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2.御柱の婚姻.2

美君の目に、本拠地の砂浜が白く映った。伊舎那立ち上げより2年。岐峰らの本拠地は一支国よりさらに南の男女群島に移っていた。島々との間の連絡をやり取りするにあたって、一支国よりも便の良い地を選んだ結果である。美君ら遠氏も供に男女群島に移っていた。2年を過ごしたこの島に帰ってきたことが何よりも落ち着く。美君は安堵と供に港を眺めた。

時化を乗り越えたどり着いた港は晴れ渡った青空に包まれていた。船が港に入ると、砂浜に大勢の人間が見えた。誰もが、巴太氏との交渉の結果を待ち望んでいたのだろう。美君の目にも先頭に立っている筑紫が見えた。

「主!!結果は!?」

(はしけ)が浜に着くのを待ちきれなかったのだろう。岐峰の姿を確認した筑紫は大声で呼びかけた。岐峰も負けじと大声で返す。

「巴太氏の長、廉劫殿は、伊舎那の傘下に入ってくださると約束された!」

一瞬、浜が沈黙に包まれた。誰もが言葉を発さなかった。

そして、その一瞬の後、耳を劈く喝采が場を支配した。誰しもが耳をふさぐことなどしない。興奮に振るえ声を発していない人間など居なかったからだ。

 何人かが泳いで艀までたどりつき、その船体を引き浜に連れ出した。浜にたどり着いた岐峰らを、さらに大きな喝采が包んだ。

「おお、大王!お戻りになられましたか。この喝采を聞けばおよそ察しは付きまするが、巴太氏との会談、上首尾に終わられたようですな。」

遠比士が、群衆の中より現れる。美君は艀から降り、比士に礼をする。

「巴太廉劫様は、伊舎那の臣下に加わられました。巴太の2000の兵は、伊舎那と供に戦ってくださいます。」

「…なんと。」

美君のその言葉を聴き、比士は一瞬のためらいを見せた。美君は、その一瞬を見逃すことが出来なかった。

「いや、いやいや!真に素晴らしきこと、世には思っても見ぬ果報のあるものでございまするな、大王!」

先ほどのためらいが、どういった種類のものだったのか、それこそ自分の勘違いだったのか。美君には見当がつかなかった。


館に入り、卓を囲みながら比士に経緯を説明する。比士の隣には美君と撥耶。後ろには過遇知が控えている。岐峰の両隣に羅子と筑紫が座る形となった。

「なるほど、岐稜殿の…、いや、素晴らしいことにございますな。」

「はい。廉劫殿自身は準備を整えてから追ってこちらに向かわれるとのことでした。」

 話す岐峰の晴れやかな顔を、美君は心に刻んだ。闇に目を向け、所在なさげにしていた青年はもう居ない。そして、今の姿こそ、この顔こそが岐峰の本来の姿なのだろう。

「内陸に拠点が出来れば、因幡(いなば)安芸(あき)以西の攻略も進みましょう。いや、結構結構。」

「いえ、今一度対話の使者を送りましょう。一度矛を交えたとて、改めて対話を行うことによって開ける道もあると思うのです。」

「ふむ、それも一理。我ら、大王の手足となりましょう。ところで大王。後顧の憂いも和らぎました。そろそろと、妻を娶られてはいかがかな。」

「妻、ですか。」

「然り。やはり妻を持ち、子を為すことこそ王の勤め。そういったことも考えてゆかねばなりますまい。」

「それは、そうですが…」

「例えば、我が娘、美君はいかがか?」

そこで自分の名前が挙がることも大体の予想がついていたものの、いざ名前が出てみると、美君の気持ちにざわついたものが走った。

 岐峰はどちらを選ぶだろう。同盟を組む遠氏との縁談は政略上の要には違いない。受け容れざるをえない。しかし、遠家は帝国の大罪人である。名を変え一からやり直した伊舎那とは違い、その汚名はついて回る。

