6 二つの伊舎那(後編)
かろうじて館を脱出した岐峰らは、いまだ阿蘇の中にあった。
「今、どのあたりかわかるか、羅子。」
なんとか見つけたあばら家の中で問うた岐峰に、羅子は一瞬沈黙する。あばら家を通る風を読んでいるのだ。
「恐らく、北東に抜けたところであろうとは思いますが…。」
逃げ道としては間違ってはいない。何とか東に抜ければ、伊舎那領である伊予が見える。
「とかく、追っ手は撒いたようです。」
筑紫が、周囲を確認しながら言う。館から出た兵は、少なくとも周辺には見受けられなかった。
追っ手。その追っ手を放っているのが、他ならぬ妻、美君であること。それを思うと、岐峰の心に、刺すような痛みが走る。
「主。」
伏せた顔を上げると、羅子が目を覗きこんでいた。
「とかく、生きて淡路に帰る事が大事。奥方様のことは、考えられぬほうがよろしい。」
頭を振り、美君の顔を脳裏から追いやる。
「すまない。」
追いやりきれぬその最後の声から意識をそらし、岐峰は答える。
瞬間、入り口に人影が刺す。身を堅くしつつ振り返ると、そこに立っていたのは、一人の婢だった。
「だれだい?あんたたちは。」
兵ではない。剣にかけた手を緩める。
「旅のものです。道に迷ってしまい、空いた家で休ませていただいていました。」
筑紫が婢にそう答えるのを聞きながら、岐峰は周りを伺った。同じく羅子もそうしているのがわかる。この婢に指示を出している兵が潜んでいないかを確かめるためである。だが、いない。この女は敵の手先ではないということか。
「あぁ、そうかい。とにかくその物騒なものから手をお放しよ。おっかなくって仕方ない。」
女の言に従い、剣の柄にかけた手を離そうとしたその時、
あばら家の隙間。岐峰の目に、女が手を伸ばしている入り口横にある白刃の光が見えた。
「羅子、筑紫!」
女が槍を突き出すのと、岐峰の声を受けて二人が飛びのくのはほぼ同時だった。槍をよけたその足で入り口に走る羅子。女を斬るや、外に飛び出る。そして固まった。
岐峰もまた、女の屍を越え、外に出た瞬間、羅子が見たものと同じものを見た。
槍を構えた婢たちが、あばら家を囲んでいたのだ。
「若い男が三人、天津の顔だ。間違いないよ。」
中の一人、恐らく部隊を率いている女が声を上げる。兵がうろついていないことに安心していた。しかし、まさか婢そのものが兵であるとは岐峰たちも考えていなかった。
「あんた達、逃がすんじゃないよ!」
隊長らしき女の声を受け婢達の槍が襲い掛かる。
一本の槍が岐峰の前を通り、飛んでよけた先を突く槍をかろうじてかわす。頬に鋭い痛みが走ったが、気にしている余裕は無い。背後に敵の気配を感じないことを確かめながら、後ろに下がる。
「主!」
退路を確保したらしい羅子の声が、前方から聞こえる。その声に気をとられた女達の槍を切り落としながら、間をすり抜ける。
「筑紫は。」
「大丈夫です、着いてきてますよ。」
息は多少上がっているものの、筑紫は羅子の横についていた。
「羅子、囲みを解いたはいいが、どこに逃げる。」
聞きながら、岐峰は背後を探る。先ほどの女達はほぼ無傷のまま追ってきていた。
「こちらに!」
走りながら、何かを見つけた筑紫が、岐峰と羅子の手をつかむ。そのまま、岐峰らは倒れこむように何かに突っ込んだ。
目を上げると、山葡萄の弦と葉が、天然の幕のように視界を遮っていた。
女達が、その山葡萄の前で立ち止る。
息を殺し、待つその時間が永劫のように感じられた。
「消えるわけは無いんだ、他所を探すよ。」
女達が通り過ぎる。
岐峰がふと、息を着いたその時、馬のひづめの音が響いた。そして、犬の鳴き声。
「聞いたことがあります。火の国は、人を探すのに犬を使うと。」
声を潜め、筑紫が呟く。
やがて、
「犬どもよ、これがお尋ね者、伊舎那岐峰の匂いだ。覚えたらば、行け!」
恐らく、岐峰の匂いのわかるものを美君が持っていたのだろう。
「まずいな。」
羅子の呟きももっともだった。騎馬兵相手に3人ではあまりにも無勢。しかしここに隠れていることもできそうにない。背後には、密集した竹林が広がっているばかりで逃げようは無い。
