開戦
焦って来たエルフ達だが、マザーツリーに向かっていた魔物が倒されているのを見て、ほっとした顔をしていた。
俺は、フルに、突然魔物が生まれた理由を聞いて見たのだが、まったく心あたりは無いとの返事だった。
また今まで、エルフの里で魔物が生まれる事はなかったらしい。
「何かが起きたとしか思えません」
フルは、そう言うのだが、その何かが全く分からない。
そんな時、別のエルフが血相を変えて走って来るのが見えた。
「報告したい事が」
そのエルフが突然言い出した話しを、俺は唖然として聞いていた。
まさか、本当に?としか思えななかった。
「王都から、大量の兵士がやってきています。すでに、森の近くまで接近してきている様子で、私たちの里へと来るかも知れません」
エルフのその言葉を聞きながら、俺は、昔に西の村を壊滅させた騎士団の集団を思い出していた。
あの時は、数十名くらいの部隊であったが。
「森からの監視なので、正確な人数は分からないのですが、おそらく1万以上はいると思われます」
大軍。そう言うしかない。その数に唖然とする。
「エルフさんが、何かしたですか?!」
「するわけありません!私たちは、自身を戒める意味で、この数年森から出ておりません!」
「じゃぁ、その前に何かしたですか?!永遠に恨まれるような事を!」
茫然としている俺をそっちのけで、喧嘩腰で会話を始めるリュイとフル。
俺は、データベースさんを起動させてみる。
マップ表示されたのは、拡大してあるマップを埋め尽くしそうなくらいの黒色。
「盗賊扱いかよ」
俺が呟くと、『人の住処を襲うのは、盗賊ではないですか?』
あっけらかんとした答えが返ってくる。
その上で。
『進路予測完了。西方城塞都市セイファ』
そんな言葉を返してくる。いや、データベースさん。
あなたのAI、凄まじく進化してませんか?
俺がそんなつっこみをしている間に、リュイは、エルフの昔の悪行を聞き出して絶句していた。
エルフ達は、ハーフエルフに対して、案山子や、ゴミみたいな扱いをして来ていた事実がある。
何をしても良いような風習があったのだが、さらにフルの話しだと、人間も家畜程度にしか見ていなかったようだったのだ。
おそらく、エルフが人間に何をしても、「まぁ、いいか」で済まされていたのだろう。
それよりも。今は迫ってくる大軍の事が気がかりである。
「リュイ、帰るぞ。兵士達の移動先は、城塞都市のようだ。ビットの情報だから、間違いはない」
軽く嘘を混ぜる。
「シュン様。私たちエルフはどうしたらいいですか?」
フルが聞いて来る。
『エルフが参戦した場合、異種族間の対戦になる確率70% マザーツリーの結界を打ち破る手段はマスター以外持っていないので、外に出ないのが最善策の可能性あり』
即座に、俺の脳内で返答するデータベースさん。
優秀すぎる。軍師が出来たみたいだ。
「フル達は、戦闘に参加は絶対にするな。特に、王都の人間たちの恨みを買うと面倒になる。【エルフの証】は俺が持っているし、長の称号も、俺が持っている。俺が死なない限り、エルフの里に入れる方法はないはずだ」
俺の言葉に、納得するエルフ達。
フルの顔が少しキラキラしているようにも感じられるが、やめて欲しい。
データベースさんの提案を150%採用しただけなのだから。
「私たちはどうしますです?」
「リュイは、人間相手は慣れていないはずだ。まともに戦いたくないから、とりあえず西方城塞都市へ移動するぞ」
リュイの言葉に俺ははっきりと答える。
俺も人間相手の戦いなんて得意じゃない。さらに軍隊相手の戦いはやった事すらない。
しかし、だからと言って、大軍に囲まれるはずのバル隊長を放っておく事も出来ない。
「分かりましたです」
まだ、話をしながら、参戦するのか、しないのか、少し悩んでいる俺とは反対に、リュイは、即座に、笑って返事を返してくれのだった。
シュン達がエルフの里を出た時。
西方城塞都市セイファでは、大騒ぎになっていた。
「バル隊長っ!王都の動きが早すぎるっす!」
「まさか、こうもあっさり軍を出してくるとは正直思わなかったよ。チェイ君の心配がこんなに早く当たるとはね。それにしても、これはひどい言いがかりだよね」
バルクルスが持っているのは、王都から飛んで来た伝達鳥が持ってきた書状だった。
「指名手配されている、容疑者でもあるシュンをかくまっている事は明白である。その事を王都に連絡しなかったのは、謀反の疑いあり。おとなしく都市と、領地を献上し俺が自害するなら不問とする。か」
