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3.遠比士の淡島3

 屋敷で待つ比士の下に、撥耶が帰り着いたのは夜も更け、獣すらも寝静まったころであった。

「美君は、先に部屋で休ませた。刺客たちが報告のため待っているぞ。」

撥耶は、不機嫌にそういうと、部屋に向かった。

「そなたらには、何も伝えておらなんだからな。しかし、刺客たちにも、そなたら二人には手を出さぬように伝えてあったのだ。夜も遅うて申し訳ないが、後の事を説明したい。無論協力してくれような?我が弟よ。」

「2、3、聞きたいことがある。」

比士の言葉に足を止めた撥耶は、振り返ることなく言う。

「沖の駐在兵を殺したのは、情報の秘匿のためか。」

「無論。」

「殺す必要は?」

「情報を持ち、秘匿することが出来ぬ人間は必ずや同じ過ちを犯す。不要な駒はさっさと捨てるに限る。」

「伊舎那も、岐峰も駒か。」

「然り。婚儀の終わりまで待ちたかったが仕方あるまい。我々が伊舎那を代行する名目さえ立っていれば良いのだ。大勢に影響は無い。」

「間違えるなよ、兄上。我々、では無い。そなたの行いだ。」

そういい、撥耶は去っていく。比士はその言葉から怒りを感じ取っていた。2年も供に戦えば、やはり情も移るものやも知れぬ。あれもまだまだ青い。そう思いながら、比士は自らの居室に呼んだ刺客たちと謁見した。

 4人の刺客を放ったが、そのうち二人しか居室にはいなかった。

「他の二人はどうした?」

「相手の抵抗もすさまじく、命を落としました。」

伊達に戦場を渡ってきたわけではないということか。しかし、この刺客たちもいずれは始末せねばならぬものたちである以上、比士は手間が省けたものだと考えることにした。

「ご苦労。命をとしての任務遂行、ありがたく思う。さて、報告を聞こう。」

「伊舎那岐峰大王と提羅子、筑紫の三名。及び沖の駐在兵、すべて始末しました。」

「ご苦労、ご苦労。これで明日、そなたらの持つ凶器を巴太の居室に放り込めば終了よ。」

とかく事を急がねばならぬ。比士の心中にはその思いしかなかった。

「凶器を巴太のものとして、いかに罪を着せるのですか?」

刺客の一人が聞いてくる。刺客には行き過ぎた情報ではあるが、いずれ死んでもらう身である。冥土の土産に教えても構うまい、そう思い比士は口を開いた。

「巴太廉劫を劉秀側の内通者に仕立て上げる。そうすれば我等の挙兵は伊舎那岐峰大王の弔い合戦として漢に攻め込めるというわけだ。」

刺客は、さらに言葉を連ねる。

「攻め込んで勝てるとお思いですか、冷静さを欠いておいでとしか思えません。」

「刺客ごときが何を抜かす。私が冷静でないだと?そなたごときに判るものか。」

「判ります。何故なら、」

刺客が顔に巻いた黒布を取る。

「今の貴方は娘の声も聞き分けることが出来ない。」

そこには比士の娘、美君の顔があった。

「なん、だと?」

続いて黒布を取ったもう一人の刺客の顔を見て、比士は倒れるように椅子に腰を下ろした。

それは、自分が始末したはずの伊舎那岐峰その人であった。


岐峰を襲った白刃は彼に届くことは無かった。美君の体が岐峰を庇うように押し倒したのである。美君の二の腕に赤い線が走る。

それを見て動揺したのはむしろ刺客のほうであった。美君から走った血を目の当たりにした瞬間動きを止めた。刹那、岐峰は美君の体から抜け出しざまに、腰の得物を抜き、刺客の喉下を貫いた。

