地竜
神返しの儀式。
その儀式の本当の意味は、ドワーフの中でも誰でもわかっていた事だった。
つまりは、異端な者の中でも、特に異端であるハーフや、神に選ばれし転生者を確実に排除する儀式。
ドワーフが、ドワーフとして生きるために、他の種族やほかの者から敵対されないために自分たちで作ったルール。
そのために、神返しの儀式に使われる魔物はいつも最強とも言われる魔物があてがわれる。
何の魔物が来るのかは、ドワーフ達の意図しない所で選ばれる。
それゆえに、自信を持って降りていった者たちは一瞬で息を引き取る事になる。
死体も残らず、その者がいた痕跡すら残さず、全て魔物の腹に収まる。
今回も、そのはずだった。
だが。
俺と、リュイは、突然きた初撃を防いでいた。
「ドンキじゃないが、本当に、この世界は、くそったれだなっ!」
俺は、リュイをしっかり抱きしめながら、絶対結界で全方位を囲ったまま、真っ青な光の中を吹き飛ばされながら叫ぶ。
リュイは、俺の服をしっかりつかみながら俺のローブにしっかり包まるように抱き着いていた。
この光には覚えがある。
そして、この馬鹿みたいに熱い青い炎にも。
汗は一瞬で蒸発し、俺の水分を全て奪い取ろうと暴れる熱。
俺のローブでなければ、光輝くブレスを防いだとしても、予熱で干からびてしまうほどの高熱。
俺はその光の中で、ニヤリと笑う。
「また会えたな。今度は逃がさねぇぞ」
地面から、じわじわと出てくる、大亀。
「地竜!この前も、今回もやってくれるなぁ。覚悟は出来てるんだろうなぁ」
俺は、わくわくする気持ちを抑えられずに、地面から湧き上がるように出てきた大亀に叫ぶ。
多分、俺は壊れたのだろう。
絶対死ぬだろうと思われる戦闘ほど楽しくなってきている。
青い光は徐々に収まり、光が消えると同時に俺は絶対結界を解除。
リュイを片手で抱えたまま、すぐに地面を蹴り、大亀の口の前に飛び出る。
「死ねよっ!」
真っ赤な切断結界を竜の口に放り込み、俺をかみ砕こうとしてくる口を蹴り、空中へと即座に逃げる。
竜の口から血が噴水のように噴き出す。痛みからか、竜が叫ぶ。
叫び声と血をまき散らしながら、全てを押しつぶす衝撃波が、襲い掛かって来る。
俺は、冷静に自分の周りに絶対結界を再び張り、咆哮と言う名前の衝撃破を受け流す。
リュイは、その間。俺の服を掴みしっかり俺に自分の体を押し付けていた。
彼女は、分かっている。
地竜の攻撃が、今起こっているすべての攻撃が一撃で自分を消滅させる事が出来るのだと。
今、俺から離れれば、死んでしまう事を本能で分かっている。
この子は。
確かに神の子かも知れない。
俺は彼女を抱きしめながら、切断結界を展開する。
竜が全方位に放つ衝撃破すら赤く切り裂き、切断結界は竜の首を狙って飛んで行く。
結界が地竜の首をとらえたと思った瞬間。
竜が首を一瞬で甲羅の中に入れ、切断結界がむなしく空を飛んでいく。
よし。衝撃破も止まった。
「この前みたいに、反撃手段が無い訳じゃないんだよ」
俺が得意げに呟くと地竜は一瞬震え。
いきなり、地面が沼のように柔らかくなった。
「しまっ!」
地面に着地したばかりの俺の両足はその泥沼にはまってしまう。
こんな攻撃は想定外だった。
次の瞬間、目の前に竜のしっぽが見えた。
一瞬。
激しい衝撃とともに、絶対結界がビットごと吹き飛び。結界が吸収しきれなかった衝撃をまともに受け俺は、壁に叩きつけられる。
俺がクッションになったからか、リュイはそんなにダメージを負ってないように見える。
俺がほっとした一瞬。
叩きつけられた壁から血を吐くほどの衝撃が来た。
そう。
壁そのものに蹴り飛ばされたような衝撃。
地竜の足でけり飛ばされたと分かると同時に、再び地竜の前に押し出される。
絶対結界はビットは、前の衝撃で弾き飛ばされている。
