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エピローグ 日に輝く月

 久留米の一村落。損蓮そんれんは夕日を眺めながら、ため息をついていた。疫病を避け、かろうじて生き残り逃げ延びた先でこの慣れた産婆の商売を始めたものの、このような客に出くわすとは思ってもみなかったのである。


損蓮の父は、楚明そみんと言った。弁韓は仁奈の金関で宿屋を開いていたが、兄弟との折り合いの悪さから金関を追われ、からがらこの蓬莱に逃げ延びてきたのだ。今の仁奈の領主である大王とこの奴国が友邦であると聞いて頼ってきたのだが、来てみれば奴国は二つあって、友邦はもっと東にあるという。


それに怒って金関に帰ってみたら、疫病で親戚が全滅したという。しょうがないのでこの久留米に戻り生業の産婆を始めたのであるが、まさか、このような客に出くわすとは。




若く、美しい女だった。顔立ちから、損蓮と同じ天津の民であろうとは思う。細かく言えば、大陸の顔立ちであろうかとも思う。とかく美しく、高貴な身なりをした女だった。


その若い女は、訪ねて来るなり、子どもを降ろしたいというのである。理由を聞いても答えない。


損蓮も堕胎施術の経験が無いわけではなかった。故郷でもそれを望んだものがいたからである。故郷の風習では、同じ腹から出た兄弟の子は畜生腹と呼ばれ、それを孕んだ母親共々に人間として扱われなくなる。それを恐れて、兄や弟の子をおろしに来る客が何人かは居たのである。そしてそういった客は、たいてい名を伏せる。


名を問おうとは思わなかったが、理由ぐらいは知りたい。身内の子を身ごもったのかと問うても女は、理由は言えぬの一点張りである。


とかく、人独りの命を奪う行為である。命は天から授かり物だと損蓮は思っているし、それゆえに己の生業に誇りを持っている。何とかして説得しようと頑張った結果、時間はもう夜半に差し掛かっていた。


しかし、女は頑として聞かぬ。いい加減に損蓮も疲れていた。


「もしかしたらさ、東の奴国にいきゃあ、あんたの心配事なんか気にしなくてもいいかもしんないね。」


説得に疲れた損蓮の漏らした言葉に、頑なだった女の姿勢が、揺らいだ。


「東の奴国は差別も無い、国津だ天津だっていがみ合うことも無い良い国だって聞くよ。戦の途中じゃ渡れないだろうけど、そっちに行ってりゃ、降ろしたいなんていわずに済んだかもしれないよ。」


冗談のように語ったその言葉に、女の表情がはじめて緩んだ。不思議そうにその顔を眺める損蓮に女は返す。


「いえ、なんでもないのです。そうですか、東の伊舎那は、差別の無い、良い国ですか。」


女はほろ苦い笑顔を見せた。泣き笑いのような笑顔を。


ふと、窓からの明かりに気をとられた。その時差し込んだ月明かりは、特筆美しく、女と二人、しばし見惚れた。


「あの月は、この子も、照らしてくれるでしょうか。」


ポツリと、女がこぼした。


「当たり前だよ、天が創って置いてくれてんだ。天は差別をしないからね。」


答えた損蓮の言葉に、ポトリと女は涙を流した。


 顔を伏せた女の嗚咽は、しばらく続いた。


「生みなよ、あんた。その子は、天からの授かりもんだよ。」


女は、その損蓮の言葉に泣きながら頷いたのだった。




 そして、それから1月の後の昨夜、女は損蓮のもとで子を産んだのであるが、今度は手元に置けないから引き取ってくれと言い出したのが今である。


「なぁ、あんた。折角腹痛めて産んだんだ。手放さなくてもいいじゃないか。」


頑として譲ろうとしない女の手には、愛おしそうに赤ん坊が抱きしめられている。子が可愛くないのではない。なのに手放すという。その理屈が損蓮には判らない。


「可愛いだろう、その子は。子供と離れて暮らすって本当に辛いことだと思うんだけどね。」


女は、言葉を受け、顔を上げる。


「可愛いからこそ、です。私の体に流れる血が、いずれこの子を苦しめることになろうと思うから。せめて、私の名と遠い所に置いてやりたいのです。」


女の言うことは、損蓮には皆目検討が着かなかったが、その意志の強い目を見ると、これは逆らえないということを流石に悟った。


「…判ったよ。その子はウチで預かる。大事に育てるよ。」


損蓮は、女から子供を受取る。子供はぐずる様子を見せない。強い子だ、と損蓮は思う。


「だけどさ、せめて名前は付けてあげておくれよ。」


女は、損蓮を見、そして子供を覗き込む。ふと、その顔を見た女は、顔を緩める。何かの面影を追うように。


「…岐峰。」


ポツリと、女がこぼす。愛おしそうに、こぼす。それは、恐らく子供の名ではなく、女が情を交わした男の名だろう、と損蓮は感じた。




 女は、美君は顔を上げぬまま、言う。


輝月かぐつき。日に輝く月の如く、希望に満ちた子であるように。」


きゃっきゃと、子供が喜ぶ。愛おしい夫の面影を残すその笑顔を眺めながら、美君は思う。いずれこの子と再びめぐり合う日が来るかもしれない。その時まで強く生きていこうと。


美君の心には二つの月が昇った。かつての闇を、己を責めさいなむ刃を祓ってくれた。暁と漢の血に苦しんだ自分と同じものを背負わせることになるやも知れぬ、いや、邪馬台と狗奴の血を継いだこの子に降りかかるものはさらに大きいものかもしれない。それでも、


この子が、いずれ自分と夫を、求め合いながらも相容れぬ二つの伊舎那を照らす月になってくれるようにと、祈るように願った。




Fin




2024年版あとがき


最後まで読んで頂いた方皆様に、心よりの御礼と感謝を。


この小説は。2013年脱稿、その後ジオシティーズのサイト、シセツショコにアップしていたものになります。

2020年ジオシティーズ停止に伴い、なろうのサイトに投稿を始めたものの、途中で止めたまま4年も放置してしまいました…。


こちらに関しては心よりのお詫びを申し上げます。


時の経つのは早いもの。11年前の自分の勢いを懐かしく感じながら最後までのアップを行ないました。

2013年版のあとがきには勢いのいいことをたくさん書いていまして、お恥ずかしいやらなんやら。

一応後に2013年版のあとがきとおまけもおいておきますね。


ちなみに。こちらを“フルコトの1”としているのは、無論、2、3、4のプロットがあったためです。

しかしながら。今回も相当危ないお話ですが、2.3.4と進むうちにもっともっともっと危なくなって行きます。

書くのかな、俺…。

まあ、なんというか、ライフワーク的に書き進めていく所存は、11年前から変更のないところ。

本業の脚本の合間合間に気まぐれに上がることもあるかとも思います。

よろしければまたお付き合いのほどを。


乱文ご容赦。

2024年3月22日

吉田業



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