祭り。聖女。聖壇。
「シュン様っ!こっちの焼きイモがおいしいんですよっ!」
リュイが、俺の手を引きながら嬉しそうに笑う。
俺は、リュイに連れられて、ドワーフの祭りを回っていた。
俺は、いつものローブ姿なのだが、リュイは黒いゆったりしたローブを腰で絞ったような服を着ていた。結婚式の服を思い出させるが、この服はもっとふわふわした感じがする。
ただ、リュイの小さい体が風で飛んでしまい、真ん中の大穴に落ちてしまわないか心配になるような服だった。
それはそうと、祭りという事であちこちに屋台が出ているのは、日本の祭りと一緒なのだが。
出ている出店の中身というか、材料が、ちょっと食べるのに勇気のいる食べ物ばかりであった。
【ジャイアントアントの蒸し焼き。 焼きイモ(虫)(中身は太ったミミズ)】
など。
確かにこの辺りには、食料になりそうな魔物はいなかったし、さらには、虫型の魔物ばかり出てきたので、このラインナップは分からない事もないのだが、さすがに食べるのに、気が引ける。
その中で、俺がこの町に来て、倒れた時にリュイが作ってくれた、肉入りの豆スープが売られていたのだが。
「はぁ?なんだこの値段は?」
俺は、頭を抱えるはめになった。
この国のお金は、ほとんど紙くずに等しいため、ドワーフ内で流通しているお金は石貨や、鉱石のかけらを集めて円盤状にした物なのだが。
リュイから聞いた物価の話だと、そのスープは、一杯が1500円くらいする計算になっていた。
しかも、限定30杯のみ。
肉も、水も貴重だからこその値段なのだろうが、それを見て、何倍も飲んでいた俺は、リュイを見る。
さらにこのラインナップを見るかぎり、あの唐揚げも、その手のゲテモノだったと気づいてしまった。
じっとリュイを見ていたのだが、リュイは、俺の言いたい事に気が付いたのか、そっぽを向いて
「あっちに、美味しい唐揚げがあるんですよ~」
とか言っている。
多分、いろいろ奮発してくれだのだろう。
けど、俺、ここ数日で結構食べたよな。この肉と豆のスープ。
楽しそうにはしゃいでいるリュイを見ながら、後で、泣いているであろうタチュにこっそりと水と肉と、魔物の素材も少し渡してやろうと思う俺だった。
そんなこんなで、祭りも二人でしっかり楽しみ。
「こんなに楽しいのは、初めてかもしれません」
笑顔で言うリュイに、思わず俺はその頭を撫でる。
その瞬間。
ゆであがりそうなほど、顔を赤くしたリュイが怒る。
「ここじゃ、出来るわけないですっ!というか、祭りが終わるまでは、絶対ダメですからねっ!」
あまりの剣幕に、たじろいでしまい、その場はうなずくだけで終わらしたのだが、気になって、後でタチュに、頭を撫でる意味を聞いて見ると。
ドワーフの中では、「お前を頭から食べたい。今、お前が欲しい」と言う隠語の意味なんだそうだ。
つまり、夜のお誘いだったわけで。
俺は、それを聞いて、自分も恥ずかしくなり、いたたまれなくなってしまったのだった。
俺が、異文化の常識ずれによって、リュイを誘ってしまい、恥ずかしい思いをしてから、数日。
俺は、リュイと二人で、魔力式エレベーターの前に立っていた。
このエレベーターは、魔石と言う、ドワーフの秘術により作られた魔力を蓄えた石を使用して稼働しているらしい。
このエレベーターは、通常途中までしか降りないのだが、今俺たちが乗ろうとしているエレベーターのみ、底の底、ドワーフの穴の最下層にある、【神の祭壇】に行くただ一つのエレベーターだった。
少し前、つい思わずミュアにしていたように、リュイの頭を撫でてしまい、機嫌を損ねたのかと思ったら、リュイは次の日もまた次の日も一緒に祭りの屋台を見て回ったり、いろいろな人と会う事をし続けた。俺と一緒に。
まるで、これで最後だからと言わんばかりに楽しんでいたリュイ。
とはいいつつ、俺自身も昔の日本の祭りよりも、新鮮に感じて楽しんでいたかも知れない。
