん」
もう一人、赤髪の女性も現れる。
人を殺してまくっていた切断結界のビットも、空中に消えて行くのが見える。
敵の兵士は誰一人動かなくなっていた。
「私は、シュリフ家のデラウと言う。ライナの姉になるのかな。学校ではライナが世話になったようで、感謝する。しかし、本当に」
赤毛の女性は、シュンを見ると、ひとつため息をつく。
「いろいろ言いたいが、君と戦って勝てる気はまったくしないな」
デラウも同じく両手を上げる。
倒れていたロアたち3人が体を起こした時、リュイは、俺の前に移動する。
「その男は、大量に人を殺したんだぞ」
ロア先輩が俺を指刺す。
しかし、デラウは肩をすくめると、ため息をつく。
「ロア団長。正義を振りかざすのもいいが、私たちとて、この町の人間を大量に殺している。
武勇の強い者が、大量に殺すのも、大量の兵士で、大量にすりつぶすのも人殺しには変わりはない。戦争なのだ」
「そして、私たちが、全員でこの男に挑んだ所で大量の犠牲を出すだけで、無意味だ」
俺の顔をしっかりと見つめると、デラウはふっと笑い。
「撤退だっ!このままでは、戦いも出来ん!一回出直すぞ!」
「シュンリンデンバーグ。覚えておこう。4Sにも匹敵するその力」
ロアは、納得できない顔をしたまま、ライナ、レイアの二人に支えられながら、帰って行く。
「シュン様。あの時、助けていただいて、ありがとうございます」
ライナが、去り際に俺にそう声をかける。
俺は、彼女の眼帯を見て、何も返事が出来なかった。
「シュン様?」
リュイが、不思議そうに顔を見つめて来る。
俺は、そんなリュイの頭を撫でてやる。
すぐに真っ赤な顔になったリュイを見ながら、俺はゆっくりともう一度、自分の手を見つめていたのだった。




