森の中で
「急げっ!こっちに逃げるんだっ」
「だめ、来ないでぇ!」
「いやぁぁぁぁ!」
叫び声が、森の中に響き渡る。
日が暮れ始めた時、魔物が大量に襲い掛かって来た。
多分、魔物の数は、30匹程度だったと思う。けど、その魔物達は、周りの魔物を引き寄せて、増え続けている。
私は、自分の大剣を振るい、足の遅いカバのような魔物を切り裂いていた。
お腹が重い。
体をひねる事が出来ないから、剣の動きも小さくなってしまう。
だけど、死ねない。
バルが、残してくれた命だ。どんな事をしても守る。
私は、お腹を支えながら、大剣を振り下ろす。
「くそっ。俺らは餌かよっ!」
仲間の兵士が叫びをあげる。
上空から、大蛇の魔物が飛び降りるように飛んできて、子供が一人飲み込まれる。
ああ。
そうだ。私たちは、無力な群れだ。
上からも、周りからも、全ての方向から、食べ尽くされていく。
私は泣きそうになりながらも、まだ剣を振るう。
辺りに響きわたる叫び声は、森中に響き、さらなる魔物を引き寄せる。
グシャという鈍い音とともに、私の隣にいた女の子が目を見開いていた。
「リンダ、生きて、、ね」
その子はそう呟きながら、無くなった下半身から血をまき散らして倒れていく。
遠くに、見たこともない犬型の魔物がいた。
口から、あの子の足が見えている。
私に、料理を教えてくれた子だった。
一緒に、子供を抱こうと約束してくれた子だった。
「うわぁぁぁぁ!」
私は叫びながら、剣を振る。
力があれば、力があればっ!
悔しさと、悲しさで、振りかぶった剣は、虚空を切り裂く。
私は、死を覚悟して目をつぶった時。
ぐぎゅ。と鈍い音が真横でする。
私が目を開けると、犬の口の奥までよく見えた。
しかし、犬はその口を閉じる事なく、そのまま、大口を開けて、私の横に崩れ落ちていった。
私は、座り込んだまま呆気にとられる。
目の前に浮いていたのは、小さな玉。
私の拳くらいの。
なのに。
木の上から飛んできた私の身長より大きな蛇が、その玉から生まれた光の盾に受け止められる。
その蛇を、真っ黒い板が切り裂いて飛び去っていく。
「なんだ?何が起きてるっ?」
兵士達が混乱している。
けど、分かる事はただ一つ。
助かった。私は、助かったんだ。
座り込みながら、泣きそうになる。
股が温かいけど、ただ、私は安心してその場であふれる涙をこらえきれなくなっていた。
「シュン様っ!」
「分かってるっ!ビットをかなり飛ばしたから、少々は守れるはずだっ!」
俺と、リュイは、叫びながら魔物を切り裂きながら走る。
リュイの足が遅いため、俺が抱えているのだが。
「シュン様の上なら酔わないみたいです」
などと、乗り物扱いをされてしまっている。
そんな事よりさっきから、森の奥で、悲鳴が延々と聞こえてきている。
おそらく砦を逃げ出して来た人たちが魔物に襲われているのだろう。
俺は、さらに足を早め急ぐ。
木を蹴り、草の上を飛び越え走る。
「見たこともない魔物ばっかりです」
リュイが呟くが、俺も見たこともない魔物ばっかりだ。
犬型の魔物は、オオカミ型よりも足が速いし、蛇型の魔物はまるで、アナコンダだ。
さらに、鳥型の魔物まで近づいてきている。
「これは、大攻勢になってるな」
敵の数が50匹を超えて来ている。
大進攻の域になる前に、合流しなければ、ビットだけじゃ守れなくなる。
「シュン様、右ですっ!」
「助かるっ!」
死角から飛んでくる敵をリュイが見つけてくれるので、あっさりと斧で切り飛ばす。
今は、リュイの斧を使わせてもらっていた。
槍だと、これだけ木が生えていれば扱いにくい。
この斧を渡された時に、「私を自由にお使いください」
と顔を真っ赤にして言われたのは、さすがに引いてしまったのだが。