今、俺と、リュイを守る盾は存在していない。
そして、地竜のしっぽ攻撃の2撃目が俺の目の前に来ていた。
俺が死を覚悟した時。
「くうっ!」
高い、しかし低い声にも聞こえる声を発して、小さな体が持つ巨大な斧が地竜の攻撃を受け止めていた。
無理だ。
いくら力が強くても、これは受け止めれない。
激しい衝撃とともに、飛んでいく小さな体。
地面に叩きつけられ、動かなくなる。
俺は、その姿を見て、地面にはいつくばったまま力いっぱい叫ぶ。
助けられない。また、助けられなかった。
俺の絶望と怒りは、切断結界を真っ黒に染めていく。
全ての光りを飲み込むかのような真っ黒い切断結界が、竜の固い体などものともせずにあっさりとその体を、甲羅を切り裂く。
後ろ脚も一瞬で切り裂き、地面に尻もちをついた大亀を仕留めようと黒い切断結界一斉にが襲い掛かった時。
大亀は地面に潜ってしまう。
「逃げるなぁ!」
俺は自然と叫んでいた。
叫び声をあげると同時だったか。俺は再び吹き飛ばされていた。
壁に叩きつけられる。背中が折れたかもしれない。
頭から地面に突っ込んだから、顔が熱い。
大亀は、俺の背中からしっぽだけ出して攻撃を繰り出してきやがったのだ。
動けない俺に、大亀がゆっくりと近づいてくるのが分かる。
地竜がゆっくり口を開き、動けない俺をかみ砕こうとする。
その大きく開けた口が再び激しい血をまき散らすのがうっすらと見える。
俺が自分で回復魔法をかけ、鈍くなっていた視界がはっきりしてくる。
俺が少し体を起こした時、そこにはボロボロのリュイが、自分の傷すら気にせずに、自分の斧を地竜の口に叩き込んでいる姿が見えていた。
「シュン様は、私が守るのですっ!」
叫びながら、斧をさらに押し込む。
無理だ。
その両腕は、さっき叩きつけられた衝撃で折れてるんじゃないのか?
その証拠に、おかしな方向に腕が動いている。今にもちぎれ飛びそうじゃないか。
「守ると決めた、ドワーフは、強いのですっ!」
リュイは、さらに力をこめる。
メリッ、ブチッと、何か聞こえてはいけない音が聞こえる。
しかし、リュイは力を緩めない。
「絶対にっ!」
激しい血しぶきとともに、リュイの力と地竜の固さに負けてリュイの両手がちぎれる。
「守るのですっ!」
激しいリュイの声は、痛みを一切感じさせない。
俺は、何をしているんだ。
彼女はどれほどの強さを。
彼女はどれほどの純情を。
俺は再び吠える。
俺の領分は。
俺の本当の力は。
ビットじゃない。
この馬鹿げたステータスだ。
俺は、リュイの腕がついたままのリュイの斧を掴み。一気に地竜の体に押し込む。
メリッと音がした瞬間、自分の槍も持ち、2本の武器をそれぞれの手で握りながらさらにリュイの斧と一緒に押し込む。
俺も体がちぎれるほどに力をこめ、二つの武器を両手で押し込んでいく。
地竜と一瞬、目が合う。
ビットがそんな地竜を即座に囲み。
真っ黒い結界が、地竜の甲羅を包み込む。
一瞬。
切断結界が隙間なく発動し、移動し、吹き荒れ。真っ黒い球体が生まれる。
喉まで切り裂かれ、叫び声すらあげれない地竜は、逃げる事すら出来ずに体の半分を失い、その場に倒れた。
「リュイっ!」
俺は、動かなくなった地竜を無視して、すぐにリュイのちぎれた腕を取り、リュイにくっつけ最上位の回復魔法をかける。
リュイの腕は、左右間違える事なく、きちんと元通りにくっつき砕けた骨も治って行く。
ここが異世界でよかった。
欠損した部分は生えて来ないが、外れた手足がそのまま残っていればくっつける事は可能なのだ。
リュイは、青白い顔のまま、俺の顔を見て無事くっついたその手を伸ばし、俺の顔を包む。
へとへとになっていた俺たち二人はそのまま二人で笑い合い。
「あなたを、守ります」
リュイの言葉に。
そのまま、俺とリュイは唇を合わせていたのだった。