「いや、竹林、か。」
筑紫がその背後を見やる。
「主、こちらを行きましょう。竹を切りながら行けば、道は出来ます。」
「なるほどな。」
そういいざま、羅子が得物を抜き、竹を切っていく。
岐峰の耳に、周囲から犬の鳴き声が聞こえ始めた。匂いを嗅ぎつけられたらしい。
「羅子、根元から行くな、できるだけ不均等に。道も真っ直ぐは切るな。」
同じく、竹を切りながら筑紫が言う。
「注文が多い。」
「とかく言うとおりにしてくれ。」
山葡萄の幕は跳ね除けられ、犬達が襲い掛かる。その背後には、馬に乗った兵達の大軍が控えていた。
犬達が、まず岐峰たちに襲い掛かる。岐峰と筑紫で何とか裁きながら、じわじわと下がる。
「こちらへ!」
筑紫の指示の意味は、羅子の声に従い入った竹林の中で判った。不均等に切られた竹は、剣山のように地面を多い、犬達の進みを弱めていた。あまつさえ、右へ左へと切られた道は、馬で入ることも許さない。
「なるほど、見事な退路だ。」
後は進みの弱い犬に対処しながら、竹を切り進めればよい。
そうして進んでいくうちに、
「まずい。」
羅子が声を発した。
筑紫が、目の前の一本を切り倒したとき、岐峰も確かにまずい、と思った。
目の前には、木の生えない円状の空間が広がっていた。そして、
「しゃがめ!」
しゃがんだ岐峰たちの頭上を、槍が突き抜ける。竹の向こうには、女達が槍を構えて立っていた。
「竹林に入ればいずれはここに出るはずだと思ってね。張らせて貰ったよ。」
声は、前方、隊長格の婢であった。その後ろに、馬を降りた兵達が続く。完全に、囲まれた形である。
今まで自分達の障壁としていた竹ぶすまが、退路をふさいでいる。
「ここで、終わりか。」
先に、岐峰の口を言葉がついた。じわじわと、後から実感としてその意味が広がる。
それでも、そう、それでもと。岐峰は思い直す。それでも、最後まであがく。それが岐峰の真情だった。
じりじりと迫る兵達を見ながら、岐峰は得物を握り締めた。
ふと、鼻を甘い香りが突いた。まさか、と岐峰は自分の鼻を疑った。疑いながらも、
「羅子、筑紫、息を止めろ!」
岐峰は、二人に向かって叫んでいた。
二人も、また思い出したのだろう。その鼻と口をふさぐ。その香りは、久留米の屋敷で嗅いだあの果実の香りだった。
兵も、女達も、犬でさえも、その香りに、力が抜けたようにへたり込む。
「こちらだ、こちらへ走れ。」
ささやくような声が岐峰らを誘う。その聞きなれた声を頼りに竹林を抜けた先、視界が一瞬にして開けた。
崖の下に広がる水面。その目の先に、伊予が映っていた。
どぼんと、人の飛び込む音がする。
「飛び込め!」
その声が、下から叫ぶ。岐峰は、迷うことなく、その海に飛び込んだ。
海水は冷たく、剣は体を水底へ引いた。上へ上へと伸ばした岐峰の手を、つかむものがある。その力に体を預けると、海面越しにその声の主の顔が見えた。
「…撥耶。」
別れてからそれほどの時間がたったわけではない。にもかかわらず、久留米で決別したはずの撥耶の顔。それが岐峰には懐かしく思えてしょうがなかった。
「早く上がれ。後二人引き上げねばならん。」
撥耶の力に体を預け、船の上に上る。船の櫂を握っているものも無論知った顔だった。
「…迂李。」
目が合うと、迂李ははにかんだように笑う。
「韓国で一緒に生死をくぐった仲じゃありませんか。やっぱりほっとけやしませんでした。」
撥耶も迂李も、これで火の国ではお尋ね者になるはずである。それを押して、ここにある。
「…すまない。」
申し訳なさに、岐峰は素直に頭を下げた。
羅子と筑紫も、船に上がる。
「撥耶殿、感謝いたします。」
羅子が撥耶に向かって頭を下げる。
「生き延びてみるものだな、岐峰。あの羅子が俺に頭を下げる様など見られるものだと思わなかったろう。」
からかうように言った撥耶の言葉に、羅子は憮然としてしまう。
「手助けには、礼を。常識を逸するつもりはありません。」
「あの果実の香りは、一体?」
気になっていたのだろう、筑紫が撥耶に訪ねる。