「無茶苦茶な要求っすね」
「チェイ、どの辺りまで王都軍が近づいて来ているか、知っています?」
「森の入り口に展開し始めているっす。ほんと動きが早すぎるっす。前々からこの辺りに常駐させていた兵士は、全部ここを攻めるための軍隊だったみたいっす」
「ですよねぇ。この速さは異常です。元西の村があった場所は完全に駐屯地になっているのでしょう」
「確実そうっすね。なけなしの【馬】に乗った偵察隊が見た所、次々と後続の部隊が合流しているみたいっすね。蒼碧騎士団と、ロア隊長、朱紅騎士団と、デラウ隊長、黒銀騎士団と、サラ隊長まで来ているのを確認してるっす。
「ほぼ、全軍ですか」
「やりすぎっす。うちみたいな、3000も無い軍隊を潰すのに、正規兵推定2万投入っすよ」
「この前の戦いで、頑張りすぎたから仕方ないのかもれないけどね」
バルクルスは、大きくため息をつく。
自分が連れて行った百人いない数の部隊が、城の警備兵を倍以上倒してしまった事を思い出す。
おそらく、あの時の戦果が、今、本気で制圧に取り掛かっている理由の一つなのだろう。
「リンダを、シュン君にお願いしますかね」
愛する、残念な女性を思い出し、バルクルスはため息をつく。
彼女は、今身ごもっている。戦闘には参加させる事は出来ない。
首回りをさするバルクルス。
「バル隊長、リンダさんなら、森側のシュン君部屋近くに移動させたっすよ。すぐにでも、森へ逃げれるっす。他の妊婦や、子供もそっちへ移動させたっすから、今魔物の大進攻があったら、うち無くなるっすね」
その手早さに、思わず笑みが出るバルクルス。
流石としか言いようがない。彼も分かっている。
今回の戦いは、避けられない上に、たぶんこの都市は壊滅する事を。
「隊長のキスマークが見れなくなるのは、残念っすけど」
バルクルスは、そんなチャイを見ながら笑う。
勝ち目は無い。この都市は、魔物相手に戦う事を前提に作られており、平原側から人と戦うようには作られていない。
その上での、6倍差以上の戦力差だ。
「この状況、むしろシュン君が出かけていて助かったかも知れませんね」
「そうっすね。シュン君が居たら、もっと厄介な事になった可能性もあるっす」
二人は、本来であれば、魔物を町に侵入させないためにつくられた内壁の上で笑い合う。
「さぁ。閉めますか」
「始めるしかないっすよね」
町を放棄し、町に引き込んで戦うしか方法は無い。
チェイは、あきらめた顔をして、速攻で第一陣として迫って来る大群を見つめるのだった。
「アム君は、何を考えているんだ!」
ロア・カロッゾは、かつて西の村と言われる場所だった駐屯地の中で怒っていた。
突然伝えられた、王命による進軍命令。
しかも、今回は謀反の疑いがあると言われている、バルクルスの討伐である。
しかし、ここにいる人は誰一人彼が謀反を起こすなど思ってもいない。
「仕方ない。私たちは軍隊の駒。駒は命令通りに動くしかないだろう」
そういうのは、金色の髪をなびかせる赤い鎧と、赤い目をした女性だった。
デラウ・シュリフ。ライナの姉であり、シュリフ家の3女。
前回の父親の謀反の時、朱紅騎士団として参戦していたのだが、大乱後にその人望の厚さから、朱紅騎士団を扱う事となっていた。
「お姉様、けど、今回の命令はどう見てもアム様がおかしい気がするんですけど」
金髪のふわふわしたロングの髪で、片目に黄色の眼帯をつけた女性が、呟く。
ライナ・カロッゾ。
【舞氷の聖女】の二つ名を持つ、ロアの正妻である。
氷の杖を持ち、回復魔法と、氷の魔法を扱う魔法使い。
「さすがに、バルクルスさんを殺せっていうのは、違う気がするよね」
真っ白な髪をした女性も呟く。レイア・カロッゾ。
こちらは、【爆炎の女神】の二つ名を持っている。
「たぶんだけど、大臣たちの暴走でしょう。バルクルスさんは、殺した事にして、上手く逃げてくれればいいのだけど」
そう言いながら、自分の細身の長剣を撫でるのは、サラ・アスカ。
「サラ、それ以上言うな。また追放されたいのか。ライナと、レイアも、今の言葉は聞かなかった事にしとくぞ。」
デラウは、サラをにらみつける。
「騎士になった以上は、やれと言われれば、親も殺す。それしか無いんだよ」
厳しい顔で呟くデラウに、残りの団長たちは納得できない顔をしたままであったが、団長たちの思いを無視するかのように兵士達は出発していく。
彼らは、複雑な思いで、騎士団混合部隊の先方2000人が出発するのを眺めるしかなかった。