いや、今なら。巴太氏を勢力に加えた今なら断ることが出来る。この縁談を断り、遠家と距離をおくことができる。

そうして、自分と岐峰は離れ離れになる。美君はまた、あの闇の中に戻る。

 岐峰の答えを聞くのが怖い。美君は、岐峰の顔をまともに見ることが出来なかった。

 やがて、刹那とも永劫とも取れる沈黙の後に、岐峰が口を開いた。

「美君殿の意思にお任せしたいと思います。」

その言葉の意味を、美君は理解できなかった。

「私にとっては、望むべくもないことです。ですが、美君殿が承知なさらないものを無理にというのは嫌なのです。」

「…岐峰殿」

 そのいたわりが、美君の怯えを拭い去った。そして、次の言葉を発しようとした瞬間、撥耶の言葉が耳をよぎった。

‐比士をあまり信用するな。

自分の答えが、伊舎那の今後を左右する。自分が今ここで頷けば、伊舎那を遠比士の傀儡としてしまうのではないのか。その思いが、美君の喉から言葉を奪った。

「この場では言い難かろうと思います。ご一族で話されて、今一度美君殿のご意見をお聞きください。」

岐峰はその言葉と供に、立ち上がった。比士は岐峰の真意を探るように言葉を選んでいた。

「…かしこまりました。大王のご配慮、心より感謝いたしまする。なれど、我ら遠家はこの天下に寄る辺無き咎人。故に、」

「遠大夫。」

そういって、岐峰は比士の言葉を遮り、真正面から向き直る。

「もし婚姻がならずとも、遠家が伊舎那のかけがえの無い同盟であることには変わりはありません。我らは誇り高き暁の(ともがら)です。どうかこれからも力をお貸しください。」

美君は比士が岐峰の手を取るのを眺めていた。

「ありがたきこと、真にありがたきことよ、岐峰殿。」

その目から落ちる雫に、美君は嘘を見出すことは出来なかった。


 その晩、遠一族を挙げての会議は荒れに荒れた。重臣の主だった面々は、その婚姻に断固反対した。

「遠家は誇り高き皇帝の血を受け継ぐ一族、その血は美君殿のみが受けておられるのだ。その美君殿をあまつさえ東夷の一族に嫁に出すなどと。」

「その誇り高き皇帝の血こそ我らを苦しめている最たるものであろう。遠は元来暁の民。炎帝神農の末裔である誇りを捨て、漢の民にへつらってどうするのだ。」

遠家の内部も、2派に分かれていた。哀帝の娘である祖母に付き従ってきた漢族の家臣団の派閥と、元来遠家に仕えてきた曽祖父以前の代からの暁の旧臣である。

「そもそも、美君様は過遇知を婿に迎えられ、遠家を継ぐ事が決まっておいでだろう。なぜ今さら東夷の日氏などの嫁にやらねばならぬのだ。」

会議は、漢族家臣団側に優勢に進んでいた。美君は、何もいえぬまま、そこに座っていた。いつも、こうだった。両方の血が入っている美君は、こうやって罵り合う家臣たちの間で、お互いの呪詛をただ受け続けることしか出来ない。

 一刻も早くこの呪詛から逃れたい。ここで、漢族側の意見に同意すれば場が収まる。いつものことだ。美君にはわかりきったことであった。美君が言葉を発しようとした瞬間。

「そも、伊舎那岐峰王は何と言われた。」

撥耶の声に、一瞬の静寂が訪れる。

「美君の意志に任せる、といったのだ。それも、我らが長、比士の提案に対してだ。この場で美君の意思を問い、それを承認するのが我等のこの場の役割だ。その是非を問う場ではない。」

「然り。流石はわが弟よ。」

満足げな面持ちで比士は全員を見回す。

「我ら遠氏はもはや天下の咎人となった。伊舎那から離れればまた寄る辺無き旅が始まろう。命の保障も無い旅がのう。その我らを、伊舎那岐峰王は輩と呼んでくださったのだ。わしは、彼らと供にこれからも歩んで生きたいと思うのだ。」

「とかく、美君の意思を聞こう。」

撥耶の声を最後に、静寂が場を包んだ。誰もが美君を注目していた。美君は未だ、答えに詰まっていた。ただ、岐峰の顔が頭に浮かんだ。どうすれば、彼を裏切らずに済むのか。美君の頭の中を、是と非の両方がめぐっていた。