「大きな怪我を治療する際に、麻酔として芥子の実を燻した煙を使う。これは体の緊張を奪い、意識を混濁させる。」
何を言い出したのか、誰もわからぬまま、首をかしげる。
「吸い込みやすいように、この桃の香りに紛らせる。つまりは、そういうことだ。」
「だから、息をするなと。」
いち早く納得した筑紫が、撥耶に聞く。
「人だかりが壁になってくれたから、海風に流れずにすんだ。無論、ここでは使えん。さっさと行くぞ。」
迂李が全力で舟をこぎ始める。後方に、こちらを追う船団が見える。少しづつ距離をつめるその船団の先頭を見、岐峰は目を奪われた。
愛おしい、その顔。追い詰められた目でこちらを追う、美君の顔がそこにあった。
「美君…。」
岐峰の呟きに、迂李がふと手を止め、振り返る。
「姫様が…?」
「振り返るな、進め、迂李!」
思い直し、再び櫂を漕ぐ迂李。しかしその隙に詰められた距離の分、岐峰と美君は近づいていく。まるで、手を伸ばせばお互いの手が届くほどに。美君の手が岐峰に差し出される。
「岐峰、貴方だけでいい。こちらへ、私と供に来てください、岐峰。貴方を失って、私は生きてなど行けないのです。岐峰!」
手を伸ばしながら、美君が叫ぶ。その声が岐峰の心を千に切り裂く。自分とて、自分とて美君を失って生きてなどいられない。美君こそが、岐峰を支える光だったからだ。
だからこそ、
だからこそ岐峰は、美君のその手をとることをしなかった。
「民には、光が必要なのだ。俺にとってのお前がそうであったように、俺は、民にとっての光でありたい。この地に寄る辺無く漂うすべての人間を、照らしたいのだ。」
そう、あの日自分達二人の暗黒を払ってくれたあの月のように。
「曲がりやすよ、つかまってください!」
迂李の声と同時に、船が大きく揺れる。目の前に大岩のような島があった。この島を越えれば、伊予。伊予に入れば和久の船団がある。その島を越えれば、岐峰たちは逃げ延びることが出来る。
船は、その島の角を曲がり、島影に滑り込む。
「行かないで!お願いです、行かないで!!」
美君の悲痛な叫びが、周辺に木霊した。
迂李が手を止める。まるで何かに耐えるように、歯を食いしばる。
「迂李!」
「主、わし、わしゃあ、姫様がお可哀相で…。」
撥耶の叱責に、食いしばった歯の向こうで呻くように迂李が返す。美君の声は、いまだ周辺に木霊していた。
「岐峰、ここで別たれれば、球磨の奴国と伊舎那の、私とあなたの戦が始まってしまいます。私は、愛おしい伊舎那の民を、1日に1000人と殺さなくてはなりません。お願いです。いかないで下さい、岐峰。」
泣いている。岐峰にはこの言葉そのものが、美君の慟哭のように聞こえた。
「ならば、美君。俺は一日に1500の産屋を立てよう。その戦の最中であろうとも、民が子を生み育てることが出来る国を作ろう。平等で安らかな、俺とお前が夢見た国を作る。約束だ、美君。」
いつか、いつか遠い時の先で、その光景を愛おしい美君に見せるために。その時のために、岐峰は出来る限りの力強い声で、言った。
「俺は、やるよ。西を向けば、俺を照らす月が輝いているのだから。」
対岸に生きて美君がいれば、為せぬことなど無い。それは、今も、そしてこれからも変わりはしないのだ。
どこまで伝わっただろう。岐峰にはわからなかったが、少なくとも同じ船の上にあった同志たちはその言葉を胸に刻んでいた。
「大王様、いきやしょう。」
決然とそう言ったのは迂李。再び櫂を手に取り、船を進める。美君の慟哭が、遠く離れていく。別れではない。岐峰は、自分にそう言い聞かせた。いつか、いつか必ず。再び笑って会える日が、来るはずだ。いつか、きっと。
島を越え、細い岸壁沿いに船は東に進む。
撥耶は、船底にあった弓矢を手に取った。鏑矢は音を立てて東の海に飛んでいく。
やがて、東の海から船団が見えた。和久である。
「岐峰。よく、無事で。」
船を寄せ、直に岐峰の顔を見た和久は、安堵のため息を漏らす。
「美君を、連れて帰ることは出来なかったよ、和久姉さん。」
その報告を為さねばならない事が、何より岐峰には辛かった。
「…そう。」
