エルフの森へ
「君も本当に忙しい人だね」
バル隊長が、朝俺の部屋に来てくれたのだが、すでに出発の準備をしている俺たちに呆れた顔をする。
「君が作ってくれていた、壁やら、やっとできた街並みとか、案内したかったのにな」
「申し訳ないですが、私のわがままなのです。隊長さんには、我慢してもらいたいのです」
「おい、リュイ、この人、もう隊長じゃなくて、、」
「ああ、いいよ。シュン君。ここでは、まだ隊長で通っているから。しかし、君もすこし見ない間に変わったね」
「自分では、変わったつもりはないんだが」
俺をなんか、優しい目で見ているバル隊長。
その首にやっぱりキスマークをつけてるあたり、リンダとは仲良くやっているのだろう。
「あれ、シュンさん、もう出るっすか?バル隊長が、行かなかったっすか?」
扉の近くまで来た時にチェイが聞いてくる。
そういえば、チェイは、昔からいつもこの砦の扉の周りにいる気がする。
いつ寝ているのか、不思議に思う。
「少し、緊急の用事があって。行って来る」
俺がそう言うと、扉を開けるように声をかけてくれるチェイ。
兵士数人がかりにて、半ハンドルが回され、扉が上へ上へと上がって行く。
考えたら、これもこれで凄い技術である。
「行ってらっしゃいっす」
そう言いながら、シュンを送り出すチェイ。
俺をそんな彼にお礼を言って、扉を出ていくのだった。
「チェイは、どう思うかい?シュン君の事」
突然、チェイは後ろから声をかけられる。
「バル隊長でも、後ろに立つのは感心しないっすよ」
しかし、そこにいるのが分かっていたかのように、返事を返すチェイ。
「悪いね。そういえば、後ろに立たれるのは苦手だったね」
「はぁ。何年の付き合いと思っているっすか。それよりも、本当に丸くなったっすね。シュン君。ミュアさんといる時よりも、なんというか、自然な感じっす」
「あの子が、シュン君を本当に支えてくれているんだろう。私としては、今のシュン君の方が好きだな」
「本当に、そうっすね。それよりも、シュン君、さらにヤバくなってないっすか?」
「強さの事かい?一目見て、あきらめたよ。あの子一人でこの要塞都市は落ちる。これは確定だ。まぁ。あの娘が一緒にいてくれる限り、むやみやたらに町を滅ぼす事なないだろうけど、むやみやたらな煽りや、喧嘩をふっかけたりしないようにしないと」
「無理っすよ。とてもそんな事出来やしないっす。僕なんて、ワンパンで確実に吹き飛ぶっす。しかし、あの、リュイって言ってた子、なんとなくミュアさんに似てるっすね」
「目の色が一緒だったからそう感じたのかも知れんな。とりあえず、警備頑張ってくれよ。要塞都市、セイファの将軍なんだからな」
「はぁ。なんで、請け負っちゃったっすかね。自分」
チェイは、肩を落としながら、いつもの業務に就く。
扉の見守りをしながら、兵士たちの配置、休憩、無理をしている奴がいないかを見ながら近況報告や、周りの情勢の報告書を読みあさる。
その中に、未だにシュンの事を探している首都の事が書かれてあった。
「これは、バル隊長に、報告が必要っすかね」
チェイは、その書類を見ながら、何か言い知れない危機感を感じていた。
「現れたよ。まったく、隣国にいたというのは聞いていたけど、こっちに帰って来ていたとはね」
学生服を着た青年が、呟いていた。
「アム君は、どうするのかな?」
「あんな変な奴より、私をじろじろ見て来る、あの汚いおっさんの方が黙ってないでしょ?」
ゴスロリ服を着たままの少女が、心底嫌そうな顔をして青年を見る。
「ふふ。だと思うよ。さぁ。少し、気晴らしが出来そうで、楽しそうじゃないか」
「【皇の】も、好きよねぇ。戦争ふっかけるの。この前も、隣の国でやってたじゃない?」
「軽い新しいスキルの確認だからね。アム君を操るのは、無理そうで飽きて来たから、大臣達でやってみるかな」
「まぁ、どっちでもいいんだけどね。王様にだけはならないでね。【皇の】」
「俺は、いつも、お前の王子様だろう?」
ふふ。と笑い、青年の首に手をかけ、微笑むゴスロリ少女。
二人はそのまま、倒れ込む。