「少し、休みを入れよう。いいか、兄上。」

その沈黙を破ったのは、撥耶だった。

「無論。四半刻ほど休憩を入れよう。それから美君の決断を聞こうではないか。」

その声を聞き、ぞろぞろと退出する一団の中から、美君は、撥耶に呼ばれ、外にでた。

その場に残ったのは、比士と遇知の二人だけであった。

「どこまで本気で仰っているのですか、主。」

遇知の声には、会議中抑え続けた怒りがこもっていた。

「ふむ、元来許婚であったお前からすれば確かに面白う無い話よ。しかし、それも美君の意思次第。悪く思うな。」

「そうではありません。どこまで本気で仰っているのか、と問うているのです。」

「どこまで本気か、などと。しつこく聞かずともお前が一番よく知っておろう。」

「…主。」

「我等の大望に必要なことよ。のう、遇知。」

扉の外、確かにそのやり取りは美君の耳に入った。固まる美君の手を撥耶が引き、連れて行く。中の二人に立ち聞きが気付かれていないか、美君は不安になりながら撥耶に付いていく。


美君は、休む人々から少しはなれたところに連れてこられた。他の一族のものに聞かれないように、ということなのだろう。

「兄様?」

一体どのような要件で呼ばれたのだろう。美君は撥耶の真意をはかりかねていた。

「いや、余計なことを言ったやも知れんな、と思ってな。」

「余計なこととは?」

「船の上でのことだ。」

美君の頭の中には、確かにあの時の言葉がめぐっていた。しかし、先ほどのやり取りを聞き、撥耶の言葉が確信をついているように思えてならなかった。比士は伊舎那を利用しての何かを企んでいる。

「美君、お前はこの2年でよく笑い、よく怒り、よく取り乱すようになった。それまでは、先ほどの会議にように押し黙り、何かをやり過ごすように生きていたというのに。」

それは、確かにそうだった。それが何故なのか、美君にはわかっていた。

「俺は、今のお前がきっと本当のお前なのだと思うよ。だから、今のお前のままで決めればいい。」

本当に言っていることが判らずに首をかしげる美君の頭を撥耶がポンと叩く。

「どうせ政治のことなど考えても答えは出んのだろう。難しいことは考えずに、お前がやつを好きか嫌いかで決めれば良い。」

その言葉に、会議中、いや、比士が最初に岐峰に縁談を持ちかけたときから抑えていた気持ちが、あふれた。それは熱い塊となってあふれ出し、美君の視界を歪めた。

答えなど、とうに出ていたことを、今さらのように思い出した。


 会議を終えた、夜。砂浜は星空に彩られた月に照らされ白く輝いていた。美君は、その砂浜に腰を下ろし、波音に耳を傾けた。

「…美君殿。」

どれだけ時間が経った後だろう。後ろから岐峰の声がした。それは直感に近かった。ここで待っていれば、岐峰はやってくる。その根拠の無い直感はこうやって的中した。

「…ここにくれば、会えるような気がしていました。」

「私もです。」

美君は、岐峰の言葉に頷きながら振り返った。

「岐峰殿。お伝えしたいことがあります。」

明日になれば、比士から岐峰へ承諾の返事がいくだろう。それよりも前に、美君は自分の思いを岐峰に伝えたかった。

「私は、貴方の妻になりたいと思います。貴方の側で、貴方と供にありたいのです。たとえ父が何を企んでいようと、私は、貴方の一番の味方でありたいのです。」

その先を言うことに、言葉が震える。

「でも、もし。岐峰殿が、本当は迷惑だと言うのならば、明日、父にそういってください。」

岐峰はあの場で、望むべくもないことだと言ってくれた。しかしそれが、政治のうえでの返事だったかもしれない。もしそうならば。美君は岐峰に拒否する選択肢を残しておきたかった。それが、どれだけ砂を吐く思いを伴うものであったとしても。