美君の動きにその体をこわばらせたのは、他の3人も同様であった。筑紫もその隙を見て敵を切り捨て、羅子は己の相手の腹に一撃を入れ昏倒させた。

同じく刺客を昏倒させた撥耶は、美君を振り返った。

「美君!」

先に声を上げたのは岐峰だった。

「大丈夫です、岐峰。たいしたことはありません。それよりも貴方はどこも怪我はありませんか?」

「ああ、お前のお陰だ。だが、その腕の怪我は、」

「落ち着け、岐峰。」

撥耶が美君の側にしゃがみこみ、腕の傷を見る。

「浅いな。」

「兄様の見立ては確実です。ですから、大丈夫ですよ、岐峰。」

美君は、岐峰に向かって言う。

「だがもう一寸いっすんずれていたら肘の動脈を傷つけていた。まったく無茶をする。」

撥耶は袖の布を破り、美君の腕を止血する。

「しかし、帯刀していたのが効を奏しましたね。」

筑紫の言葉に、刺客を縛っていた羅子が振り返る。

「いつ刺客が来ても、とは思ったことであったが、こうも早く来ようとはな。」

「誰からの刺客か、もはや疑いようは無いな。」

撥耶の言葉に、皆が沈黙する。刺客達は美君を傷つけた瞬間に動揺して動きを止めた。この刺客たちが、美君を傷つけないように指示を受けていたのは確実である。そして、そのような指示を出す人間は恐らく一人。

比士が岐峰を亡き者にするために刺客を放った。

「しかし、証拠は無いですよ。この腰を抜かしている兵士はともかくこの刺客は遠家の人間じゃないでしょう。シラを切られればそれまでです。」

筑紫の言はもっともだった。それに、岐峰はこの段にいたってまだ、比士の仕業でないことにすがりたい思いも抱えていた。

「本人に、確かめればいいのです。」

美君は、顔を上げて皆を見回す。

「提案がございます。皆様、ご協力いただけますか。」

美君の言葉に、皆がうなずいた。


 そして、美君の提案に従って、刺客に入れ替わった岐峰と美君は、その言葉を聴いた。その比士の企みを。

腰を抜かしたように座る比士に、岐峰は怒りよりも悲しさを覚えた。美君は比士に対してさらに言い募る。

「生き残った刺客2名と沖の駐在兵は、私の部屋に入れてあります。父上、伊舎那は我がつまの国、伊舎那の民は我が夫の民です。貴方がほしいままにしてよいものではありません。もはや我が夫、大王自らが貴方の裏切りを知りました。潔く御身をお引きなさい。」

比士は、クツクツと笑い出した。

「これゆえ、女は信用できぬ。色恋に惑わされ、己の親を裏切るか。」

「何故ですか、大夫。供に歩もうと、言うて下されたではないですか。私は、大夫。貴方とともに歩んで生きたかったのです。この蓬莱に、生きる目的を見出せる楽土を、貴方とともに作ろうと。」

比士は、岐峰を見る。その目に何かの感情を見ることは出来ない。

「各部族に、撤兵の遺志をお伝えください。こちらが兵を引けば、劉秀の軍勢も意義を失います。」

岐峰の言葉を、笑いで遮った比士は、岐峰に侮蔑の嘲笑を向けた。

「甘い、甘すぎて反吐が出るわ。平等の楽土などという幻想、幼児の戯言に過ぎぬ。貴様が今大王を名乗っておられるのはなんのお陰か、この遠比士と、遠に流れる皇帝の血のお陰であろう。撤兵だと?そのような世迷言があの劉秀文叔に通じると思うのか青二才めが。何よりそのようなことをすると思うのか?このわしが?この青二才の言うことを聞く必要があるというのか?東夷の蛮族風情が、この遠比士と肩を並べておるつもりか!?」

「父上!我が夫を裏切り、あまつさえそのような暴言を吐くのですか!」

「色恋に目を曇らせた我が娘よ、その東夷の蛮人を夫と呼びままごとに浸っておられるのは今だけだ。いずれお前とて気付くだろう。お前は誇り高き皇帝家の血を引く娘なのだ。」

「大夫!」

その時、比士の後ろに、いつの間に部屋に入ってきていたのか、撥耶の姿があることに岐峰は気がついた。しかし、比士は気付くことがない。

「大夫。この蓬莱の地にある、何万の民を死に追いやることになるのです。どうか、撤兵の使者を。」

岐峰は、それでも比士が兵を引くといってくれることを諦めたくなかった。比士自身を、諦めたくなかったのだ。

「父上。」

美君の多くを言わぬ一言に、比士は激昂した。

「良いか、永きにわたる我等の屈辱を考えろ。江南の地で流れたすべての血を鎮めるものは劉秀の首しかないのだ。この遠が負った汚名を雪ぎ、劉秀の首を墓前に供えて初めてその恨みが晴れるのだ。そのために東夷の民を利用して何が悪い。この東夷で何人が死のうか知ったことか。劉秀の首をあがなえればそれで報われるわ。」


