同期と。
第1章 洗練
ーーー「生徒」それはかつて、
"少年"だった者たち。
《中学卒業》
ー卒業式後の帰り道ー
「中学校の3年間もあっという間に終わっちゃったね」
ショートカットで華奢なその彼女は、いつもの帰り道を歩きながら僕に対してそう呟いた。
「あっという間と言えばそうだな。俺は色々とあったから多少は長く感じたが。」
「えー?私といるのがそんなに大変だったってこと?」
「いや、そういう訳じゃないけど。」
正直なところ大変だった。彼女の家は僕の家とは真逆なのだ。直線距離にして約4km。その中間地点に中学校がある。
彼女を家まで送り届けて僕が家に帰るには6kmも歩かなくてはならない。それを中学2年生の春から卒業の今日までずっと繰り返している。
まあ、それだけが大変だった訳ではないが…。
「本当に県外の高校に行っちゃうの?」
歩きながら、まっすぐに前を見ながら彼女はそう言った。
「行くよ。まあ、二度と会えないって訳じゃない。長い休みには帰ってくるさ。」
僕は彼女を見てそう言った。
「そっか、じゃあさ私の誕生日には連絡してよ。どんなに疎遠になったとしても誕生日には連絡して。」
「誕生日と言わずいつでも連絡できるときにすればいいんじゃないのか….?」
「それはイヤ。」
「…なんでだよ。じゃあ俺の誕生日にも連絡してくれな。」
「イヤ。」
「….そうか。」
彼女は唐突に不機嫌そうな顔で答えた。なにか怒らせるようなことでもしただろうか?女というのはよく分からない。
「向こうに行っても頑張ってね、応援してる。私もあなたも春からは新しい生活が始まるし新しい人間関係も始まる…。神奈川に行くんだっけ?高校生にその距離は遠いよ。」
彼女の言わんとしていることは何となく察した。目の前の女と付き合っていた時期もあったが今ではそういう訳ではない。それに所詮は中学生だ。ここは広島で僕が行くのは神奈川。高校生には果てしなく遠い距離だ。
「遠いのは分かってる…。なんて言えばいいのか分からないけどお前はお前で青春やってくれ。」
「申し訳ないけど、言われなくてもそうする。」
「…….。じゃあ、またな!」
「うん、じゃあね」
気がつけば彼女の家にまで来ていた。立ち話をするわけでもなく呆気なく別れを告げた。何日もこの通学路を一緒に帰ってきたが今日はとびきり早く着いたような気がした。
来週には広報官が来て僕は見知らぬ神奈川の地へ行くことになる。不安もそうだがこの時の僕の不安なんて甘ったるいものだったと、まだ気付くことが出来なかった。
ーーー1年後ーーー
「丸山、俺たち何でこんなところ来たんだろうな」
約6畳の居室、時刻は日曜日の午後四時、比較的ゆったりした時間帯、二段ベッドの上に寝転びながら僕は同期の丸山にそんな事を聞いていた。
「そりゃ、志願して来たからやろな。当たり前過ぎること聞かんといてくれる?」
二段ベッドの下で大阪出身の丸山は、疲れた様子で僕に言葉を返した。
「そういう話じゃなくてさ…。こんな事になってる学校だと思わなかっただろ?あまりにも理不尽が多過ぎるだろ。」
「この学校で3年間終わらせれば陸軍で出世コースなんやろ?それに"部隊"へ行けばチヤホヤされて楽な生活が出来るって噂やしな。辛抱やで。」
「その話も本当なのか?今の扱いから見て夢物語にか聞こえないぞ…。俺たち"生徒"がチヤホヤされるなんて到底思えない。」
「来週には2年生になるんやからテンション上げていこや。また同じ区隊なんやしな。」
(区隊とはクラスのようなもので30人前後で構成され、11個区隊に分けられている。)
ここは、陸軍少年工科兵学校。日本で唯一の下士官養成校であり、世界で唯一の正規軍少年兵集団である
受験倍率は例年30倍以上であり、狭き門である事が伺える。しかし、その実態は…。
「俺たち1年のときは散々職員に殴られ、部活で先輩からも殴られただろ?この先、殴られるだけで済むのか不安しかない…。」
「なに君ビビってんの?そんなんで軍人務まるの?」
「ビビってるとかじゃない。軍隊とは確かに殴られたり怒鳴られたりするものだとは思う。でも、ここは何かが異質な気がしてならない。」
「まあ、それは俺も思うことあるわ…。ツラいときは思考停止!それが一番やろ。」
「思考停止は逃避でしかない…。現実から目を背けているだけだ。」
「じゃあ現実と向き合ってどないするの?今のこれを打破できるの?残念やけど無理なことってあると思うねんなー。ま、そんなことより食堂の不味い飯を食いに行こや。食わんとまた無駄に殴られるで。」
「…そうだな。行こう。」
僕と丸山は兵舎から出たすぐ隣にある食堂へと向かった。来週には二年生。どんな生活が待っているのかは2人とも少なからず勘付いていた。