和久は、それ以外に何も言わなかった。慰めも、叱責もない。それがとても温かで、岐峰は、押さえていた目頭が熱くなるのを禁じ得なかった。
「迂李、このまま大王を淡路にお届けし、そのまま向こうで暮らせ。」
撥耶が、迂李に云う。
「主、そりゃあ一体、どういう…。」
「船はもらうぞ。帰らねばならんからな。」
そう言って、迂李を和久の船に追いやり、撥耶は櫂を手に取った。
「和久殿、あとはお任せする。我が臣、兎迂李ともども、無事に淡路までたどり着かれよ。」
そう言い残し、また火の国に向かって舳先を向ける撥耶。
「撥耶殿、またあなたは、死地に向かわれようと云うのですか。」
和久が、撥耶に問いかける。
「帰るだけだ。死にはしない。」
それは、嘘だった。おそらく火の国に戻った撥耶にはおそらく処刑が待っている。彼らが伊舎那を、奴国を名乗る以上、淡路にある岐峰を偽物とし続けねばならない。そのうえで、岐峰の生存を知り、玖久智のやりように反対した撥耶を生かしておくはずがない。だからこそ、撥耶はここで迂李を預けたのだ。
「貴方とお会いする時は、いつも別れの時なのですね。撥耶殿。」
和久の口調は、ほろ苦かった。
「そういう縁なのであろう。」
そう言って、撥耶は櫂を握る。
「教えてくれ、撥耶。」
岐峰の声がその手を止める。
「お前は、いつも俺に甘いという。その甘さは、俺も今痛感している。その俺を、こうして助けたのは何故だ?」
吐き出すように、ぶつけるように岐峰は問うた。
「その言いようが甘い。」
流すように、撥耶が言う。
「情で真っ向からぶつかり、本音をぶつけて相手と渡り合うなどと言うのは政の上では下策中の下策だ。国を動かす、人を動かすのにかような策でなるはずがない。」
岐峰は、その言葉を重く受け止めた。自分ひとりの我がままで、羅子と筑紫を危険にさらし、ひいては、自らごと伊舎那を危機にさらした。誰しもが岐峰を諫めていたと云うのに。
「だが、」
撥耶が漏らす。
「そういうお前が作る国は、きっと優しい国なのだろう。それを、見てみたいと思った。その思いにあらがえなかった時点で、俺もまだまだ青いということだ。」
撥耶はまた櫂を握り、船をこぎ出した。これで、本当にもう会うことはない。岐峰の心を、撥耶の最後の言葉が打っていた。ならば、ならば、と。
「ならば!」
岐峰の発した声に、撥耶は止まることはない。
「共に来てくれ、撥耶。伊舎那には、お前が必要なんだ。」
その言葉は、かろうじて撥耶の手を止めた。
「忘れたか、遠は火種だ。またその内に火種を抱え込もうと云うのか。」
「お前が言ったんだ。遠をその身に飲み込めと。」
岐峰は、撥耶に語りかける。それは祈りに近かった。
永劫とも、刹那ともとれる時間の末、船の舳先が、岐峰たちに向く。たどり着いた船の上で、
「大王の御意のままに。」
撥耶が膝を折り額づいた。
「撥耶。」
「命に背かぬと、誓ったからな。」
顔をあげ、ため息と共に撥耶が言う。
全てが上手くいったわけではない。多くのものを失った。それでも、それでも自分は一人ではない。その思いが岐峰の背中を押していた。
和久が、撥耶を立たせる。迂李がおいおいと泣き始める。けして、自分は一人じゃない。その思いを、きっと撥耶にも感じて欲しい。そして、美君にも。岐峰はそっと願った。
伊予の沖、海上の海風が、岐峰を、撥耶を包む。この海に隔たれた美君を、岐峰は思った。その声と、あの暖かさをけして忘れぬようにと。
四方の境での別れの後、淡路伊舎那は国の体制を一新した。提羅子、筑紫、遠撥耶ら天津の臣に、国津の名を名乗らせたのである。これはあくまで帝国の家臣であることにこだわる球磨奴国に対する、思想的な主張でもあった。
これにより、提羅子は天照氏を名乗り巴太領の南部、武庫以西、難波から河内にかけて治めた。そのさらに南の木の国は、建速氏と名前を変えた撥耶が入り、開拓と同時に南から防備を固めた。
田丹羽の巴太と合わせ、淡路を取り囲み、いざという時に兵を送れる体制を整えたのである。
月読氏と名を改めた筑紫は、本人のたっての願いもあり、球磨奴国との境界、穴戸に領地を置いた。
