将軍
消えた緑の印を目安に俺は再び走る。
体力は十分残っている。
そして、俺が少し開けた空間に入った時。
将軍、いや奴がそこにいた。
血が流れ落ちる剣を携え、佇んでいた。
足元には、女の人が倒れている。
「カラさん!」
思わず叫んだ俺の声にこっちをゆっくりと見る将軍。
いや、シュリフ。
「報告の冒険者か。貴様が、世界を、国を滅ぼすのかっ!」
狂気にも似た、信念を灯した瞳で、俺を睨む。
「全ては、うまく行くはずだったのだ」
剣を突き出し、敵意をむき出しにしてくる。
一瞬。
俺の顔の前で、絶対結果に受け止められるシュリフの剣。
「なぜ、こんなにも早く。むしろ私の動きと同時に知られるなど、ありえん」
そのまま、剣を引き、直ぐに切り上げて来る。
早く、一撃が重い。
俺の全身にまとわせている魔力ビットが、直ぐに結界を張り、一撃を防ぐ。
アラスより数段強い。
しかし、アシダカよりは遅いじゃないか。
なんで、俺は。こんな奴らから。
〘あの人を守れなかったっ!〙
自分への苛立ちで。
槍を力いっぱい薙ぎ払う。
槍の芯を剣で受けたシュリフの体ごと、そのまま薙ぎとばす。
壁に叩きつけられ、シュリフは血を吐く。
冷静に、冷たくそのシュリフの姿を見る。
「化け物が」
よろめきながら立ち上がるシュリフ。
「皇帝斬」
シュリフの一撃は、俺を切り裂き地面をも切り裂く。
得意気な顔をした後、シュリフは、直ぐに絶望的な表情を浮かべた。
「なぜ効かぬっ!」
叫ぶシュリフに俺は返事すらしない。
避けただけだからな。
残像は残ったかもしれないが。
ゆっくりと槍を構え、蜂の巣にして楽にしてやろうとした時。
ふっと、温かい風が俺の周りを通り過ぎた。
「その辺で、勘弁してやってくれないか?そんな奴でも親友なんだ」
ダルワンが、頭を掻きながら、歩いて来る。
「ダルワン、か?」
シュリフが驚いた顔をする。
「昔の親友として、パーティメンバーとして、大人しく自首してくれ。シュリフ」
「ふん。今更であろう。私はお前を切り捨てたのだからな。自らの野望のために」
「タヤが、泣くぞ」
「あれは良き妻だ。だが、今やシュリフ家は大きくなった。バルクルスが私を殺せば、シュリフ家は最悪残るであろう。シュリフの名があれば、あれも幸せに生きれるはずだ」
「本気、だったのか?」
「私の誓いは、変わっていない。国を、いや。家族を守るためならば、何でもする」
ため息を一つつくと、ダルワンは、シュリフを見る。
「最後に一ついいか?ここの宝玉は、4つだったか?」
「知れた事。〘エルフの証〙〘龍族の知恵〙〘魔物除け〙〘治癒の結界〙〘空間結界〙の5つだ」
「そうか。やっぱりなぁ。4Sは、城にいるのか?」
「南の討伐に行かせた。ロアでは役不足だとわかったからな」
そのとき、入口の方から、ざわざわと話し声が聞こえ始めた。
「ふっ。長話をしてしまったな。全てが崩れた今、バルに重荷を背負わす事になるとはな」
「シュリフ」
「自首しようが、斬首は変わらん。王家を皆殺しにしたからな。その少年には勝てず、さらに人が増えるとなれば、私もここまでのようだ。ならば、自身で決着をつけるまで」
シュリフは、剣を、自分の胸に当てる。
「シュリフっ!」
ダルワンの叫びと一緒に自らに剣を突き立てるシュリフ。
その瞬間。彼は笑い出した。
「そうか、そういう事か。ダルワン、本当に済まん。はははは。滑稽としか言いようがないなっ!」
シュリフは、俺をその射抜くような目で見つめる。
「シュンとやら。証を持ったら、すぐに国を出るといい。私は、良いように操られたようだ。《4S》甘く見るな」
そのまま、シュリフは、自らの剣を握りしめ。
「ライナ。良い父親になれず、済まなかったな。皇帝斬!」
一気に、自分を腹から頭まで、真っ二つにして、絶命した。
「バカやろうが」
ダルワンは、小さくつぶやく。
その目からは、涙が溢れていた。
涙を流したまま、ダルワンはこちらになにかを投げて来る。
思わず、受け取る。
俺の手の中にあったのは、緑色のきれいな玉だった。
「報酬だ。それが目当てだろう?」
俺が、呆気に取られていると、ダルワンは奥を指差す。
「それが国宝なのは変わりない。お前が持って行ったら、いろいろ面倒な事になる。だから、その宝玉は、クーデターのいざこざで、〘紛失〙してしまった事になる」
だから。
「とっとミュアちゃんを迎えに行ってやれ」
ダルワンの言葉に、俺は頭を下げる事しか出来なかった。
そのまま、地下道の奥に向かい走る。
この先が、平原に繋がっている事を確認しながら。
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走り去るシュンを見ながら、ダルワンは足元を見る。
真っ二つにすらなれなかった、ボロ切れのような死体が転がっている。
ゆっくりと、ダルワンはその前に座り込む。
「なあ、覚えているか?隠れんぼをした時の事をよ。地下室だったよな。俺が、隠れて、お前まで隠れに来て。騒いで二人して見つかったっけか。」
ダルワンは、ゆっくりと腰の酒を流し込む。
「竜退治に参加した時は、お前が、ぶん投げてくれなかったら、岩にひき潰されてたな。お互いに何度も死にかけたよなぁ」
残りの酒を、ボロ布にかける。
「最後の酒が、こんなんじゃ、寂しいだけだろうが。バカ野郎が」
ダルワンは、いつまでもシュリフの前で泣いていた。
入口を見つけた、王族開放軍の全員が来るのを感じながら、ダルワンはただ座り込むのだった。




