転生領主(3)
俺は、馬に乗り南に向かって走り出した。
【馬】と言っているが、この馬のような生き物は、じつはあまり食料が必要なく、水と少しの草があれば走れるうえ、両側に馬自身の体重の2倍の荷物を括り付ける事もできる。
乗れば、鞍もないのに、快適でほとんど騎乗練習もいらないくらいだった。
かといって、足はかなり速い。
俺の全力には遠く及ばないが、普通に走る限りは全然早く、前に乗った馬車の3倍は早いのではないかと思う。
正直、俺の空間収納は、琵琶湖なみに広いし、水に至っては町ぐるみで半年生活できるだけの量が入っている。なんでそんなに入れたのかは自分でも謎なのだが、まぁ、楽しくて入れていたらそれだけの量になってしまったというのが本当の所だった。
空間収納の中でそんな大量の水が、どんな感じで入っているのかは不明だけど。
と思っていたら、データベースさんが、まん丸い水球をイメージしてくださいと教えてくれた。
つまり、水の玉になって入っているらしい。
あの量だから、実際見たら恐怖を覚えそうな大きさなんだろうなと思いながら俺は馬を走らせる。
草も、薬草や、食べられる草が大量に空間収納に入っている。
自分で食べるとミュアを思い出してしまうため、あまり食べる事が出来ないので、馬に食べさせる事にした。
ずっとしまっていても腐っていくだけだから。
俺は、そんなこんなで、ドワーフの村に向かうのだった。
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少し前。
「行ったねぇ」
「行ってくれましたね」
領主の館では、ドンキと、ドワーフのお姉さん、ダザが馬を連れて歩いていくシュンを見ていた。
「まったく、戦争するなら、シュンも連れていけばいいのにさ。せっかく契約を結んだんだから」
ジョッキで、豆酒を飲むダザ。
この世界のドワーフもお酒は好きな様子だった。
「シュン君は、綺麗なままでいて欲しいのですよ。これは私のわがままですね。自分の野望のために、彼には人を殺して、悩んで、泣いて欲しくないだけです」
果実酒を飲みながらドンキは呟く。
「だったら、変な事を言わないでおくれよ。少し肝を冷やしたじゃないか。シュンに気が付かれたらどうする気だったんだい?」
「ああ。制空権の話ですか。大丈夫ですよ。よほどのミリオタでもない限り、すぐには制空権の制圧が占領と同義なんて気が付きませんよ」
「あんたの言う事は時々分からない言葉で出てくるけどね、まぁ。あの時の戦いを見ていたら本当に気が付かないのか、心配になるよ。あんたの故郷の戦い方なんだろう?この前の戦争は。あの子もあんたと同郷みたいな話を時々してるからさ、気が付かれないかひやひやしたよ」
ダザは肩をすくめる。
私は、お酒を飲みながら前の戦闘を思い出し薄く笑う。
村から2コル半(5時間)程度でキンカに戻って来た私は、今あるありったけのスラッシュメイスをダザに出してもらい、門番や、警備の兵士の一部を再編成し、装備させ、追撃隊とした。
そこまで、到着してから1コル半(3時間)。
電光石火の勢いで、兵士を出撃させ、私は鳥オオカミに乗り、こちらに来る前の野営地を探している敵の兵士たちを、キンカから、歩いて1日程度、軍隊で動くなら3日程度かかる平地の場所で見つけた。
上空から少しみていると、野営地を作り始めたので、私は上空から火炎弾の魔法を打ち込む。
この魔法は、私のオリジナルも入っていて、炎が数分その場に留まるものだ。
その魔法に向かい、魔力を目いっぱいこめたスラッシュメイスを、ぶん投げる。
風の魔法で散らされたすぐに消えない炎はナパーム弾のように、地上を炎で覆いつくす。
慌てふためく兵士たちを上空で見ながら私は、2発目の火炎弾を放つ。
きっと、兵士たちにしてみたらドラゴンが襲ってきたようなものだっただろう。
自分たちの矢すら届かない上空から、炎と風の爆弾が降って来て辺りが炎に包まれるのだから。
自分は遥か上空にいるのだから、本来なら聞こえないはずの、逃げ惑う地上の兵士達の叫び声が聞こえて来る。
そこには
「くそ領主がっ!」
「兵士がいないとか、兵士よりヤバいのがいるじゃないかよっ!」
「取り放題、ヤリ放題じゃねぇのかよっ!」
などと叫ぶ声が聞こえて来る。
辺りは暗くなっていくが、炎で兵士の周りは明るい。
逃げ惑う姿が良く分かる。炎を風を産み、さらに火が立ち上る。
私は、3発目に火炎弾とスラッシュメイスを地面に叩きつける。
1発目を放ってから、数十分くらいの感覚か。
すでに壊滅している敵の軍勢に、とどめともいうべき一撃が入る。
最後の抵抗する気持ちすら無くなった兵士たちに、あとは、炎で照らされた逃げる兵士を、上空から散弾ともいうべき岩ミサイルの魔法で潰していくだけだった。
