新居は事故物件?
中央広場から南街道を進んだところに確かに広場があった。中央広場ほどではないにしろ, そこそこ大きな広場で中央には一本の広葉樹が植えられていた。
「ここだな, 入るか。」
リューが開けた先にはカウンターや机が整って並べられており, 大きな階段が左右に置かれ, 広い空間に観用樹が並べられていて, 事情に素晴らしい空間になっている。ただ一つ, シャツ姿の男性が怒号を発していなければ。
「おいこら, あんたら舐めてんのか! もっと安くせいや。」
「いえ, お客様これ以上は無理です。」
「むりじゃねえ, するんだよ!!」
シャツ姿の男の隣には, 筋骨がしっかりした筋肉質の大きな男が机を叩きつけ, 受付の女性を脅している。
「で, でも..」
と, リューがその男たちに向かって何事もないかのように歩き出した。
「お兄さんら, どうしたの?」
「てめぇ誰だ?」
「何の用だよ? ぶっ飛ばすぞ!!」
「私はリューと言って, ここに家を買いに来たの。」
「名前なんぞ訊いてねぇ!」
そういって, スーツ姿の男はファル達を睨み付け, 筋肉男にいたっては今にも殴り掛かりそうだ。
「まぁまぁ。そこのお兄さんもね, 座って落ち着いてね。」
ポン とファルが筋肉男の肩に手を乗せると,
ドンッ
筋肉男の巨体が床に尻もちをついた。それもそこそこの速度で。
地面に打ち付けられた彼の表情には戸惑いの表情が浮かび, 立ち上がると同時に怒りで顔が真っ赤になっていった。
周囲で様子を窺うようにしていた他の客も物音に, そして目の前で起きたことに驚きどよめいている。
「てめぇ!! 何をした!! 喧嘩を売っているのか!!」
「何って, 肩に手を添えただけだよ?」
「ふざけるな!! 殺してやる!!」
筋肉男が短絡的かつ感情的な思考の結果, リューに殴りかかってきた。
実際のところ, リューはふざけていないのだ。彼には管理者権限が付与されている。
よって, リューが行う行動は世界によって確立された現象であり, 言い換えれば世界の摂理であり, たかが筋肉を鍛えたくらいの人間ではそれに抗う事は不可能なのである。
それに抗う行為は, まさに遺体に薬を投与する行為のようなものである。原因があるから結果があるのではなく, リューの行動という結果があるから, それを世界が現象化し原因とするのだ。
それを, 彼は先程中央広場でおいしそうにラトンケーキを頬張るミャアから聞いていた。当然, リューが意図的に例外も生じさせられるので, 誤って怪我を負わせてしまうということは無い。
「はぁ...無駄なことを。静かにして?」
ドス バタン
リューは間髪を入れず腕を振りかぶり, 筋肉男の腹部に衝撃を与えた。わざわざ振りかぶる必要は無いのだけれど, そうしておかないと変な評判が立ちかねない。
もちろん巨体は身体に受けたダメージに耐えきれず, その場に崩れ落ちた。
「なっ, ドランを一撃で沈めただと..!?」
「ふんっ, 今日はこれで帰ってやる。感謝しろ!!」
「え? お兄さんも逃がさないよ?」
「は!?」
ドガン
今度はスーツ姿の彼の背中に手を添え, 床に叩きつけた。背中を押された彼の身体は, 床にかなりの速度で引き付けられ, 痙攣を起こしながら伸びてしまっている。
二人が伸びて床で寝始めると, カウンター裏からでてきた男達が彼ら二人を縛り上げていった。彼らもこの状況に何とか対応しようとしていたらしい。
周囲の人達も目の前の減少に驚き, がやがやと会話を始めている。彼らの表情は三者三様であったが, 会話の内容は共通してリュー達の事であった。
「リュー, 早速面白いことしたじゃん。作者として嬉しいよ。」
「あなたは私の保護者か何かい。」
「私は息子の成長を見れて嬉しいよ。」
「ミャアに育ててもらった記憶はどこ探しても見当たらないなぁ?」
ミャアとリューが何も無かったように冗談交じりの雑談を始めていると, 先程脅されていたカウンターの女性が話しかけてきて,
「ありがとうございます。」
「ん? いや別にいいよ。気にしないで。」
「失礼ですが, 二人は騎士様ですか?」
ミャアとリューは二人して一瞬ぽかんとした顔をしたあと笑みを浮かべて,
「はははっ」
「くすくすくす」
「え? お二人して笑って, 私何か変なこと訊きました?」
「いやいや, すまない。そういう訳じゃないんだ。」
「別に俺たちは騎士なんかじゃない, ただの観光客だよ。」
「失礼ですが, 観光客にしてはあまりにもお強いので..。」
「そう? そういってくれると嬉しいよ。ところで, ここには家を買いに来たんだけど頼める?」
「は, はい。すぐに対応します。お掛けしてお待ちください。」
さすが大きな協会の受付嬢といったかんじで, すぐに気持ちを切り替え, 手早くデスクの整理を始めていった。
「申し遅れました。私, イースタント協会理事のモネラータと申します。どのような邸宅をお探しでしょうか。」
「いや, 邸宅って程のものは要らないんだ。ミャア, どんな家が良い?」
「んっとね...庭付きの静かなところ。」
「じゃあ, そんな感じの家を紹介してくれる?」
「はい, かしこまりました。」
