終わりの赤、始まりの赤
訳が分からなかった。
ミュアは、たしかに、そこに。小屋の中にいた。
なのに。
なんで動かないんだ?
俺は、ふらふらとミュアのそばにより、ミュアの体を抱き上げる。
小屋の中の、肥料の匂いなのか、きつい、淀んだ匂いがする。
俺を追いかけて来た、エルフの長、フルが呟く。
「ああ、ミュアとは、それの事か。すっかり拾った事すら忘れていたよ」
道端で拾った石のように言い放つ。
何をされたのか、考えたくも無い。
ほぼ裸で、両足がありえない方向に曲がっている彼女。
両目は虚ろで、死ぬ前には、何も見えていなかったのかも知れない。
「やはりハーフなのだな。マザーの下にすら行けないとはな。エルフの恥め」
憎々しげに話す声すら、耳に入るのに、頭が拒否する。
なんで?どうして?
頭が痛い。
ミュアの体を更に抱きしめる。
服も、俺の体も汚れるのも気にせずに、ただ抱きしめる。
「それで、用事は終わったか?人間」
ふと後ろを見ると、イライラしたように一つのエルフが足踏みをしながら、腕を組んでいる。
「なぜ、死んだ?」
「知らん。所詮、ハーフエルフだ。適当に遊ばれたのだろう?」
「足は治せなかったのか?」
「なんで、ハーフエルフなんか治す必要があるのだ?確か、拾った時には、そんな感じだったぞ。元からだろう?」
エルフもイライラしているようで、口調は荒い。
しかし、俺はそんなフルの、エルフの言葉一つ一つに苛つく。
腹の底が煮えたぎる。
なのに、泣けない。
腹がたちすぎて、悲しすぎて、辛すぎて。
泣けない。
混乱したまま、口を開き、どうでもいい質問をする。
「なんでこんな所にいる?」
「ハーフに住む家があるものか」
「なんで、放置した」
「壊れたのなら、朽ちるまで放置だろう?」
その一言に。
「ふ ざ け る な!」
俺は、怒りのあまり、激しい風の嵐を巻き起こす。
しかし、その魔法を、一瞬でかき消すフル。
「風はエルフの得意分野だ。いたずらするなら、とっとと出て行け、人間。ついでにソレも持って帰ってくれると、助かる。汚いからな」
その一言に。
俺の怒りが、限界に達する。
なんで、こんなに。世界は。
こんな世界も、お前らも。
イラナイ。
俺の全ての怒りを表すように。俺から真っ赤なビットが舞い上がる。
ス ベ テ キ エ ロ
ビットから、炎が舞い上がり。
赤く染まった結界を張ったビットは、再び俺の魔法を消そうとした、エルフのフルの腕をあっさり切り取った。
そう。 絶対結界が、腕を切断したのだ。
「は?」
何が起きたか、分からない表情のフル。
激しく動きまくるビットは、小屋を切り裂きバラバラに解体していく。
次のビットが、フルの足を切り取る。
「た、助けてくれっ!助けてくれたら、お前のやった事は、何も言わないでいてやるっ!」
命乞いを始めるフル。
うるさい。
ビットが、もう片方の足を切り取る。
ミュアと同じように。
「分かった!助けてくれたら、お前を長にしてやるっ!だから、助けろっ」
必死に命乞いをするフル。
同じように、泣きわめいたミュアをお前たちは、笑いながら殺したんだろう?
想像なのかも知れない。
しかし、そんな事はどうでもいい。
泣きわめくフルの頭がはね飛ぶ姿を、無表情で眺める。
〘『エルフの長』を獲得しました。〙
そんな声が聞こえた気もしたが、暴走した俺のビットはもう止まらない。
燃える切断結界が、村を木を、燃え上がらせ、子供も。
女性も。
全てを燃やしつくし、切り尽くし。
全てを赤く、赤く染めて行く。
頭が痛い。
子供を守り、女性が真っ二つになり、燃え尽きて行く。
知りたく無い光景をビットは見せて来る。
ああ。
どこかで見た光景を。
子供の手が転がって来たのが見えた時。
俺は、叫んだ。
全てがフラッシュする。
落ちた片手と、ぬいぐるみ。
真っ二つになった、父親。
俺を守り、助けようと真っ二つになった母親。
俺はあまりの頭の痛みに叫び。雄叫びを上げる。
俺の魔力が最終的に暴走し、白い柱が俺から天高く立ち昇った時。
ふわっと。
俺は抱きしめられた。
幼い顔立ちの青い髪が、俺の頬を撫で、緑の目が優しく微笑む。
「マスター。大丈夫です。私は、大丈夫」
微笑むミュアに、光が吸い込まれるように消えて行く。
「優しくない世界で、マスターは優しさをくれました。幸せをくれました。私をくれました」
ゆっくりと、俺の目を見るミュア。
ああ。今更知った。ミュアの瞳は、エメラルドよりもきれいな緑色だったのだ。
「わたし、エルフの母であるマザーツリーに無理を言って、体を残して頂いていたのです。あなたに会いたくて」
ミュアが、ゆっくりと顔を近づける。
俺は、ただ、ミュアの唇を受け入れる。
青い髪が、柔らかく俺を包む。
「けど、もう限界みたいです。マスター。ありがとう。私を私にしてくれて。私を大事してくれて。ミュアはいつも、これからもマスターと一緒にいます。だから、いつでも、これからもミュアの事でマスターが苦しむ必要は無いのです」
笑うミュア。
そして。
ありがとう。大好きです。
そう言い残して、ミュアは、七色の光となり、崩れて行く。
虹色の光は、全てのビットを包み込み、一緒に空に上がって行く。
まるで、お土産を持って帰るように、大事に。
まるで、舞い上がる光を追いかけるように、エルフの里、全ての大地から七色の光りが生まれ出す。
あちこちで倒れていた、切り裂かれたエルフ達が、辺りにあふれる七色の光に触れると、再び、エルフとして、元の姿に再生されて、復活して行く。
切り裂かれた腕が生え。
真っ二つになった胴体がくっつく。
フルすら。
自分の両方の足で、立ち上がり、舞い上がる無数の光りを掴もうと両手を伸ばす。
火は全て消え。
エルフ達は、全員が立ち上がり、舞い上がる光を眺めながら、呆然と佇む。
両手を伸ばして、祈りをささげる。
〘大母の奇跡〙
そこにいたエルフを全て蘇生させ、再生させたその光景は、エルフのみに語り継がれる奇跡。
しかし、今後、歴史の中で2度と起きなかった奇跡。
そんな中。
俺は、ただひたすらに、両手から消えた少女の名前を、声にならない声で叫び続けたのだった。
見ていただきありがとうございます。これで、第一部終了です。
次から、第二部で、他の国へ舞台が移ります。
更新が遅くなるかもしれませんが、引き続き見ていただけたら、嬉しいです。




