#3遥月は勘違いする
榊原湊は扉の前に立っていた。
入学式が終わってから数十分経過していて、廊下に人影はない。
この状況、教師が通りかかれば教室へ入れと催促されることだろう。
「ふぅ....」
深呼吸をしていざ、教室へ。
「...」
教室内の人間全ての目がこちらを見てくる。
自分の席と思わしき席につくのもつかの間、
また扉が開き教師が入ってきた。
湊はそんなことにも気づかず固まっていた。
そう、この男、遥月が思っているような人間ではない。
簡潔にまとめるならチキンである。
「おーし、全員いるなー」
教師は自分の頭を名簿でポンポン叩きながら教壇へ。
「これから一年間このクラスを受け持つことになった綿毛結菜だ。よろしく」
「...」
入学早々反応を返せる者がいるはずもなく、静寂が訪れる。
「いやー、いかんな、いかん」
腕を組んで頭を左右にふる。
「よし、時間はまだあるから業務連絡の前に自己紹介といこうか。そうだな...よし、そこからだ」
※ ※ ※
ビシッと先生が指されたのは窓際一番後ろの私...ではなく、廊下側一番前の男の子。
それにしても、この方、微動だにしませんね...
自己紹介が進む中、ちらりと横を見る遥月。
そこには教室に入ってきたときと同じ姿勢の湊がいた。
当然、放心状態になっていることを遥月が知っているはずもなく...
「よーし、じゃあ次はお前だ」
湊の前の席のこの自己紹介が終わり、湊の番となる。
「...」
?この方聞こえているのでしょうか?
「おーい」
先生も不思議に思ったようですね。
「...」
あ!
もしかしてこの方、耳が聞こえないんじゃ...
それなら教室に入ってきたときの女子の声が聞こえていないようだったことにも納得がいきます。
遥月は聞こえていないなら教えてあげようと肩を人指し指でつつく。その瞬間、
「うわあぁ!?何!?」
大きなリアクションを取られてしまったが、それを無視して遥月は自己紹介の順番が来たことを伝える。
「え?なに?」
あれ?伝わっていませんね?
遥月は耳が聞こえないならと思い手話をしていた。
小さい頃から色々なことを教えられてきた遥月からすればこれくらい朝飯前なのだ。
「自己紹介だ、次は君だ」
と、ここで先生からのアシストが入りましたね。
でも耳が聞こえないから意味無いですよ。
「あ...はい」
「あれ?聞こえて...る?」
「お、おう」
「耳が聞こえないのでは...」
「聞こえるけど...むしろ良い方」
「じゃあ私の勘違い...ううう!恥ずかしい...」
全てが自分の勘違いだと気付いた遥月は顔を隠すように手をやる。
「えっと、なんか、ごめん」
静かなのが痛いです!