わずか一日。
兵士を壊滅させた私は、遠くの平原に降り立ち、私の子供でもある鳥オオカミを撫でる。
「ほんとうに。私もクソだな。もう、何も感じなくなったよ。殺す事にも、殺される事にも。
クソはクソなりに、平和な世界を目指す王道を目指すのも悪くないのかも知れないね。もし、私が、いや。僕が道を間違えたり、暴走するようなら、シュン君が僕を止めてくれるかな」
私は、星が降ってきそうな空を見ながら、笑みを浮かべる。
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「聞いた時は正気かと思ったよ。大体、一日半であんな遠くまで反撃に出れるあんたのとこの兵士たちも異常なんだけどね」
ダザは豪快に笑う。
一日半で私が派手に燃やし尽くした場所にたどり着いた、兵士たちはほとんど何もする事なく、
燃えずに無事に残っていた敵の兵士たちの荷物を回収し、ただ茫然と座っていた兵士に着いて来ていた数人の女性を連れて帰って来たのだった。
この国の戦争では、女性を連れていくのは良くある事だった。
まぁ。兵士の気分が落ち込まないようにという表向きの理由なのだが。
実際はいろいろである。非常食、気晴らしの相手。
本当に、クソだ。
私はゆっくりと残りの果実酒を飲み干す。
兵士たちの叫び声も、連れ帰った女性たちの話を聞いても、明らかに自分とキンカの兵士がキンカを留守にしていたのが、分かっていた口調であった。
「やっぱり、誰かにそそのかされたとしか思えないですよね」
空のグラスを見ながら、ため息をつく。
誰がキンカの情報を流したのか、それとも、もともと仕組まれていた襲撃なのか、真相は分からない。
しかし、シュン君に言ったとおり、仕組まれていたとしても、違うとしても、反撃に応じなければ再びキンカは狙われてしまう。
頭の痛い事態に、自分のため息は止められない。
それと、同時にあの戦闘以来、自分の兵士達にさらに恐れられてしまうようになった。
なぜなら、歩いて数日の距離であるにも関わらず、激しい爆音と、空高く舞い上がった炎は、私の兵士たちにも見えてしまったようだったのだから。
そんな事を思い出しながら、私は呟く。
「シュン君も私を止めてくれると信じていますよ」
もう町を出たであろう、まだ若い冒険者の背中に声をかける。
ダザは、苦笑いを浮かべながら、そんな私を見つめる。
「しかし、いいのかね。ドワーフの村へ行ってもらって。まぁ、あの坊やはなんか追い詰められているように感じるから、あの子が助けになればいいんだけどね」
「ドワーフはあなたも含めて、気楽な方が多いですから。十分な気晴らしにはなると思いますよ」
「人と違いすぎる人も、また苦労人。か」
穏やかな目でドンキを見る、ダザ。
「私は、修羅の道を選びました。そして、たぶん彼も。茨の道を自ら選んで進んでいる。ならば、彼が私と同じ道を選ばないように、道の雑草くらい刈り取ってあげてもいいと思うのですよ。小さな草で転ぶ事が無いように。足元を見なくても進んでいけるようにね」
年長者として。
「なんか、楽しそうだね。いい子に会えて良かったじゃないか。私も、いろいろあっていろいろ見て来たから、分かるけどね。あんたも今まで見てて心配だったけど、今は安心して見ていられるよ」
「だからといって、子供は作りませんよ」
「連れないねぇ。今のあんたならほんとうに子を産んであげてもいいと思うんだけどねぇ」
笑うガザを見ながら、私も笑顔になる。
そして。
私は手にしていたグラスを地面に叩きつけ、粉々に割り、兵士を呼び出す。
「招集をかけろっ!全軍に通達だっ!キンカは、全都市に向けて宣戦布告をかけるっ!まずは攻め込んできたギンキっ!次に南東のドウタツっ!この二つの都市を落とし、私の本気の意思をさし示すっ!人が人であれる世界を作る一歩とするぞっ!」
兵士は、その言葉に、笑顔になり。
敬礼をし。
館の外へと走り出す。
「まったく。死んでしまおうかと思った事もあったけど。長生きはしてみるもんだね。本当の王の誕生を見れるかも知れないとはね」
ダザはしみじみとジョッキを掲げる。
「他人事ではありませんよ。あなたもいろいろと手伝っていただきますからね。
私自身の寿命はまだまだ伸ばせますが、勢いだけでやろうとしているのですから。本格的に戦闘が始まれば、武器も防具も足りませんからね」
ダザは首をすくめながら。
「いいさ。私は、あんたに、ドンキという人間に助けられ、惚れたんだ。いっその事、地獄の底のその先まで付き合ってやるよ」
「付き合ってもらいます。どこまでも」
私は笑うダザに笑い返す。
引き返せない、私の道に地獄あれ。




