そらのそこのくに せかいのおわり 〈 vol,09 / Chapter 08 〉
七月二十九日、深夜零時三十分。
人通りも絶えた真夜中の国道沿いに、コンビニの明かりだけが白々と灯っている。
ガラス越しに店内を覗けば、そこには十代後半か二十代前半の男女が一組。マルチコピー機を操作し、写真か何かをプリントしているらしい。
「……ダメか……」
店員を呼びつけてああだこうだと大騒ぎしている。この時間帯、この店の店員は一人しかいない。今ここで買い物をしようにも、あの客のクレーム対応が終わるまで待たされることになりそうだ。
僕はコンビニの前を素通りし、五百メートル先の別のコンビニへ向かう。遠いうえに店も狭く品ぞろえもイマイチだが、無駄に待たされるよりはましだと思った。
横断歩道の前で待つこと一分少々。一向に変わらない信号を訝しく思って支柱を見れば、そこには『深夜押しボタン式』の文字列が。
「あ……」
昼間は自動で変わる信号なのだが、深夜帯だけはボタンを押す必要がある。それを忘れてぼんやり突っ立っていた時間がひどく無駄に感じて、とても大きな損害を被った気分になる。
「……はー……」
交通量はそれほど多くないが、無視して渡るのは気が引ける。小心者か、はたまた交通規則を守る善良な一市民か、人によって判断が分かれるであろうこの場面で、僕は必ず思うことがある。
信号待ちやコンビニのレジ待ちを一切せず、無駄なく、最短最速で人生を駆け抜けたら、いったい何が出来るのだろうと。
予知能力か、読心術か、もしくは神のナビゲーションか。そんな夢か魔法の能力があれば、今のこの僕のように、弁当を求めて深夜徘徊する哀れな夕食難民にはならないはずだ。
「あー……お腹空いた……」
今夜は両親が不在。いつも通り夕食が準備されていないことを失念していて、何も買わずに帰宅してしまった。買い置きのスナック菓子で空腹を誤魔化そうとしたが、腹が減りすぎて眠れず、結局こうしてコンビニに向かっている。
「うう……カイジさんが羨ましい……」
祖母の兄、ニカイドウカイジ。ある日忽然と姿を消し、誰の記憶からも消えていた不思議な男。それが先週、なぜか突然、親戚一同が揃いも揃って急に彼のことを思い出したのだ。誰にも合理的な説明ができないまま週が明け、今、祖母の家には続々と親族が押しかけている。
祖母の家はちょっとした資産家で、一応は明治時代の華族の分家筋に当たるらしい。親戚のおじさん、おばさんたちにしてみれば、万が一にも祖母の兄が生きていると困るのだ。長男が健在ならば二階堂家の財産のほとんどはその長男、二階堂階二に持っていかれることになる。行方不明のまま有耶無耶にされているのか、失踪したのち死亡とされているのか、戸籍を確認させろということらしい。
「はぁ~……なんか、面倒なことになってるなぁ……」
祖母から聞いた話によれば、カイジさんには大学時代に交際していた女性との間に娘が一人いたようだ。しかし、カイジさん本人はそれを知らない。カイジさんは大学卒業後、定職につかず単身渡米。それ以来、生きてはいるようなのだが現住所は分からないという、なんとも珍妙な根無し草生活を続けていたらしい。出国したとき彼女が妊娠三か月だったことも、その後彼女が女手一つで子供を産み育てたことも、カイジさんは何一つ知らない。
なんて無責任な男だと思うと同時に、不思議に思う。
彼は未来のことを何でも見通せる予知能力者か何かである。そうでなければあんな『予言書』を書き記すことも、それを使って僕らを動かすことも出来ないはずだ。
ならば彼は、知っていて関わろうとしなかったのだろうか。
それとも、知ることができる未来とそうでない未来とがあるのだろうか。
「……カイジさん、かぁ……」
スマホを取り出し写真を見る。
自分と同じ顔のその人は、今も『予言書』の記述をリアルタイムで更新し続けている。つまり、僕のすぐそばにいるのだ。今の彼は幽霊のようなものかもしれないが、怖いとは思わない。まるで自分の前世を見ているようで、他人という気がしなくて――。
「……僕にも、未来が見えたらいいのにな。そうすれば……」
もっと楽に生きられたのに。
そう思ったのとほぼ同時だった。
