赤く染まる服
「はぁ?肉のスープが共和国銀貨5枚(5千円)?!」
武器の値段と言われ、本当の意味で山積みにされた貨幣の多さに驚いたのはつい最近だったのだが、
兵士の宿舎以外の所で食事をしようとした所、その食べ物の値段に驚きしかなかった。
貨幣価値は、帝国と一緒かと思っていたのだが。
まさかの10倍以上だった。
都市国家として、他の都市との交流が無い事は知っていたのだが、その弊害かこの都市で取れる物以外の値段が、ほとんどインフレしていた。
なのに、都市内で取れる豆や、野菜の煮物や、加工品ついては、鉄貨1枚(100円)とか明らかに調味料代しか取っていないのが分かる価格設定になっている。
いろいろ食べ物屋の価格に驚いて、屋敷に帰り、ドンキに聞いて見ると。
「ああ。都市国家内で取れた食べ物は、全部配布しているし、ただで提供するように厳命しているからね。この国は本当にひどかったんだよ。君が見た値段が、食べ物の本来の価格だったからね。食べれずに、死ぬ人が多かったんだよ」
そう言われてしまった。
ついでに、ドンキは、どう見ても50代なのだが、60才になった所なのだという。
その割には、口調などが若いように聞こえるのだが
「口調をいかつくしても、威厳は出ないでしょ?威厳なんてね、本当に必要な時に威圧できればいいんだよ」
あっけらかんと、答えられてしまっては、何も言い返せなかった。
実際、俺と最初に対峙した時のドンキの威圧感はすごかった。
ステータスカンスト以上の俺が動けなかったのだから。
「で、ちょっと、相談なんだけどね。シュン君。君が昔作った武器についてなんだけど」
ドンキが、こっちを見ながら、笑いかけて来た時。
いきなり、部屋の扉が勢いよく開く。
「何事だっ!ここは、私の私室だぞっ!」
ドンキが叫ぶが。
入って来た兵士は、息を切らしたまま叫ぶ。
「緊急報告にて、失礼いたしますっ!西側の村が、か、壊滅しましたっ!」
その報告に、一瞬動きが止まる俺と、ドンキ。
「理由は?」
ドンキの声が、酷く冷たく聞こえる。
「魔物が、魔物が、大群で押し寄せたようです。報告に来た男性もひどい傷を負っており、死亡しました」
俺は、その言葉と同時に部屋から駆け出していた。
「すぐ、騎士団を集めろっ!討伐隊として出発するっ!こちらに魔物が来る可能性もあるっ!警備兵も完全装備で準備っ!」
そんな叫び声を背中に聞きながら、俺は屋敷の窓を飛び越え屋敷を抜ける。そのまま、城壁に向かい更に走り、都市国家の城壁を飛び越えた。
スライ。
子供たち。
無事でいて欲しい人たちの顔が思い浮かぶ。
昼も夜もなく、俺は走る。疲れたら、自分に回復魔法をかけ、全力で走る。
昔に王都から、西の森の中まで走った時よりは、キンカから、村までの道のりの方がまだ近い。
一日中走り、懐かしい村が見えて来た時、俺は吠えた。
地図が、真っ赤に染まっている。
その光景を見て、昔を思い出す。
孤児院を。自分が生まれた村を。西の砦を。
「間に合えっ!」
俺はさらに足を速める。
周りにウロウロしている魔物が邪魔でしかない。
すかさず、ビットを発動させ、村からあふれてあたりをうろついている魔物を切り刻む。
遠くからでも、すぐ分かるような、大きすぎる魔物。ジャイアントバッファローまで見える。
なんで、あいつがいるんだよ。
あいつは、森の中が専門だろうが。
疑問を感じつつ、一気に首を切り落としながら、俺はさらに走る。
村に近づくと、まさに魔物があふれていた。
「ふざけるなぁ!」
ビットがさらに追加され、赤い光が魔物を切り刻みながら走って行く。
縦横無尽に走るビットを確認しながら、俺は自分の槍を取り出す。
自分は、村に飛び込み、槍を振るいだす。
イノシシを、オオカミを薙ぎ払い、なぜかいるオークの体もバラバラにしながら走る。
「スライっ!無事かぁ!?」
叫びながら走る。
「面倒だっ!」
『目標、モンスターで固定。種族、人間を攻撃リストから排除。広範囲攻撃に移行します。MP大量消費予定にて、制限設定も行います。』
俺が叫ぶと、データベースさんが、音声で返してくれる。ミュアの声のような気がしたが気のせいだろうか?