「シュンが、帰って来てるとの事っ!隣国に亡命したと思われていたが、この国にいたらしいっ!今回の事は絶好の好機っ!今こそ、あやつがさらったと思われる、王族の残りの人間と、宝玉のありかを吐かせるべきであるっ!」
「だからって、あのシュン君だよ?遠くから見てるだけでも、勝てる気がしなかった、冒険者の一人だよ?ロア隊長を連れて行っても、倒せるか分からないよ」
金髪の青年が、面倒くさそうに呟く。
今、首都の王の間では口論が始まっていた。
4Sから、シュンが要塞都市に現れたと報告があったのだ。
【空間の】【神の目】を使った報告である。
【神の目】の特性上、本人を見たわけでは無いが、彼専用の部屋が解放されている風景とあきらかに誰かがその中にいた形跡を見たとの事だった。
しかし、指名手配の人物をかくまっていたとしても、西の要塞都市、セイファはすでに独立都市として国の管理下を離れてしまっており、バルクルスを領主としてほぼ独立統治をなっている。
シラを切られたら対抗は難しい。
されど、それを承知の上で、大臣は言葉を重ねて行く。
「西方の統治を任せているのは、首都の恩恵あればこそっ!なれば、王都命令に背くのであれば、西方都市ごと、潰してしまうのも当然であるはずっ!」
叫び続ける副国王として今国をまとめている、大臣統領。
この大臣統領は、前の王の時から傍にいた、かなり優秀な人物のはずなのだが。
今は何か言っている事がおかしく感じてしまう。
「大臣の言う通りである」
しかし。
他の貴族たちまで、その考えに乗ってしまっている。
理由は分かっている。
今西の城塞都市は国一番の武装と、国一番の資材を収穫する、いわば国一番の豊かな都市になってしまっていた。
その経済力は、港町すら超えてしまっている。
「だからと言って、いきなり攻めるとか、ありえないでしょ?」
アム王はそう呟くが、その声は周りに届いていない。
大臣が最近西の城塞都市に執着しはじめていたのは知っていたが、ここまでとは。
しかも、自分はまだ幼く、この大臣たちの意見しか通らない事も知っている。
自分の意見が通れば、この無意味な戦いは回避できるはずなのだが。
今の現状に、ふかく、深くため息を吐くアム。
自分は、裏切り者と、王の末娘の子供だ。自分の血筋の事もあり、あまり強く言えない事がアムの一番の悩み事であった。
さらに、自分を育ててくれたギルドマスターにも、黙ってもらっている重大な事がある。
これが発覚すれば、さらに自分たちの地位は危なくなる。
自分たちの母が、なぜ王宮に住めず、冒険者をやっていたのか。
問題しかない現状に、泣きそうな顔をするしかなかった。
だから嫌だったのに。王族とかかわる事なんか。
そんな考えを巡らしている中。
「セイファを攻める事に賛成の者っ!」
ついに貴族たち、重鎮たちで可決が始まった。
ほぼ、6割の貴族、大臣たちが手を上げていく。
アムの判断なぞ一切関係なく、王都の意見は、西の城塞都市を攻め落とすべきの理論で固まっていっていた。
「ここですか」
「ああ」
俺は、リュイと一緒に、砦を出て、数日後、本当ならもう来る事はないと思っていた場所に来ていた。
データベースの地図にしっかりと乗っている以上、間違える事もないし、第一、前よりも強くなったビットがある以上、楽にあっさりと着く事が出来たのだが。
「すごい綺麗です」
リュイが、そのエルフの結界を見て感動している。
それは分かる。七色の光のカーテンは前と変わらず、そこにあった。
流れるように、光を流しながらゆらめき、輝く。オーロラが地上に降り立ったかのような光景と、その神秘さに言葉が出て来ない。 俺も、最初に見たあの時、素直に感動していた。
しかし今はそれ以上に、本当にきれいだと思ってしまう。
光輝くカーテンは、リュイを照らしながら上空へと流れていく。
「ああ。本当に、綺麗だな」
この中であった事、ミュアの事を思い出しながら、嫌悪感や、罪悪感を感じながらも、俺は隣のリュイに気が引かれてしまう。 自分の妻なのに。
そして、その事に気が付き、また自分が嫌になる。
「さ、シュン様行くです」
そんな俺を一目見ると、リュイはゆっくりと微笑みながら俺の手を取ったのだった。




