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決死

兵士の叫び声がこだまする中。

「右側へ敵を寄せろっ!大聖堂は、爆破してかまわん!」

怒鳴り散らすように、叫ぶバル領主。


先方隊が攻めて来た当初から、はや1コル(2時間)明らかに劣勢であった。

こちらの武器の方が相手の武器より圧倒的に強いのが唯一の救いか。

鎧ごと真っ二つに切り裂かれる敵兵士を遠くに確認する。

自分の目はいい方だとは思うが、この前ダルワンに教わった、【遠目】の魔法が凄まじく重宝する。

この魔法は遠くが見える代わりに、遠くを見れば見るほど視野が狭まるのが欠点なのだが。

「第一区画で、何とか食い止めていられているっすね」

チェイも、小さく呟く。

 激しい魔法の光が輝き、町の一部が吹き飛ぶ。

敵兵も吹き飛んだらしい。

「隊長、避難させている支援部隊は、どうしましようか?」

兵士の一人が、チェイに訪ねて来る。

「まだ、砦から出す訳にはいかないっす。これだけの大騒ぎの真っ最中っす。今出したら、魔物を刺激する可能性は高すぎるっす」

チェイは、困った顔をしながら返事をする。

タイミングが難しい。

大量の人間を森へ放てば、森の中にいる魔物も引き寄せてしまう。

今、挟み撃ちにされれば、間違いなく森へ行った人間も、自分たちも全滅する。

「できれば、自分の命と引き換えにしても、攻め込んでいるやつらと、魔物をぶつけれると最善っすね」

チェイは、無理な事を呟きながら目の前の領主を見つめる。

バル領主は、唇をかみしめながら指示を出し続ける。

3200人

それが、この砦で敵兵に当たれる全兵士であった。

後衛で1000人。こっちは、衛生兵が中心なのだが、今回は、避難する人間を守る部隊となる。

そして、2000人少しが本格的に敵と当たるための部隊。


これ以上は、どんなに振り絞っても、兵士は出て来ない。

初期の妊婦や、老兵まで数に入れている。

むしろ、前衛の兵士の夫婦が死ねば、大量の孤児が出るくらいギリギリの配置。

子供がいる兵士は、全て守護部隊に回したかったのだが、ほとんどの兵士が子供持ちである。

シュン君と、ミュアさんにあてられて起きた、この砦の中でのベビーラッシュは、こんな所でバル領主の頭を悩ます原因になっていた。


そんな中でも、親に死んで来いと言うのだ。

バル領主が無意識に咬んでいた唇から血が流れ出るのを見ながら、チェイは目の前の激戦地を改めて見つめる。


「自分も、ここで終わりっすかね」

小さく呟き、覚悟を決めるチェイ。すべての兵士の顔を思い出す。

子供を見せに来た、兵士達の笑顔を思い出す。

その幸せを全て破壊する命令をするのだ。自分も、バルも。

10倍の戦力差だ。

自分達に勝ち目は絶対に無い。

一日目の戦闘は、二人の覚悟と、絶望を抱えながら過ぎて行ったのだった。





「こちらの死傷者、300名。敵兵の死傷者、推定、500名」

一日目が終わり、報告を受けるバル隊長。

「町に誘導した割には、結構やられたっすね」

チェイも、その報告に頭を抱える。

「仕方がないです。相手は、騎士団の混合部隊ですから。蒼碧騎士団も、朱紅騎士団も、弱くは無い証拠です」

「このままじゃ、じり貧すね」

「だからと言って、外に出れば、町を囲みつつある一万に囲まれます。町の中なら、まだ数千同士で戦えるはず」

「もう、第一区画は、ほぼ更地になったっすか?」

「敵を巻き込んで、爆破したため、ほぼ建物は無くなりました。今日より300名は追加で町へ侵入してくる可能性があります」

バル領主は、震える手を自分の手を抑え込みながら、考え込み。

「明日は、第4区まで引き込みます」

「奥に入りすぎですっ!」

「今日は、ざっと2000程度の偵察隊です。それで、これだけの被害です。明日は、おそらく4000以上は入り口を囲むでしょう。入り口付近で戦えば、兵士の士気が持ちません」