岐峰は、美君の手を取った。

「俺からも、言わせてください。貴方がいたから、この二年戦い続けることができました。この島に帰ってくれば貴方の笑顔がある。再びそれを見るために、生きて帰ろうと思えた。美君殿。俺は、これからも貴方の笑顔が見たいのです。」

お互いの手の暖かさが、お互いの心に沁みていく。

「婚姻のご承諾、本当に、ありがとうございます。美君殿。」

見上げると、そこには岐峰の真摯な眼差しがあった。心からの言葉だと、その眼差しが語っていた。

「ならば、もう殿付けはおやめください。美君、とお呼び捨てください、我がつま。」

「判りました。いや、判ったよ、美君。我が妻。これからは俺のことも、岐峰と呼び捨ててくれていい。」

「ええ、岐峰。」

婚姻の式はまだ先になるだろう。けれども、美君は心に決めた。今日この日を、この瞬間を、自分が伊舎那美君になった時として心に刻もうと。

繋いだ手を強く握り締めた二人を、ただ月と夜空だけが静かに祝福していた。


2.御柱の婚姻 あとがきに変えての大河ドラマ風解説。


ラブコメな本話でしたが、楽しんでいただけましたでしょうか。「わがつま」は古事記本文に出てきますね。妻の語源は「端っこ」。自分の反対側にいる相方って意味で遣っていたのではないかと思います。あ、ちなみに、本文中にでてくる「暁幸」「暁寇」は完全なる思い付きの駄洒落です。ですので、“「僥倖」の語源は騎馬民族制圧説からきとるんじゃけ”とか言ったら大恥かきます。だって実際は羌族ですから。キョウからギョウはなまりにくかろうと思うわけです。さて今回は徐福と秦氏(作中では巴太氏)のお話です。難しいことはいいよって人はやっぱり飛ばしてください。


この徐福という人は、紀元前三世紀ごろの秦の始皇帝に仕えた人だとされています。司馬遷の「史記」に曰く、始皇帝に「不老不死の薬を探してきてね」と言われて、子供沢山と技術者を沢山連れて東の海に船出して、そのまま帰ってこなかったといわれています。子供連れ去った詐欺師だといわれることもあるみたいです。アジア版ハーメルンの笛吹き男って感じでしょうか。

 「史記」には、蓬莱の地で王になったから帰ってこなかったいうことになっています。朝鮮の記録である海東諸国記には、考霊天皇の時代に来日したと書いてあります。

根拠があるんだか無いんだかも司馬遷の時代から1800年もたってますし、判りません。海東諸国記も1400年代の発行ですんで、事実関係なんて探れません。そこがしっかりしないもんだから、いろいろな所に徐福上陸の地を名乗る場所が出て来ます。

 これが全国各地にありまして、そのうちの一つが、京都府伊根町(作中では稲にしました。)なワケです。そして京都近辺を拠点としていた秦氏がいる、と。この辺は正直卵が先か鶏が先かって感じです。はたして本当に徐福が上陸して秦氏になったのか、秦氏が徐福の名前を利用したくて名乗ったのか。後世のまったくの創作ってところが一番可能性高いとは思いますけどね。

 秦氏の祖とされる弓月君が渡来したのは応神天皇のころ(西暦283年)といわれています。それ以前に秦氏が居たかというと激しく「?」です。

 しかしお話としては面白いので、西暦40年代に登場して頂いた次第です。

 さらに言えば、実際の拠点を東舞鶴北の半島の先端、地震で沈んだとされる凡海郷(おおしあまごう。これも実在は不明。)にすればさらに面白かったのかもしれませんけど、天橋立を出したかったので。拠点は宮津(作中では御屋の津)にさせて頂きました。

京丹後は歴史がいっぱい。フリーダウンロードのまち歩きアプリなんかもあるので、ぜひ足をお運びください(宣伝。あ、筆者は阪神間出身、在住です。でも丹後大好き。)。



さて、次のお話は「遠比士の淡島」。文章上で、やっと伊舎那岐、伊舎那美がそろい踏みましたね。次回はラブコメから一転、政治劇に戻ります。結婚式の裏で解き明かされる遠比士の野望とは?岐峰は、美君はどうなるのか、乞うご期待です。



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