俺の身長ほどもある刃渡りの大斧は、ひと振りで小さな木なら一瞬で切り落としてしまえる威力がある。
そして、俺が、茫然としている人たちの集団に合流出来た時。
ひときわ大きな女性が、へたり込んだまま、号泣しているのを見つけた。
「あの方は、兵士ですか?」
リュイが聞くが。俺はその女性を知っている。
「リンダ、無事で何より」
俺がその女性に声をかける。
リュイに少し蹴られた気もするけど、まぁ気のせいだと思う。
「ジュン?ジュンやぁーー、生きてる?わだじ、いぎでる?」
大泣きするリンダに、俺は、笑って答えてやる。
大量のビットが、周りの敵の処理を始めているのをデータベースさんが教えてくれる。
絶対結界は、結界発動時に、魔力消費が半端ないが、切断結界は、一回発動すれば、維持と、移動だけしていればいいから、魔力的には節約になる。
移動は、風魔法の応用だし。
俺は、座り込んで、動けなくなっている人たちを見ながら少し安堵していた。
「助けれて、よかったです」
リュイの声に素直に俺はうなづくのだった。
本当に、この人は。
周りも見ずに走り続ける。
酔う暇すら与えてくれない。
小さな私の体を目いっぱい彼にくっつけて私は振り落とされないようにする。
彼の能力である、魔力ビットも、絶対結界も、切断結界も、教えてくれた。
けど、この人が、何をしようとしているのかを私はまだ教えてもらっていない。
ミュアさんも知らなかった。
そう。私は、エルフの里で、ミュアさんと話をしたのだ。
本当に、素敵な人だった。
そして。私は彼女から、この人の世話を受け継いだんだ。
けど、この人は走っている。前だけ向いて。
ふと、右後ろから、オオカミ型の魔物が木を蹴り飛びながら走って来るのが見えた。
「シュン様右ですっ!」
「助かるっ!」
あっさり私の斧で敵を切り飛ばすシュン様。
周りを見ないで走るシュン様を見ながら、また顔が赤くなる。
私は、彼の背中に顔をうずめながら、こんな場所なのに、こんな状況なのに。
気持ち一杯あふれる幸せを感じていたのだった。
「という事は」
「はい。城塞都市は、すでに囲まれている状態です。おそらく、バル領主も、チェイ将軍も帰る気は無いものかと」
泣きじゃくって、使えなくなったリンダをほったらかしにして、俺は、兵士の一人から報告を受けていた。
「まさかの、全部隊投入です。私たちも、驚きました」
この兵士は、名前をカルツォと言い、リンダの補給、支援部隊の副隊長を務めている男だった。
ちなみに隊長はリンダなのだが、お腹が大きくなってからは、この兵士が隊長代理を務めている。
「ここにいるのは、戦えない一般人と、私たち支援部隊、子供がいて前線に行くのがまだ厳しい兵士たちばかりです」
そう言いながら、泣きそうになっているカルツォ。
出た時は、5000人はいたらしいのだが。
データベースでは、今いる人数は、3000人となっている。
俺は、自分の拳を握りしめる。遅かったんだ。安堵した少し前の自分に腹が立つ。
しかし、握りしめていた俺のその手を、そっと取り、リュイが自分の胸にあてる。
「十分です。全てを守る事は、絶対に無理です。シュン様は、神様ではないのですから」
リュイが、そう言って笑う。
「私たちは、何とかします。シュン様は、砦を。バル領主と、チュイ将軍をお願いしますっ!」
カルツォは、涙を流しながら俺に詰め寄る。
俺は、自問自答する。
やれるのか?俺に戦争が。大量の人殺しが。
いや、出来なくても、バルと、チュイの二人だけでも助けに行かないとな。
俺はゆっくりと笑うようにうなづくのだった。
ただ、片手はリュイの胸にあてたままだったから、あまり締まる絵にはならなかったが。