そういって彼女は幾つかの家を勧めてきたが, そのどれもがそこそこ大きな家で豪華なものであった。
簡素で静かな家を望むミャアとリューにとっては中々好物件とは言い難かった。
こんな目に騒がしい所じゃなくていいんだよなぁ...。
やっぱり元々済んでいたところが田舎だからか, 落ち着いたところが嬉しんだけど。
と, ファルの目に一軒の家が止まった。80坪の木造コテージに300坪の庭がついている。辺りは草原で小川が流れ, 日当たり良好。
「おぉ, ここでいいじゃん。意外と値段も安いし。」
「えぇっとですね。大変申し上げにくいのですが, そちらは事故物件となっておりまして, 幽霊が出てしまうそうなんです。」
彼女は, 申し訳なさそうに いわゆる事故物件であることを伝えてくる。
「そうなんだ。別にいいよ, それで。」
「わかりました。それでは手続きを始めさせていただきますが, 本当によろしいでしょうか。」
「うん。」
「はい, では少々お待ちください。」
『はい』とは言いつつも彼女は訝しむような疑問的な表情を浮かべている。それもそのはずだろう。
自画自賛するわけではないが, 先程あれだけ強者ムーヴをした後に, 物件の視察すらせずに事故物件を買い求めれば誰だって真意を探りかねるに決まっている。
~ A few Minutes later ~
「こちらに, 必要書類の準備が出来ました。土地・建物代, 手数料等の諸費用を含めて請求額は白金貨2.2枚です。」
「はい, ちょうど。」
革袋から白金貨2枚と白銅貨2枚を出し手渡す。
「確かに受け取りました。即日引き渡しですので, 本日より所有権が移行します。ご契約, ありがとうございました。」
「じゃ, ありがとう。」
「おまちください。」
「ん?」
ミャアとリューが椅子から立ち上がって出ていこうとすると, モネラータが2人を引き留めた。焦っている感じではないので, 緊急性はなさそうだ。
「ご希望でしたら, 協会で御宅まで馬車でお送りいたしますが。」
「ミャア, どうする?」
「明日の朝で良いんじゃない?」
「そうするか。」
「明日の朝にお願いすることは出来ます?」
「はい, 可能です。では, 馬車を用意しておきますので, 明日午前中にお越しください。」
~ A few Hour later ~
2人は協会を出た後に, ホテルに戻った。当然のようにラトンケーキを買い足していたのは言うまでもないが, 強いて書くなら色んな種類のを買ったことと, 屋台のお兄さんに流石に驚かれたこと位。
陽が沈むのが早い地域なのか, 建物を出たときには茜色の空になっていた。だが幻想的なことに夕焼けは長く続いていた。
彼等の泊まった宿屋は高級そうな印象に反せず, 非常に素晴らしいサービスを提供した。野菜と魚介が中心のディナーであったが, 淡白な味で素材の味が堪能できるうえ, 絶妙な味付けが貧相さは一切感じさせず寧ろ洗練されたものの様に感じる。
借りた宿屋は全室にシャワーが設備されていて, 順番に浴びることにした。
「リュー, 一緒に浴びる?」
「何を言ってるんだ..。」
「えぇ...つまんないなぁ」
ミャアはシャワールームから顔を覗かせて, からかうように話しかけてきた。彼女の中性的な外見であのようなことを言われてしまうと, やはり戸惑いを感じざるを得ない。
この行動の原因はディナーで出されたワインだろう。本人的にはアルコールに強い体質らしいが, 度数が高いにもかかわらずフルーティな味がしたため多く飲んでいたのだ。
更に気疲れもあったのだろう, 眠くなっているときに酔ってしまえば, 本人も思わないことを話していても何らおかしくない。
彼女が出てきてすぐにベッドへ入った事も, 次の朝日が昇るまで熟睡していたのも想像に難くない。
~ Next Morning ~
朝日が昇り部屋が明るくなって少ししてから, 2人は目を覚ました。ミャアが起きるのを面倒くさがったのは予想道りで, 今日からの新居で好きなだけ寝ていいよ。といって何とか起こした。
朝食はシンプルなもので, 軽いものだった。2人はチェックアウトを済ませ, 協会に向かった。
そこには, 黒樺と金色金属で造られた馬車が待っており, 黒馬にひかれて30分位をかけて新居まで向かった。
「到着しました」
その家は草原の中に立っていたが, 協会から30分程度の距離なので都市を目視することができ, 耳をすませば街の音も聞こえてくる距離である。
草原の中に綺麗に整えられた煉瓦敷きの道が走っており, その道沿いに丸太で組まれた木造の平屋コテージが佇んでいる。一部が盛り上がり二階建て構造になっているので, 厳密には平屋とは違うが, 雰囲気はまさに山のコテージそのもの。
到着すると御者が馬車の扉を開けた。彼は黒色のスーツに身を包んだ整った格好をし, 年相応の風格と趣を感じさせる中年男性である。
「ありがとう。」
「いえいえ。それでは私はこれで失礼します。」
馬車は来た道を辿って帰っていった。
「じゃあ, とりあえず幽霊の正体を探るところからだな。」
「リューも中々面白いことするね。」
「まぁ, ミャアにとっても悪い話じゃないでしょ?」
「まぁね。」