そらのそこのくに せかいのおわり 〈 vol,06 / Chapter 06 〉
午後八時。
中央市はどこもかしこも異様な熱気と興奮に包まれていた。
「おい、お前らも何か思い出したのか⁉ 俺、小学生のころ一緒に遊んだ奴のこと思い出したぜ⁉」
「お隣の奥さん、さっき市役所のほうに走っていったわよ! 『うちの子はどこーっ⁉』って叫びながら!」
「うちのはす向かいに住んでた爺さんも、そういやぁいつの間にかいなくなってて……」
「これ、この間のと同じだよね⁉ やっぱり僕たち、何かの呪いに掛けられてたんじゃあ……」
時間的にはまだ夕食時だというのに、市民らは家には入らず、路地で、広場で、駅前で、近所の住民や職場の同僚たちとしきりに話をしている。それもそのはずで、つい今しがた、中央市全域に正体不明の金色の粉末が降り注いだのだ。
どことなく牧草に似た香りの粉末は、一見したところスギやヒノキの花粉のようにも見えた。けれども今は夏。植物の花粉が飛来するシーズンではない。ではいったい何だろうと、誰もがそれを訝しみ、空を見上げた。
その瞬間、人々は思い出した。
何を思い出したかは人によって違う。自分の家族だったり、ご近所の誰かだったり、あるいは毎日届けられる新聞や牛乳、どこかで一度だけ目にした素晴らしい芸術作品であったり。
人によって全く異なる記憶でも、たった一つだけ共通することがある。それは、思い出された記憶には必ず『消えてしまった人間』が関係しているということだ。
「先週の騎士団の発表によれば、記憶が消えてしまうのは悪いウィザードが呪いをかけて回ったせいなんだろう? そんな危ない奴、早く捕まえてもらいたいけれど……ちゃんと捜査してるのかねぇ?」
「聞いた話じゃあ、毎日ダウンタウンのあたりで騎士団員を見かけるとか……」
「ラジオは? ラジオでニュースとかやってないのかい?」
「さっきからかけているけれど、どこの局も交通情報と天気予報しか……」
不安げに立ち話をする人々の耳に、ハンドベルの音が飛び込んできた。音のするほうを見れば、自転車に乗った青年が大声で何かを触れ回りながら通り過ぎていく。
「今の自転車! 新聞社のロゴ入ってたよね⁉」
「号外だ! 新聞社が駅前で号外を配り始めたんだ!」
「俺、もらってくるよ! ちょっと待ってて!」
富裕層向けにテレビ放送も行われているものの、中間層から下は新聞とラジオを主な情報源としている。このような状況で頼りにされるのは、駅前で配布される新聞各社の号外である。
ベルの音を聞きつけて駅前広場に集まった人々は、台の上に乗った講談師の声に耳を奪われた。
「さあさ皆様! これよりお話しさせていただきますは、中央市民のヒーロー、マルコ王子の最新ニュースだ! 本日午後二時頃、騎士団本部前で張り込んでいたセントラルタイムスの記者が、騎士団本部を出て行く一台の馬車を見つけた! なんてことないごく普通の馬車だったが、この馬車、何かがおかしい。この暑い陽気で、窓もカーテンもきっちり閉めてある! そこで記者はピンときた! さてはこの馬車、特務部隊員が乗っているな? すぐさま後を追いかけると、なんと行き先は墓地! 馬車から降りてきたのは思った通りの特務部隊員だったが、ああ残念! この男はマルコ王子でもベイカー隊長でもない! やれやれ、これではスクープは取れそうにないなぁ。ガックリと肩を落として帰ろうとする記者。けれども彼は思いとどまる。何も取材せず帰ったのでは編集長にドヤされる。せめて何の用事で墓地に来たのか、あの隊員に聞いておこう。そう思い男の後をついていくと……」
そこまで話して、講談師は聴衆の顔をゆっくりと見渡す。
さあ何だ、何が出た、どうした早く話してくれよ。目を爛々とさせて、耳を澄ます聴衆。彼らの期待が最高潮に達したまさにそのとき、講談師は絶妙なタイミングで小脇に抱えていた紙を広げてみせる。
それは墓地で撮影した写真をポスターサイズまで引き伸ばしたもので、そこに映っているのは――。
「な、なな、なんとゾンビ⁉ いやそんな馬鹿な! ゾンビだなんて非現実的なものが出てくるはずはない! 驚いた記者は離れた場所から望遠カメラを構え、じっと様子を窺った。しかし! 何秒経っても、何分経っても、ゾンビは何をするでもない。何をするでもなく、ただただその場に立ち尽くし、まったくそこから動かない! だが! 死体が勝手に起き上がって、そこに突っ立っているだなんて! 信じられない! ああ! これはなんたる異常事態! 早く誰か、どうにかしてくれ! 記者は恐怖に震えながら、とにかくカメラを構え続けた! するとなんと!」
