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彩どり  作者: 葉良頃
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君と先生がくれたもの

 高校三年の春、今日も僕は駆けていた。

 僕の通っている高校は創立12年目とまだ日の浅い学校である。だが、その日の浅さからは想像できないほどに、部活動が活発だ。特に、僕の所属する陸上部は、ここ5年間インターハイに出場する選手を輩出し続けている。

 中学校から陸上をはじめた僕だったが、県大会の壁を越えることは出来なかった。。それは悔しかったが、決して陸上をするために、この高校を選んだわけではない。家から一番近い公立高校がここだったというだけだった。

 中学の時の専門は短距離だったが、先生の勧めもあり、走り幅跳びに転向した。

「また、速くなったんだね。」

と、声が聞こえる。彼女、汐留逢花は同じ走り幅跳びの選手だ。小中とサッカーで培った脚力で、短距離にも引けを取らないほど足が速い。

「ありがとう。そういう君はまたごつくなったな。」

肩を拳でこつかれた。こんな冗談が言えるようになったのは、彼女のおかげだろうか。


 小学校を卒業した僕は、父の転勤に付き添う形でここに越してきた。もともとコミュニケーションの得意ではない僕は、小さいときからあまり人に馴染めなかった。中学校に入っても、やはりその性格はかわることはなかった。そんな時に出会ったのが、この汐留だ。

 汐留とは、同じ中学だったが、同じクラスになることはなかった。サッカー部やバスケ部など、運動部は夏になると、駅伝に召集される。中一の夏、それが最初の出会いだった。誰にでも気兼ねなく話しかけ、自由奔放な彼女の姿は、少しずつ僕の世界を変えていった。干渉的な彼女の姿勢は、僕と彼女の距離を一瞬で縮めたのだ。

 自分にないものを持つ彼女に触れ、少しずつ変わっていく僕だったが、世界を変えてくれたのは、彼女だけではない。そう、もう一人僕の世界をこじ開けてくれた人がいるのだ。 


 県内でも、都市部とは遠くに位置する僕の中学校は、部活動は決して強いとは言い切れなかったが、熱心な先生が多かった。特に、陸上部は週六日間きっちり指導してくれた。そんな熱心な先生は、いつも一人の僕を心配して、よく話しかけてくれた。

「調子はどうだ?」「朝飯食ったか?」「相談したくなったら、いつでも来いよ。」

と、声をかけてくれる先生を僕は段々と慕うようになってきた。

中一から中二になったとき、練習メニューに全体練習が多く含まれていることが多くなった。必然的に、仲間とのコミュニケーションが多く取れるようになり、仲間と打ち解けるようになった。短距離ではあったが、学校全体で取り組む駅伝は強制参加であったため、汐留と関わることも多くなっていった。

 先生が誰も一人で練習することのないように配慮してくれたのかもしれない。毎日のように顔を見合わせた僕と先生。先生に悩みを打ち明けていたのもこの時期からだ。だからこそ、どうして先生の悩みに気付けなかったのか、と今でも悔いている。

 

 小さなことから、なんでも気がつく先生は人の感情の起伏や悩みに人一倍敏感だった。人の心によく気が付く先生は自分の精神状態にはうとかったのかもしれない。僕が中二になった当時の先生は、教師としては日が浅かったが、その熱心な姿勢をかわれて、陸上部兼駅伝部顧問に中三の担任をしていた。週六の部活動に加え、生徒の相談を決して蔑ろにしないため、先生に自分の時間はなかった。そこに進路の相談が入ってきて、遂に先生は限界だった。

 その日、初めて先生は生徒を蔑ろにしてしまったのだ。中三の模試の結果に落胆した青年は、相談を懇願したが、拒否されたことで、バイクで暴走。暴走の果てに、全治2ヶ月の怪我を負った。

 これが問題となり、先生は上からの圧力を受けた。そして、青年の両親からの叱責の言葉、担任の責任を果たしきれなかった自分への嫌悪。疲れきった先生の心を折るには、十分なものだった。


 それから、先生が学校に来ることはなかった。都内の病院に入院しているという話は聞いていたが、行こうと思うと足が重く、赴くことは出来なかった。


 そして、迎えた中三の夏。地区予選を抜けて、意気込んで迎えた県大会だったが、県の壁は厚く、予選敗退に終わったのだった。県大会が終わると、地方大会に向けて練習する者、駅伝の練習に参加する者、受験にシフトする者と、大半はこの中のどれかに属していた。

 僕は駅伝の参加を決意していた。総体でのやりきれなさをぬぐうように、先生にいい結果を報告出来るように。また、心のどこかでは、汐留に対する想いが、僕をここへ追いやっていたのかもしれない。当時の僕は、そんなことは考えていなかっただろうが。

 


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