刹那、沈黙が、場を襲った。

気付くと、比士のちょうど心臓の位置から、剣の先が出ている。比士の後ろに立った撥耶の剣が、比士を貫いたのだということに気付くのに、少しの間を要した。

「愚かなり、兄上。」

「貴、様、撥耶…。」

「兄上自身が言ったことだ。遠家は寄る辺無き天下の咎人だ。兄上が岐峰に取って代わった所で誰もついてなど来ぬ。」

撥耶は、剣を抜きざまに言う。

「その復讐の道ずれにして良い命など、もはや一つ足りとて存在していないのだ、兄上。」

剣を抜かれ、どくどくとあふれ出す血を見ながら、比士は岐峰ら3人を見回す。

「ふ、ははは、…よう判ったわ。青二才ども。わしを殺し、劉秀相手にその理想とやらで戦ってみればよい。…貴様らが裏切り合い、苦しむさまを、地獄からよう見ていてやるわ。」

比士は、その呪詛を最後に倒れるように椅子に腰掛け絶命した。江南漢水の大夫遠比士は遠家の長の椅子の中でその生涯を閉じた。

 雨音と外で轟く暴風の音が室内を支配した。筑紫の計算によれば、伊舎那1万に対して劉秀軍4万。勝てるはずの無い戦が、岐峰たちの下に迫っていた。

 屋敷の外を轟く嵐が襲う。この嵐の中今まさに、伊舎那と蓬莱の地は、淡島となって消えようとしていた。



遠比士の淡島 あとがきに変えての大河ドラマ風解説。

 いやぁ、ドロドロしてきましたね。大河ドラマで言う所の、遠比士お疲れ様スペシャル、ということで、今回は裏話的に、恵比寿(蛭子)と淡島をこう解釈してみたよって話をしますね。相変わらず別にいいよって人はスルーでお願いします。


 鎌倉時代の元寇の際、元軍は日本に攻め入る際に時期を読み違えて大失敗します。昔からの日本の迷信“神風”の由来である元寇を退けた暴風雨。これ、実際台風じゃないの?って言うのは割とよく言われる話ですね。

 今回の話のベースにそこを実はちょっと置いています。大陸の人は台風を知らないんじゃなかろうかと。

 イザナミから声をかけて蛭子は水に流されて、続いて出来た島も淡島として消えていく、というのが古事記の記述です。そこから邪推したのが以下のこと。

 1・イザナミ(遠氏)主導の国づくりとして、海洋国家を作ろうとした。

  ↓

 2・台風の存在に行き詰まり、国家経営に失敗する。(台風で船出せなくなっちゃうもん。)

  ↓

 3・海を鎮めるために、時の王(エビス、作中で遠比士のポジションですね。)を人柱として流す。

  ↓

 4・台風はまたやってくる。海洋国家プラン自体を諦める。


そして、流された蛭子(元王)がたどり着いたとして、旧勢力のシンボルとしてエビスを掲げて軍を挙げたのが西宮なんじゃないかな…、なんて妄想が実はこの話を書き始めるきっかけの思い付きだったりします。故に、遠比士えんびしの名前は恵比寿のもじりから来ているし、彼らが遠氏なのもそこからです。中国語にするとユァンビーズ。ちなみに美君はユァンメィクン、伊舎那美君ならイシャーナーメィクンです。全員書くと長いし以下略で。ちなみに今話では上のフローチャートに合わせて書くとすごく長いスパンになっちゃうので、台風のせいで遠比士の計画が失敗した、という所に留めています。


さてさて、迫る劉秀軍、追い詰められた岐峰たち。どうする、どうなる!?ってところで、次話「漢倭奴国王」です。次は古事記って言うより後漢書東夷伝とか、蘇民将来説話なんかもかんでくる東アジアよりなお話です。乞うご期待!


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