「発動しますか?」
俺は時間もないため、すぐに軽くうなずく。
『了解しました。殲滅します』
俺の確認を取ったビットは、すぐに無数の火の矢を地面に降り注ぎ始めた。
まさに爆撃。
地面を走るビットは、生き残りの魔物を切り裂きさらに走りまわる。
『村に存在していた、500の魔物、全ての討伐を確認』
俺が、オークを頭から切り裂いたときに、データベースさんから返事が返ってくる。
何時間戦っていたのか、走り回っていたのかわからない。
ただ、マップを確認しても、もう魔物は近くにはいなくなっていた。
ひとまず安心し、改めて、俺は周りを見る。
燃えてはいなかった。
しかし。全ての家は壊され、人が誰もいない。
ゆっくり俺は村を歩く。
よく歩いていた川が、赤く染まっている。
地面のあちこちが赤く染まっている。
俺が、自分が住んでいた家に着いた時。
崩れた家の前にスライがいた。 彼女はうずくまり、動かない。
俺はスライに駆け寄り、その体を起こした時。
その体を抱きしめて泣いた。
その体には、腹が無かった。
そこは、ぽっかり空いていた。かばおうとしたのか、片手も両足もなかった。
顔も、半分崩れておりその顔は泣いているように見える。
スレイが来ている赤いドレスがひどく重たい。
『妊娠していたようです』
データベースが、いらない情報を伝えてくる。俺はスライの体を抱きしめる。
また。まただ。
また、助けられなかった。
大事な人を。生きて欲しいと思う人を。誰かの幸せを。
助けられない。
俺は、彼女を抱いたまま、腐った臭いの中で大好きな人を抱きしめた、あの時と同じように動けなくなる。
『魔物が発生し続けているようです。発生場所の近くに、坑道にあったものと同じ、魔物が湧き出る扉を発見しました。扉は破壊しますか?』
データベースさんが、聞いて来る。俺は返事も出来ない。動けない。
自分が、何もできない自分が腹立たしい。
『魔物の発生が止まらない事を確認。この扉は危険と判断、マスターの身の保全を優先するために、扉を破壊しました。周りの敵も自動排除します』
データベースさんは、後処理をしてくれているらしい。
俺は、ひたすらうずくまる。
泣きたい。死にたい。いっそ、全て無くしてしまおうか。
どこまでも暗い気持ちが自分の中を駆け巡る。
自分の体から、黒い光が漏れ出しているのが分かる。
けど、何も出来ない。何もしたくない。
どのくらい座り込んでいたのだろうか?
途中で寝てしまったのかも知れない。
俺は、突然服を掴まれ立たされる。
目の前には、ドンキがいた。
突然、ドンキに殴られる。
俺が、反射的に殴り返そうとした時。ドンキの目を見てしまった。
彼は、泣いていた。
「お前は、私と同じだろうっ!お前の目を最初に見た時から分かっていたんだっ!私と同じ目だとっ!泣いて、あがいて、生きてきた人間の目だとっ!お前は、ここで潰れるような奴ではないだろうがっ!あがいて、あがいて、進んで来たのならまた一歩歩いてみせろっ!」
ドンキの言葉に、俺は俯く。
「どんなに辛くても、昨日より一歩進めれば、より多くの人間が救える。そうは思わないか。シュン君」
ドンキの叫びの後からの落ち着いた声は、俺の中に響いて届いた。
「そうかも、知れないですね」
俺の小さな呟きとともに、自分がまとっていた黒い光は消えていった。
「君の荷物も一部なら背負ってあげれると思う。伊達に年は取っていないからね。君が君である限り、私も君を応援しよう。まあ、手伝って欲しいときは、お願いするけどね」
笑うドンキに、俺はぎこちなくも、笑い返すのだった。