後ろから誰かに殴られた。
前のめりに転倒した。受け身なんて取れない。咄嗟に出した両手はアスファルトに擦りつけられて皮膚が裂け、膝を強く打ち付けた衝撃で太腿からつま先まで痺れるような痛みが走った。
襲撃者の顔を確認することも出来ないまま、僕は蹲った状態で蹴られ、殴られ、踏みつけられ――突然のことに体がすくみ上がってしまい、悲鳴も上げられない。
転倒した拍子に投げ出されたスマホと財布はすぐ目の前に転がっている。けれども襲撃者は金目の物には目もくれず、ただただ、僕に対して暴力をふるい続ける。
わけが分からなかった。
カツアゲが目的でないのなら、僕本人に恨みがあるということなのか。けれども僕は、それほど人に怨まれるようなことをした覚えがない。学校でも塾でもイジメや揉め事は無かったし、注目されない代わりに無視もされないような、ほどほどに無難で平凡な生き方しかしてこなかったはずだ。
だが、襲撃者は僕の頭を掴んでこう言った。
「それが理由だ、二階堂」
何のことだか分らぬまま、僕は顔面を地面に叩きつけられる。
何度も、何度も、血が出ても、鼻が折れても続けられる。理不尽な暴力に意識が飛びそうになったその瞬間、頭の中で声がした。
――いや、違う。今この状況に、理不尽な事なんて何もなくて――。
誰の声だか知っている。
これは僕だ。
まだ僕が『二階堂階二』だったころの声で――。
「思い出したか? 俺と美麻を殺しておいて、自分だけは生まれ変わってお気楽に高校生やってんだろ? なあ、どうだ? 自分が殺したはずの人間に殺される気分は」
何のことだと聞きたかったはずなのに、僕の口は自分の意思とは無関係に喋りはじめていた。
「君たちには、本当に申し訳ないことをした。僕は、僕の存在を消したかったんだ。けれどもどの時点の歴史に干渉しても、僕は必ず生まれてしまう。一度死んでも、こうして肉体を作り直されてしまう。僕は自分の意思では僕を消せない。だから、頼む。このまま僕を殺してくれ」
何を言っているんだ?
嫌だ、やめてくれ。僕は死にたくなんかない。
そう思う僕の意思は、どうやら完全に封じ込められているらしい。
僕は前世の僕に操られるまま、なおも喋り続ける。
「神と器は必ず一対。何度死んでも、必ず『次の器』が造られてしまう。それは天使でも同じだ。次の器が育つまでの仮初の肉体として憑代を使うことはあっても、憑代では真の力を発揮することが出来ない。だから僕は歴史を書き換え、僕とサハリエルが作り直される順番を逆にした。今この体は、サハリエルの器としては機能していない。今なら僕は、この世から完全に消滅できるんだ。お願いだ。今すぐこの場で僕を殺してくれ。僕が死ぬ事でサハリエルを……主軸として機能しているナビゲーションシステムを強制停止させられれば、ここから先の未来はまったく別のシステムに置き換えられるはずなんだ。そうすればこの世界を完全リセットできるはずで……」
いったい何を話しているのか、僕には何も分からない。しかし、襲撃者のほうにはこの話の内容を理解しているらしい。
「てめえ……何を勝手なことを!」
横腹を思い切り蹴りつけられた。だが、それ以上の攻撃は無い。
「俺たちはてめえのせいで人生メチャクチャにされてんだよ! なのに、なんでてめえなんかの『おねがい』を聞いてやらなきゃなんねえんだ⁉ ああっ⁉」
「頼む……頼むよ。君でなくちゃ駄目なんだ。クロノスの代行者として生かされている君でなくては、本当の意味で僕を殺すことは出来ないから……」
「てめえの事情なんか知るかよ! 俺はてめえに復讐したいんだ! てめえが死にたくねえって言うならぶっ殺すし、てめえが死にてえって言うんなら絶対に殺さねえ! 殺してなんかやらねえからな! 見ろ! お前のしたことが、どれだけ俺たちを苦しめたか!」
彼は血まみれの僕の顔を両手で引っ掴み、その手から、僕の中に『記憶』を送り込んでくる。
頭に直接叩き込まれる生々しい悲劇の記憶。僕はこれを知っている。それが起こった瞬間、確かに僕はその場に居合わせていた。だから間違いなく、それを知っているはずなのに――。
(……あれ? いや、ちょっと待ってよ? この記憶……何か、違う……?)