バル領主は、チェイに目配せする。

「明日が最後かもしれません。相手は、朝一番で攻め込んでくるでしょう。シュン君が町を出て、明日で7日目です。彼が帰って来る可能性もあります。最後の希望ですが、彼女たちがシュン君と出会えれば、外に出た彼らの事は安心できます。リンダ達の避難。お願いしますよ。チェイ」

「了解っす」


「今日は、良く寝てください。別れを告げる人がいるなら、最後の挨拶を。明日が決戦になるでしょう」

バル領主は、それぞれの部隊長や、兵士長に笑いかける。

何も出来ずに、町の終わりはすぐそばに近づいていた。




「ほんとうに、気が進まないね」

「ロア。お前は、冒険者だったからかも知れんが、いい加減、覚悟を決めろ。兵士になり、国を民を守るというのは、こういう事だ」

「私も、気が進まないのだけど」

「サラ。ここに、団長が3人もいる意味を考えろ。全力で、絶対に落とせということだぞ」

「分かっているけど。割り切れない部分はあるのよ。部下には、厳しく言ってあるから大丈夫よ」

3人は、駐屯地を出て、目の前を見つめる。

混合部隊は、ほぼ全軍町へと出ていた。

1万5千人。

今、西方城塞都市セイファを囲んでいる兵士の数である。

正面の入り口は、昨日制圧した。

そこから、周りの壁を壊しているのだが、なかなか崩れない。

城塞都市の名前は、伊達じゃない。壁が頑丈すぎる。

3000は町の奥に誘い込まれたか。だが、まだ1000人が入り口を確保している。


あまりある兵士の数の暴力によって防衛の壁は少しずつ崩れ始めていた。




「もう、出す(だす)っすよ」

チェイは、すぐに扉をあけ、リンダ達、非戦闘員と、その防衛部隊を森へ避難させる。

まさか、朝方から一気に来るとは思わなかった。


大体、先方部隊が来てから、すぐに1万以上の兵士が一気に砦を囲む事が異常なのだ。

まるで、誰かに操られているかのように、兵士達がここに集まっている。

「チェイ、ありがとう。今までよくやってくれた」

バル領主が、笑う。

町を守る壁は、崩れ初めていた。

すぐにでも、今以上の兵士が入って来るだろう。

「嫌っすよ。まだ、希望はあるっす。バル隊長は、隙を見て逃げてくださいっす」

チェイは、真剣な顔でバル領主を見る。

バル領主は、そんなチェイを見ながら苦笑いを返すのだった。



「きゃぁっつ!」

叫び声が響く中。

「だりゃっ!」

男まさりの声を上げながら、お腹の大きい剣士が大型の剣で、魔物を切り裂く。

「リンダさんっ!私たちがいるんですから、任せてくださいよっ!」

そんな声を無視して、横振りで襲ってくる魔物を弾き飛ばす。

「そんな激しく動かないでくださいっ!領主さんの子供なんですからっ!」

そんな声を無視して、大剣を振り続ける女剣士。

昔、筋肉しかなかったような女性だったのに、今は丸みを帯びた姿になっており、筋肉もあまりついていないように見える。

「バルが、剣を振らしてくれなかったからな。体がなまってしょうがない。運動しないとダメだろう」

そんな事をいいながら、剣を肩に担ぐ女性。

一斉にため息をつく、守護についている兵士一同。

セイファから出て、すでに数時間経っていた。

なのに、もう5回目の襲撃である。

かなりの魔物が集まって来ているのを感じている。

早くどこかで安全な拠点を作らないといけない事を全員が分かっているのだが。

魔物のおかげでまったく進めていなかった。

まだ、城塞都市から近すぎて拠点を作るわけにはいかない。

子供や、老人もいる、5000人にもなりそうな大部隊だ。

急ごうとはしているのだが、森の中にいるため、どうしても手薄な場所が出て来る。

魔物はそこを狙って襲い掛かって来る。

そのため、妊婦だろうが、剣士や、兵士達は自分の武器を持って戦うしかないし、戦いながらのため、全体の進行速度は亀よりも遅い。


そんな中、リンダの突拍子の無い行動は、皆が持っている絶望感を減らしていた。

大きなお腹をしながら大剣を振るう、領主の妻は、何故か憎めない。

周りを自然と笑顔にしてくれる。



「この子のためにも、死ねないからね」

そんな中、リンダは、ぼそりと呟く。

意外と、リンダも大人になっていたのだった。



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