「どのような戦の折であっても、対話の機会は必ず訪れるはずです。私は、それを信じて待ち続けます。」
淡路から穴戸に旅立つ際に、筑紫はそう言った。それが、筑紫の戦いなのだろう、と。岐峰は頷いた。
見珂布津は、過遇知の乱での功績を認められ、巴太の家臣から独立した一豪族、建布津氏として淡路の防衛についた。
迂李は鳥船氏を名乗り、淡路での防衛と、船の整備、船団構築の任に就いた。韓国行きを為した頑丈な船が、続く戦で大きな戦力となる事は間違いがなかった。
和久は弁韓の香螺本国と相談のうえ、蓬莱に残る事となった。湧産日氏と名を改め、伊予の沖に続けて常駐することとなった。これは、伊舎那が香螺の全面的な支援を受けているという内外へ表明する結果となった。
大陸が正式な印綬の発行を迷う中、巴太、香螺と結んだ伊舎那はより強固な体制を作ったかに見えた。だが、それがより国内の反発を招いたのも確かであった。
まず乙宇目が、続いて大杜志、足納槌が反伊舎那を掲げ反旗を翻した。“大和の伊舎那は偽の王である”という旗を掲げて。
一度はまとまったかに見えた伊舎那はこれを以て再び戦乱に突入する。各豪族が、球磨奴国、狗奴国につくか、大和伊舎那、邪馬台国につくかでそれぞれに割れたのである。蓬莱は、二つの伊舎那を軸にした、大きな戦乱の嵐に巻き込まれた。
この戦乱と、二つの奴国が並び立つ現状が、大陸からの正式な印綬の発行を20年余り遅らせる。
そう、まさにここに、大陸の正史に見える、倭国大乱の時代が幕を開けたのである。
6 二つの伊舎那 あとがきに変えての大河ドラマ風解説。
エビかずら(山葡萄)もへて、筍(竹林でしたが)も経て、桃(香りだけでしたが)も経て、黄泉返しが終わりました。
残す所はエピローグ、という状態ですが、ともかくもその前に箸休め的にあとがきです。「もうたまらん!ウチたまらん、我慢できん!!!」って人とか(いるか知らんけど)は、スルーしてエピローグへどうぞ。あ、そうだすんません、エピローグタイトル変えます。あ、そうそうちなみに今回は伊舎那天と伊舎那岐大神の関係についてです。
伊舎那岐大神と伊舎那天を同一視したので有名なのは、鎌倉末期、北畠親房の神皇正統紀ですね。それ以外にも室町時代のお坊さんが書いた辞典、あい嚢鈔、(「あい」は土偏に蓋)にも記述があります。
1話「伊舎那の民」でも少し触れましたが、伊舎那天はサンスクリット語でイシャーナ。どこかでシヴァ(自在天)と同一視されたりもしますが、それもこの人が他化自在天という天部の主だからです。
ちなみに、この他化自在天。天上なのにまだ欲に縛られている人たちの住む六欲天と呼ばれる部署の最高位、第六天とも呼ばれます。ちなみに、六欲天の第三天は夜摩天、または閻魔天です。そこの主はもちろんのごとく閻魔大王であり、インド史上最も古い王とされるヤマさんですね。
第六天の主といえば有名なのは、伊舎那天ではなく、波旬の方。あ、名前は出てきませんけど、織田信長が名乗ってたあれです。第六天魔王。
この第六天では、他人の快楽を自由に自分のものに出来る、との事らしく。目を合わせたらエッチした気持ちよさ、子供は欲しかったら膝の上に現われてくれるというフリーダムな天国。
そこの主と天皇家の祖神を同一にすると云う大胆な行為はさすがの織田信長もしなかったため、神皇正統紀と、仏教よりの書物以外にはあまり採用されなかった意見ではあるのですけど。そこはほら、当方、ファンタジーなんで。ちょっとやってみちゃったわけです。
受け取り方をポジティブに変えたら、誰とでも恋愛出来て、誰との間にも子供を作れるって事になりません?岐峰たちの目指す平等の国家に近いような気もするじゃないですか。(無理やりか…。)
さて、どのような物語にも終わりがあります。それがどんな悲劇的な終わりであろうとも、書き手はそれを最後まで書くのが仕事です。出来事のオチはつきましたが、まだ、美君と岐峰の心の問題が残っています。
ここまでお付き合いいただいた皆様。出来れば、どうか最後までお付き合い頂ければ幸いです。エピローグ「日に輝く月」です。




