逃げられない現実
「よぉ。シュン。また狩りに一緒に付いてきてくれないか?」
あのホワイトピックの宴会の後、よく村人からお願いされるようになっていた。
このあたりでは、豆がよく取れるし、野菜もよく実るがやはりそれだけでは、飽きる。
肉が欲しくなるのは必然で。
その肉と取ってくるのは、男達の仕事なのだが。
「シュンは、冒険者なんですから、依頼しないとダメでしょうがっ!」
「そんな事、言うなよ。スライ。シュンなら、軽く引き受けてくれるよなっ」
狩りに一緒に付いて来てくれるように、お願いされる所を見つけると怒り出すスライ。
最近は、スライの子供達もよく家に来るようになっていた。
「えへへ」
懲りずに下から3番目の子が、俺の背中を狙っているのが分かる。
たぶん、蹴りが来る。
蹴られる前に、ふっと後ろを振り向き、慌てた顔をしている子供の頭を掴み、ぐりぐりと力を入れてやる。
「やめてっ!やめてっ!ごめんなさいっ!まいりましたっ!」
泣きながら叫ぶ子の頭から手を放すと、すぐにスライのところに走る。
「シュン兄ちゃんが、いじめるっ!」
いいつけに行ったスライに逆に軽く怒られて、むすっとしている姿を見ながら、俺は笑う。
スライには、結婚していて一緒に住んでいる男性はいなかった。
体を売って生活していた事もあり、結婚や好きな人と一緒いいられる事は絶対にないと自分に言い聞かせて、シングルを貫いていたらしい。
その割には、10人近く子供がいるのだから、すごい女性ではあるのだが。
「最近のお母さんは、本当に楽しそうに、シュンさんの所に行くの。あんなお母さんを見るのは久しぶり。よかったら、ずっとお母さんのそばにいて欲しいな」
そう言ってくれたのは、自分の子供を抱えていた、2番目の娘さんだったか。
もう、15になろうとしているらしい。
若々しいスライさんだが、もう40歳になるそうで。どこからどう見ても20歳くらいだけど。
俺が生まれた帝国では、成人の規定はないものの、ほぼ15歳以上から成人扱いになっていたのに対して、こっちの共和国では、12歳から成人扱いになるらしく、結婚も出来る。
早い結婚を望まれるのは、閉鎖空間だからなのだそうだ。
早く子供を産み、子供がきちんとした子でなかった場合を考え多重婚も良しとしているらしい。
つまり、本当の親が誰なのか、母親でしかわからないという、混沌とした風潮の国らしいのだ。
戸籍なんてないし、しかも体の弱い子はすぐに死んでしまう。
医療は無いし、治療もままならないのだ。
ゆえに、冒険者との間に子供を作るのは、ほぼ、義務となっているとスライに笑われてしまった。
冒険者との子どもであれば、体の強い子が生まれる事が多く、もしその子が回復魔法が使えれば、医者として残ってもらえる可能性もある。
必然というよりも、この地で生きる上で必要な可能性というやつなのだそうだ。
冒険者の囲い込みだけは、絶対禁止になっているため、その子供を囲ってしまえというのは、乱暴ではあるが、分かる気もする。
それほどに、この世界は優しくない。
「にいちゃが、にゅんにいちゃ(シュン兄ちゃん)、けるからだっ。にゅんにいにゃは、ケガなおひてくれたもっ!」
ぼーっつと考え事をしていると、スライのところの一番下の子が、お兄ちゃんを怒っていた。
一昨日に、足を怪我して泣いていたから、ささっと回復してあげてから、ものすごく懐かれてしまっている。
今も、スライの服を握っているお兄ちゃんに対して、この子は俺の手を必死に握ろうと手を伸ばしている。
スライと二人で目を合わせ、可愛がっている妹にまで叱られシュンとへこんでいるお兄ちゃんを見て、二人で笑ってしまう。
そんな穏やかな午後に、村人の一人が走り込んで来た。
「シュンっ!助けてくれっ!ガザが、ガザが、例のウサギの狩場で、オオカミに囲まれちまってるっ!ガザがおとりになってくれたから、逃げ帰って来れたんだっ!頼む、助けてくれっ!」
俺はその言葉をすべて聞く前に、走り出す。
ガザは、今住まわせてもらっている隣の家の旦那で、酒好きな割に、飲むとすぐ寝てしまう。
大きな事をよく言うが、気が小さい見ていて、嫌いにはなれない男だった。
ぽつん。と置いて行かれた妹ちゃんが泣いているのがかすかに聞こえるが、そんな事を気にしている余裕も無い。
俺は、全力で走った。
全速力の馬車よりも早いスピードで走り、以前、ホワイトピックを全滅させた丘に来た時。
俺は、口を押える。
無言で、怒りを込め。
何かをむさぼり食べている、5匹のオオカミ全てを振り回した槍で殴りつける。
吹き飛ぶオオカミ達を、ビットが容赦なく二つに分解する。
吹き飛ばなかったり、攻撃を避けたオオカミもあっさりと断絶結界にて二つに切り裂かれていた。
俺は、そんなオオカミの死体など気にせずに、目の前の血だまりに手を合わせる。
助けられなかった。
無理だった。
一言もしゃべれなくなったその姿を見ながら、俺はその場にたたずむ。
何か出来なったかったのだろうか?
こんな事になる前に。
こんな事が起こる前に。
何かやれる事があったのかも知れない。
俺は、ゆっくりと自分の手を見る。
さっきまで、握っていたやわらかい手を思い出す。
孤児院の妹、弟たちを思い出す。
そして、再び最近なついてくれている兄弟を思い出す。
あの子たちがいつか、こうなるかもしれない。
孤児院の兄弟たちのように。
そう思いついた時。
俺は、本気でそれだけは嫌だと思った。
俺は、自分の手を見つめ続けながら、ミュアに語りかける。
「ミュア。俺は、俺の思うまま、進んでいいのかな?」
誰も助けられなかったのに。
心の中で叫ぶ否定の言葉をひっくりかえす事も出来ないまま、俺はじっと自分の手だけを見つめて過ごすのだった。