あの日、美麻という名の少女が電車に飛び込んだ。それを見ていた女子大生が発作的に反対側の線路に飛び込んで、都内の交通網は麻痺状態。運転再開後もダイヤは大幅に乱れていたし、記録的猛暑の中で待たされた人々は熱中症で救急搬送されることになり――僕が知る限り、あの日の流れはそんな感じだった。けれど、彼の記憶は違う。
美麻という名の少女が飛び込んだところまでは同じだが、彼女は死ねなかった。両足を失ったものの一命はとりとめ、搬送先の病院で今も生きている。
僕と同時にこの『記憶』を見たニカイドウカイジも、ハッとしたように声を上げる。
「待て! 一つ確認させてくれ! 今君に力を貸しているのは、どの時代のクロノスだ⁉ 百五十年前からやってきたクロノスではないのか⁉」
「百五十年? ハッ! 情報が古いんだよ。今俺に憑いているのは、伸信さんの体が死んだ後、五十年後の未来から来たクロノスだ。ほら、よく見ろよ! お前が運命を狂わせた人間の末路を!」
流れ込んでくる記憶は直視に耐えないものだった。
ありとあらゆる時代に渡り、何度も何度も同じ時間軸をやり直す時空神クロノス。だが、どの時代のどの状況を書き換えても、自身の器、能褒野辺伸信は生き返らない。
延々と繰り返される挑戦と失敗。伸信の魂を取り戻すべくめげることなく試行錯誤を続けていたクロノスだったが、ついに限界が来た。
半世紀もの歳月を経て、伸信の肉体は年を取っていた。時空神の力をもってしても、年老いて衰えてゆく体を若返らせることは出来ない。そして伸信と一緒に音楽をやっていた仲間も、一人、また一人と天寿を全うし、天へと還ってゆく。今さら伸信の魂が戻ったとしても、昔のようには暮らせない。自分自身も世の中も、何もかもが変わりすぎている。
クロノスは諦めた。そして伸信の体を土に還し、自身は時空を渡って五十年前、つまりは今、この時代の鬼怒川バネを憑代とした。能褒野辺伸信の魂が取り戻せないのなら、まだ可能性のある人間を、一人でも多く『復活』させよう。そんな思いを果たすために――。
「……では、君は『クロノスの代行者』ではなく……」
「やっと気づいたかい? いかにも。僕はクロノス本人だよ……」
これまでと同じ人間が同じ表情、同じ声で話しているのに、その気配は人間のものではなかった。時空神クロノスは憑代・鬼怒川バネの体を使い、さも当然のような口調で話し始める。
「伸信くんを取り戻すために、僕はこれまで何千回……いや、何万回かもしれないな。もう全くカウントが追い付かないくらい、たくさん世界をリセットしてきたんだ。その僕が、僕の挑んだすべての時間軸の挑戦結果を引き連れて五十年前の世界へ飛んできた。君にこの意味が分かるかい? 今見せた記憶も、君が知っている先週の出来事とは違っているだろう?」
「……クロノス。まさか、あなたは……」
「死んだ人間は生き返らない。けれども今、この時間軸では、すべての可能性があやふやな状態になっている。死んだと思っていた人間が生きていたとしても、『ああ、なんだ。僕の思い違いか』なんて軽いノリで記憶が修正されるくらい、何もかもが『確定していない状態』になっているんだ。申し訳ないが、君のその自殺願望も僕の目的のために利用させてもらうよ」
「目的と言っても……だって、もう、あなたの器は……」
「だから今見せただろう? 僕は諦めたんだ。諦めたからこそ、次の目的を持つことが出来た。本当はね、ラミアもザラキエルもヤム・カァシュも、皆諦めているんだ。過ぎてしまったことに見切りをつけて、『今日より明日をほんの少しでも良くしたい』って目的のために動き始めている。本人たちが自覚しているかどうかは別としてね。君がいつまでも過去に囚われるというのなら、それもいいだろう。先へ進むも現在に留まるも過去に足を引っ張られるも、すべては個人の自由だ。だけど、これだけは言わせてもらいたい」
クロノスは僕の額に手をかざし、目を細めてこう言った。
「その体は君であって君でない。君が死ぬために、君ではない者の肉体と魂を道連れにするのはやめなさい。君と違って、『二階堂賜音』という一個人は死を望んでなどいないのだから」