歩道橋から落ちる前の数年は、仕事ばかりで祭りを楽しむ余裕も無かったのもあるけど。
そもそも、女の子と祭りの屋台を回ったのは、自分の従妹の子供と一緒に祭りに行った一回のみだった。
だが、今。隣には、美少女がいるのだ。一緒に祭りを見て回ってくれた人が。
ただ、その美少女は実は20歳だし、背も子供程度しかないし、いろいろなハーフだし、さらには緊張した顔で、自分の体より大きな斧を肩に担いでいた。
そう。
俺が竜鉱石で作った斧は、リュイから一回ダメ出しが出たのだ。
小さすぎると。
そして、リュイの言う通りに作ると、リュイの体をすっぽり覆い隠せるくらいの刃渡りがある斧になってしまった。
普通なら、こんな小さな女の子が絶対持てない斧。
しかし、リュイは片手でその斧を軽々と持っている。
ドワーフが力が強いという話しは、この世界に来て、子供の頃から聞いてはいたが、改めて見ると本当に、びっくりするしかない。
ちなみに、こっそりデータベースで、ステータス検索をリュイにしてみると、リュイはエルフのハーフでもあるのに、魔力がほとんどなく、その代わり、レベル30程度なのに、力が600を超えている事が分かった。その上、さらには、【剛力】【火炎】のスキルまで持っていたのだ。
【剛力】は、力が2倍になるスキルで、いわば、彼女は力のステータスが1200を超える、チーターだったのだ。
俺の力のステータスは今は3000越えではあるが、それでも、この【剛力】は反則スキルである。
ただ、その代わりに魔力ステータスが100を超える事が出来ないというペナルティも持っているスキルであったのだが。
そして、彼女は、緊張した顔で、エレベーターに乗り込む。
俺も、それに付き添い、一緒に乗る。
この儀式は、死にに行くだけのものなのに、誰一人の見送りも無い。
二人だけの空間。
「シュン様。ありがとうございます。こんな事に付き合っていただいて。もし、何かあれば、あなたはすぐに逃げてくださいね」
リュイは、俺の顔を見上げながら小さく呟く。
その可愛さに、俺は、今度は意味を込めてリュイの頭を撫でる。
ぼっと赤くなるリュイに「何があっても帰るぞ」
とだけ伝える。
その言葉にリュイは可愛くうなずく。
この下には、神の使いがいると、タチュは言っていた。
何がいるのかは分からないが、どうせろくでもないやつだろう。
ドワーフ達のこの村には、昔の事が書いてある歴史書が無かったので、データベースで調べてみたのだが。神の使いは、その時々で全て種類が違っていた。だが、どれも、必ず強大な魔物であり、帰って来れた者、つまり生存者は誰もいなかった。
今回と同じように、一緒に降りていった夫婦もいたのだが、全て全滅。
俺は、それを見ながらあらためて厄介な事になったと思ったのだ。
だが。
目の前の子を、知らないふりをして見捨てる事が出来ない。
だからこそ。
二人で生きて帰る。
誰も助けられなかった自分だが、せめてここだけでも、抗ってやる。
終点の祭壇が見えて来た時。俺はしっかりと自分の槍を握りしめる。リュイの斧と同じ鉱石で作った、竜鉱石の槍斧。
ドワーフでは、同じ鉱石から作られた2つの武器は、それ自体が絆であり、もう一つの武器も自分そのものとされる。
つまりは、リュイの分身ともいえる武器なのだ。
静かにエレベーターはドワーフの村の最下層、【神の祭壇】にたどりつく。
そこには、小さな石が地面に突き立つように立っているだけだった。
「何もいませんね」
リュイがそう呟き、エレベーターを降りる。
俺も、一緒にエレベーターを降りるとエレベーターが俺たちを残して上に上がって行く。
帰りの便がなくなった事に、俺たちが呆気にとられていたとき。
俺の頭に激しいアラームが鳴り響いた。
俺は反射的に、リュイを抱きしめ、絶対結界を張る。
その一瞬の後。
俺の視界は真っ青な光に包まれていた。
10 24 少し書き換えました。




