散る赤、散る明り
「アラス シュリフ。もうお前は終わりだ。罪を認め、大人しく王族を開放し、罪を償うがいい。」
サラが、アラスの前に立ち最後通告をおこなう。
しかし。
アラスはうつむいたまま、肩を震わすだけだった。
「キサマっ!聞いているのかっ!」
サラが、アラスの頭をあげさせると、アラスの視点がおかしい事に気がつく。
「はは、お前が、お前らが、邪魔をするから。邪魔者は、全て消さなきゃ、僕が無くなるじゃないか」
乾いた笑いを浮かべながら、つぶやくだけのアラス。
「サラ、こりゃダメだよ。完全に」
その様子を見て、肩をすくめるリン。
明らかに、アラスは、何かが壊れていた。
「挫折を知らない、超エリートのお坊ちゃんが、とことん挫けたら、こうなるんだねぇ」
リンは、明らかに呆れた顔をする。
俺も呆れるしかなかった。
今も、ブツブツと、誰が悪いだの、あれがダメなんだとつぶやき続けているアラス。
その姿からは、戦う気迫は無くなっていて、もはや立ち上がる事も出来そうに無かった。
サラは、そんな壊れたアラスをしばらく見ていたが。
「このままでは、アラス殿からは、何も聞き出せそうには無いな。仕方が無い、全軍シュリフ将軍を探すっ!シュン殿と、リンももうしばらく捜索をお願いしたい。バルクルス殿が持ち堪えられるのも後少しのはずだ。急ぐぞ」
サラは、そう言うと、走り出す。
俺と、リンは顔を見合わせ、二人で笑い。
「「行くかっ」」
明らかに、気がおかしくなっているアラスを置いて、俺たちも歩き出した時。
「お前らが、オレの未来をぉ!」
突然、アラスが叫んだ。
今までとは、比べ物にならない速さと力強い剣撃が、後ろを向いていた俺の首を狙って来る。
やばいっ。データベースさんが放つ、激しいアラーム音が頭に鳴り響く。
完全に油断していた。
結界が、間に合わないっ!
致命傷だけは避けようと身じろぎした時。
目の前に、赤い、赤い壁が現れ、俺を赤く濡らした。
ゆっくりと、倒れ込みながら、リンが笑うのが分かる。
「あああああっ!」
俺は、訳のわからない叫び声を上げながら、持っていたショートソードを力いっぱい薙ぎ払う。
ショートソードは、アラスの首を正確に捉え。
その首を体ごとはね飛ばす。
斬るというより、潰す感覚を感じながら、アラスの首と、折れた鋼のショートソードの刃が空中に飛ぶ。
しかし、そんな事は気にしていられない。
俺は折れたショートソードを投げ捨て、リンを抱きしめる。
すぐに回復魔法をかけながら、傷を確認する。
しかし。
リンは、俺の口に指を当て頭を小さく振る。
リンが切られたのは、腹からバックリと心臓にかけて。いや。自分からアラスの剣に飛び込んだのだ。さらに奥まで切られている可能性がある。
その証拠に、リンの体の中身が見えてしまっている。
「キス、くれないかな?」
リンのその言葉に。
俺は、そっと口づけする。
少し身じろぎした後、リンは。
「シュン、好きだよ」
と言い残し、動かなくなった。
慌てて引き返して来たサラが、その光景を見て、立ち尽くす。
即死。
斬られ方が悪かったのか?
体を守る防具もきちんと渡しておけばよかったのか?
油断しなければ。
ぐるぐる考えが周り、落ち着かない。
泣きたい。吐きたい。
しかし、心が凍ったみたいに何も出ない。
「好きな人を守ったのだな。リンらしい」
サラの言葉に。
守る?俺を?弱い癖に。
そんな事を思い、そんな自分が嫌いになる。
前がよく見えない。
俺は、真っ赤に染まる小さい体をしっかりと抱きしめる。
ああ。いつも明るい、陽気な彼女が、好きになっていたのだと思い知る。
いつまで、抱きしめていただろうか。
気がつけば、サラは居なくなっていた。
マップでは、バル隊長の部隊が、正門から入れずに苦戦しているのが判る。
サラの部隊と思われる兵士達も少なくなっていた。
しかし、動けない。
置いて行けない。
「オークに滅ぼされた村にいた、あの時の子か。大きくなったな」
突然声をかけられ、俺は頭を上げる。
目の前にいたのは、かなり年老いた騎士だった。
白銀の鎧が眩しく光る。
「娘が世話になっておる。何一つ出来ず、何一つ守れなんだ私だが、せめて、その娘は私が守ろうではないか」
そう笑う老騎士。
守りの騎士。
シュリフ将軍の直属騎士団、白銀騎士団。
サラの父親。
データベースの簡単検索で、確認する。
俺は、学校で習った事を思い出す。
白銀騎士団は、将軍の私兵部隊のような物だ。
老騎士を睨みつけ、槍斧を出し、握りしめる。
片手に、リンを抱きしめたまま。
「その気持ちは分かるが、私は、敵ではない。娘に、先程散々怒鳴られたよ。なぜ、将軍を止めてくれなかったのかとな。私たちも、疑問には思っていたのだ。王が、突然の病など」
優しく微笑む老騎士。
「娘にも言ったのだがな。この事態。言い訳をする気もない。ただ、君たちに敵対はしない。信用して貰えないかな。シン君」
俺は、懐かしい名前を呼ばれた事に、息を飲む。
「サラは、私の娘でな。騎士団の隊長と言う身分ではあるが、その娘は娘の親友だ。決して、汚しはせん。そして、そなたには将軍の行動を引き止めて欲しい。
不甲斐ない私たちの代わりに」
頭を下げる老騎士を見ていると。
「ほら、私は、嬉しいけど、大事な人が待ってるょ。仕事しなきゃ」
とリンに背中を押された気がした。
俺は小さく笑う。
まだ笑える。
俺は、槍斧をしまい、そっとリンを下ろす。
「頼みます」
それだけ伝えると、血だらけのまま、走り出す。
老騎士の目は、どこまでも悲しみにあふれていた。
今の自分のように。