「……でも、今のこの状態で死ななければ、僕は……『サハリエルの器』は何度でも作り直されて……」
「そうだよ。新しく作り直されるんだ。古い君をリサイクルするわけじゃなくて、精子と卵子が受精して、母親の体内で育つところからやり直す。つまるところ、全くの別人だ。君にはその体を自由にする資格がない。というか、君はもう死んでいるんだろう? なぜこの世に居座っている? 君はもう、この世に居てはいけない存在なのに……」
「……僕が……僕が、自分の意思で居座っているとでも言いたいのか? どこに行きたくても、どこにも行けないんだ。だから僕はここに居る。あなたに、何が分かる……」
「ああ、分からないな。さっぱりワケが分からない。どの時点の歴史をどういじれば、『別の時間軸の器に憑依可能な前世の幽霊』なんてものが出来上がるんだ? ひどいエラーじゃないか。これが不具合として認識されないということは、世界のシステムはこの時代ではなく、もっと古い時代から『壊れっぱなし』ということになるのだけれど……やはり『マガツヒ』なんて存在が発生したあの時点で、影響は中枢まで及んでいたのかな? さすがにもう、紀元前からやり直すほどの気力がある神はいないだろうが……っと、ああ、すまない。こちらの話だ。ええと、まあ、つまりアレだ。君は現在、奇跡的な確率で非常に面白いイレギュラー存在と化している。その能力を使わない手はない。どうだい? 『奇跡的な偶然』を『本物の奇跡』に変えてみるつもりはないか?」
「……本物の奇跡とは、何を指している?」
「君が望んだように、確かに今、この世界には革命を起こす必要がある。だが、それは君の自殺によってもたらされる破壊的革命であってはいけない。君がやろうとしていたことは単なる自爆テロだ。君が消えれば世界は変わる。それは間違いない。けれども現時点で、すでに何千人という人間が影響を受け、不幸になっている。君とサハリエルが運命の輪から逃れるためだけに、そんなに大勢の人間に迷惑をかけていい道理はない。そうだろう? そこで僕はこう提案したい。君の能力を活かして、君が殺した人間を片っ端から生き返らせてみないかと。そういう『前向きな革命』を起こしてみないかとね?」
「……なんだ? 何を言っている? 死んだ人間は生き返らないと、あなたはさっき、自分で……だから諦めたと……」
「ああ、そうだよ。能褒野辺伸信という人間の魂は取り戻せなかった。けれど、消失したときの状況次第では取り戻せる人間もいる。君は今見て、理解したはずだ。瀬田川美麻という少女が、ギリギリ死なずに済んだもう一つの『現在』を。これは並行世界とか、パラレルワールドとか呼べば分かりやすいかな? 僕はいくつもの可能性に挑戦して、数えきれないほど多くの『もうひとつの今』を作り出した。けれど僕には、その可能性をつなぎ合わせ、一つの世界として統合する能力が無い。その能力を持つのは君だ。僕としては、ぜひとも君に『クロノスの代行者』としてその役割を果たしてほしいと思っている」
「僕がそれを引き受ける理由がどこにある? そんなことをしても、僕は僕の目的を果たせない」
「はたしてそうかな?」
「……?」
「君は死にたいと思っている。けれどそれと同じくらい、サハリエルと過ごしたあの幸せな日々を取り戻したいとも思っている。己の醜さなど自覚せず、純粋に彼女に恋をして、心の底から笑っていられたあの日々を。だからこそ、初めのうちは自分の経歴を書き換えることを試みたのだろう? 大学時代に交際していた女性なんかいなかった。男友達と遊び歩いて風俗街に行くことも無かった。性病をうつされてヒイヒイと泣きべそをかいたことも、政治論争に熱中しすぎてゲバ棒片手に白ヘル被って革命戦士ごっこをしたことも、道端で拾った財布をネコババしたことも無い。自分は天使の彼氏として相応しい、とってもクリーンな真人間です、なんて思いたいがためにね?」
「……僕の心を読んだのか……?」
