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かつての西へ

あの転移事件の騒動から数週間後。


「本気で言っているのか?」

俺は、ドンキの部屋に呼ばれていきなり伝えられた言葉に唖然とする。

そりゃそうだ。

いきなり呼ばれて、いつもより高級な果物のソイを出され、いつも通りの調子で言われた言葉が。

「ちょっとね、厄介な事になったんだよ。でね、お願いがあるんだけど、西の砦に行って、大都市が数年暮らせるくらいの食料を調達してくれないかな?」

だったのだ。

そりゃ、俺の空間収納には、大量の肉があったから、ドンキや、ここの兵士にも振舞ったけど。今回はケタが違う。大都市を養う量とか、一人で出来るものであるはずがない。

「大体、大都市って、どこを言ってるんだ?」

俺がとりあえずの気持ちで聞いた質問の答えを聞いて、次の瞬間、俺は思いっきりソイを噴き出す。

当たり前だ。何年かかると思ってるのか。

俺がにらむのだが、ドンキはどこ吹く風で、「誰にも頼めないから、君にお願いしてるんじゃないか」と言ってのける。

だからって、ダライアスだぞ。

この国の中央都市。

もちろん規模はキンカの数倍以上。

城壁すらない広大な町は、大きすぎて壁を作らなくても、中央の貴族が住む区画まで攻め込めないと言われるほどの広さを持つ都市だ。

人口は、1000万を超え、この都市一つだけで本当に国家と呼べる物だ。


それを、数年持たせる食料。

絶対無理だ。

バッファローを一億は狩らないと足りない。

笑っていたドンキは、すっと笑顔を消し、俺をゆっくりと見つめる。

「無理でも、やってもらうしかないんだよ。これは、この町が生き残るために必要な戦略だ」

ドンキの顔を見て、なんとなく何を言われているのかを理解してしまう。

「全て寄越せとか言われたのか?」

俺がドンキを見つめ返すと、ドンキは真剣な表情なまま話を進める。

「そうだ。全ての資産、食料、技術をよこし、町を解放しろと言って来た。戦争をふっかけてもいいんだが、この前の転移事件がどうもひっかかる。ギンキの領主をそそのかした犯人も分かっていない状態だ。このまま、中央都市と開戦するには、危険すぎると判断した。だからと言って、私の子供達を引き渡すつもりは全くない」