「申し訳ないが、見る気が無くても見えてしまうんだ。僕は時空神だからね。だから僕はその先の顛末も知っているよ。君が中途半端に過去をいじったせいで、サハリエルはミッションを完遂できなくなった。彼女は罪の意識に苛まれ、少しずつ、少しずつ堕ちていった。でも、サハリエルは君を責めなかった。だからこそ、君は余計に自分の醜さを自覚することになったのだろうが……もういい加減、自分を責めることはやめなさい。天使なんて存在と比較したら、この世のすべてが醜く見えてしまうよ。僕のように自由意思で行動する神だって、けっこう素直に欲求に従っているんだよ? 主の御心に沿って正しいことのみを行う天使と比べれば、この地上のどんな生き物だってゴミクズ同然の醜さだ。そこは神的存在として、胸を張って断言できる」
「……しかし、だからといって僕が許されるわけではない。僕は僕の弱さを否定するためだけに、何人もの人間を犠牲にしてしまった。一人や二人救えたところで、もう……」
「一人や二人? 十分じゃないか。その一人や二人が君の家族や友人だったら、君はどうする? 今手を伸ばせばそこにいる人間だけは救えると言われたら、手を伸ばすだろう? そこに見知った顔の人間がいたら、絶対に救おうとするだろう? 君が今ただの数字として読み上げた一人や二人にも、そんな家族や友人がいたんだ。君はそんな当たり前のことも分からなくなってしまったのかい?」
「……いや、僕は……」
「君は自分の心の弱さに負けて、大勢の人間を道連れに自殺しようとした。そして今、自分の弱さを認めるどころか、心が弱いことを言い訳に責任から逃れようとしている。何が革命戦士だ。笑わせるな。本当に革命を起こす気があるなら、まずはその一人よがりな物の考え方から叩き直せ」
「なら……それなら、僕はどうすればよかったんだ? 僕はもう……もうずっと、自分が何をどうするべきなのか、まるで分からなくなっているんだ。天使なんてありえない存在に一目惚れしたあの日から、ずっと……」
泣き崩れるカイジさんに、クロノスは一つの『可能性の世界』を見せる。送り込まれたその記憶は、同じ体を共有している僕にも見えていて――。
「……え? いや……なんだ? この世界は……どうなっている……?」
「どうもこうも、見たままさ。時空間移動能力を持つ神が僕一人では新規パラレルワールドの開拓が追い付かないし、未来の可能性を連結できる能力者が君一人ではパラレルワールド周遊ツアーの運営スタッフが足りない。だからまず、労働力を掻き集めるところから始めなくちゃね。幸いあちらの世界には事情を知る神々が揃っている。しかし、彼らが入れる器が無い。器が無くては異なる世界間での行き来ができない。そこでだ。クローンでもゴーレムでもホムンクルスでも脳死遺体でも何でもいいから、移動用の入れ物として、神々の器をでっちあげてしまおう」
「でっちあげるって……そんなこと……」
「主の許可はとっていないけれど、事後承諾してもらえばいいんじゃないかな? 特注品でなくとも、世界を行き来する程度の負荷には耐えられるだろうし」
「……とんでもないことを考えるんだな。神というヤツは……」
「まあ一口に世界の維持管理システムと言っても、天使とは基本コンセプトが違うからね。僕みたいな初期生産品の神は特に自由度が高いんだよ」
「……クロノス、教えてくれ。僕はまず、何をすればいい?」
クロノスはにっこり笑って、カイジさんに世にも奇天烈な『求人広告』の作成を指示する。僕の体を使ってそれを聞くカイジさんは、なんだか少し――本当にほんの少しだけ、前向きに何かをしようと考えられるようになったようだ。そのこと自体は良いのだが――。
(お腹空いたけど、あっちこっち痛いし、顔が血まみれだし、このままじゃコンビニにも入れないし……てゆーかこの話、いつまで続くんだろう……)
負傷したままアスファルトの地面にベタ座りさせられている僕の立場について、時空神と前世の僕が思いを巡らせてくれることは無いようだ。
(スマホ、さっき落とした衝撃で壊れて無ければいいんだけど……)
ぼんやりとそう思う僕に構うことなく、神と幽霊の話はどんどん先に進んで行く。
僕が食事にありつけるのは、かなり先になりそうだった。