子供たち。

豆や馬も含まれるその言葉に、俺はうなずく。

あれは、悪魔と言われるドンキの全てだ。生きている理由と言ってもいい。

「西の砦に対して、手紙は出してみた。バルクルス領主からは、口頭でいい返事をもらって来たよ」


城塞都市ヘ飛んだのは、ファイか。あいつも扱き使われるな。

俺が呆れていると、ドンキはあらためて頭を下げてくる。

「私を助けてくれ。シュン。これが無茶なお願いなのは十も百も承知だ。だが、今助けてくれないか?」

俺は、泣きそうになっているドンキを見つめながら盛大にため息をつくのだった。


シュンが、私の屋敷を出て行った頃、すれ違いで一人の女性のドワーフが入って来る。

「また、あの子たちを無茶使いする気かい?」

「十分鬼だと自覚はしていますよ」

入って来たダザに、私は小さくため息をはきながら、ジョッキを出す。

豆酒の樽から、酒を注ぐとダザに手渡す。

「来て正解だったみたいだね。飲み相手が欲しいだろ?」

「本当に、飲まないとやってられなくなりますね」

「あの【神の子】がシュンを支えてくれるさ。あんたが思っているより、あの子は強いよ」

唐突に、ダザは話始める。

私は、心を見透かされたようで、苦笑いをするしかなかった。

いろいろあったのだろう。明らかに逃げ出して来た国に、彼を戻すのだ。

心配しかない。

しかし、行ってもらうしかない。 魔物の大量討伐も、その移送も。

大量の空間収納を持つ、100万のアンデットを滅ぼせる彼でなければ頼めない事だ。

「リュイは。いや、愛する人を守ると決めたドワーフは最強だよ」

ダザは、笑いながらジョッキを傾ける。

「それは、どんな状況でも、そばにいてくれるあなたを見ていて実感していますけどね」

「じゃぁ」

つややかな目で見てくるダザ。

「それは無理です」

しかし、私はあっさりと切り捨てる。

まったく。そう言いながら酒を飲み進めるダザ。

「だから、シュンは、あの子に任せればいいのさ。シュンの相石(あいせき)に」


石を二つに割った時、相手は絶対に一つしかない。

つまり、人生の中でこの人一人と決めた時、ドワーフはその言葉を使うらしい。

私もこの言葉は好きだった。

「じゃぁ、私も動きますかね。必要な量がそろうまで、たぶん1年はかかるでしょう。ダライアスの追求を躱さないといけませんね。まだ死ねないとか、もう拷問なんですがね」


シュンを拾って、もう2年目になる。

それでも、十分結果を残してくれるシュンに全面の信頼を寄せているのは確かである。


「生き残り戦略。始めましょうか」

私は、ダザと一緒に酒を傾けるのだった。



俺は、【馬】を一頭借り、二人乗りで走っていた。

俺の前に、リュイが乗っているのだが、最初ははしゃいでいたリュイだが、最近は少し口数が減ってきている。

理由は、酔ったらしい。

「まだ、着かないのですか?もう死にそうです」

降りて、休憩するたびにぐったりしている彼女を抱きしめたり、水をあげたりと介抱するのだが、ふたたび馬に乗らないといけないため、すぐに酔いが戻ってしまい、動けなくなるリュイ。

そんな、リュイにとって地獄が続くのだが、戻るか?の返事は絶対に嫌というものだった。

「リュイは、絶対にシュン様と離れません。置いて行っても追いかけますからね。捨てないでくださいね」

とまで言われてしまえば、追い返す事も、置いて行く事も出来ない。

そんな風なので、進みはすさまじく遅くなってしまっていた。

まぁ、俺たち二人だけなら、数年かかろうが食べきれない量の肉と、水が空間収納に入っているので、まったく気にならない。

途中で体を水で拭いてもまったく問題にならないから気にしてはいなかった。

キンカへ帰る時間が遅れるかもしれないが、まぁ、元から無茶振りがすぎるお願いだ。

少し、ドンキも反省と苦労をしろと思ってしまう。


そんな時。

死にそうな顔のリュイに水を飲ませていると、いきなりリュイが俺の顔をつかみ、口づけをしてきた。

あっけにとられていると、「お誕生日、おめでとうございます」

と笑顔で言われてしまう。

そこで気がついた。

本当の誕生日も思い出したので、リュイにそういえば伝えていたのだった。

空気が冷えるまえ、日本で言うところの秋口の中日。

この日に俺は生まれ、10歳になった数日後に生まれた村は壊滅した。

ああ。

なんだかんだで、俺も24歳になったのか。

年下の、しかし、実際は姉さん女房のようなしっかり者のリュイを見ながら、しみじみと感じてしまう。

そういえば、年なんか気にした事も無かったな。

俺がぼやっと考え事をしていると、リュイが青白い顔のまま、「お祝いは出来ないので、私を上げますよ」

と言うリュイに優しくキスをして、俺は寝とけと言うのだった。


リュイの寝顔を見ながら、今幸せか?と聞かれれば、たぶん幸せだと答えられるだろう。

リュイは、本当に俺の事を考えてくれる。

ミュアも、俺の事を考えて俺のためにいろいろしてくれたのに、俺は、ミュアに何も返せていない。

なら。ミュアにできなかった分も、リュイにやってあげようと思う。

あの頃に比べて力も、心も強くなった自覚はあるのだから。


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