ここで講談師は一枚目の写真を投げ捨て、足元に置いてあった二枚目の写真を広げる。
「化け物どもを討伐すべく、特務部隊員、ロドニー・ハドソンが駆け付けた! 特務部隊 vs. ゾンビ! 白昼堂々、市営墓地での大決戦! さあどうなる⁉ どうなってしまうんだこの戦いはぁーっ!」
聴衆の期待を煽りながら、講談師は二枚目の写真も投げ捨てた。それからはスケッチブックに貼り付けた戦闘中の写真を紙芝居の要領でテンポよく見せながら、まるで自分が見聞きしてきたかのように特務部隊員ロドニー・ハドソンの大立ち回りを語って聞かせる。
しかし、ロドニーとその仲間はゾンビが放った謎の攻撃によってやられてしまう。
地面に落とされてからのレクターとラピスラズリのやり取りは記者の隠れていた場所からは上手く撮影できなかったらしく、写りの悪い写真をパパッと見せて、話はマガツヒのことになる。
「人狼ロドニーが撃墜された! するとなんと! ゾンビどもは自分たちの親玉、巨大デーモンを召喚した! 巨大デーモンが、彼に止めを刺すべく襲い掛かる!」
マガツヒの正体を知らない一般市民にとってはそういう解釈になるのも仕方がない。そして遠距離からの撮影では、その後の攻防はマガツヒ周辺の瘴気が濃すぎてまったく撮影できなかったのだろう。いろいろなシーンをすっ飛ばして講談師が掲げた写真は、シアンが光の麦を投げた後のものだった。
「さあ! ここでついに我らがヒーロー、マルコ王子の登場だ!」
写真に写っているのは金色の光に包まれ、苦しみ悶えて消失する瞬間のマガツヒの様子だった。同じ画面にマルコ本人が写り込んでいるわけではない。
マルコはこの時茂みの中で気絶していたが、ダウンタウンでの『竜退治』のとき、マルコは黄金色に輝く剣を持っていた。あのとき空に輝いた花火のような光も剣と同じ黄金色。マルコ本人が金髪ということもあり、市民には『王子のイメージカラー=黄金色』で定着している。つまり講談師の言う『王子登場』とは、ほんの数秒で墓地全体を覆い尽くした金色の光、草丈五メートルの巨大麦のことである。
「黄金色の光の中で、悪の親玉・巨大デーモンは断末魔の悲鳴を上げる! そして見事、王国の平和を取り戻した王子は……」
講談師が見せた最後の一枚は、シアンらが身元不明者の収容先を手配している最中のものだった。貴族と王族が役場や病院に電話を掛けると、必ず『いちばん偉い人』に電話を取り次がれてしまう。実務的な話が全く進まなくなってしまうため、マルコとロドニーは芝生の上に横たわる人々に軽めの回復魔法をかけて回っていた。
意識が無い若い女性と、女性の顔についた泥を自分のハンカチで優しく拭っている王子。見事なまでに市民が求める『心優しき英雄像』に合致するマルコの写真に、誰もが喝采を上げた。
「デーモンに操られゾンビのようになっていた人々は、王子の手によってあるべき姿に戻された! なんとお優しい方、マルコ王子! マルコ王子、バンザーイ!」
そう言いながら、講談師はそれまでに使った写真をすべて拾い上げ、宙高く放り投げる。そして魔法を使って、一瞬で焼き尽くしてしまった。
炎に目を奪われ、誰もが一瞬、ピタリと動きを止めた。講談師はそうして作り出した人々の虚を突いて、最も重要な『告知事項』を読み上げる。
「さあて皆様? 今の話、もっと詳しくお聞きになりたいでしょう? もっとじっくり、王子の写真をご覧になりたいでしょう? でしたら、でしたらぁ! 明朝五時より、市内の新聞販売店、駅売店、中央公園内の臨時販売所にて、セントラルタイムス七月二十九日号をお求めくださいませ! このたびの特務部隊の活躍、独占報道にございまーす! まずはこれにて号外を! さあさどうぞ、さあどうぞーっ!」
講談師が注目を集めている間に、新聞社のスタッフが号外を手にずらりと並んで待機していた。スタッフの一人がハンドベルを鳴らすと、気付いた民衆は一斉にそちらに殺到する。
「たくさんご用意してございますからね! はいそちらの皆さま、押さない、駆けない、慌てない! こんなところでケガしても、保険会社は一銭も払っちゃくれませんよ! 皆さま譲り合って、一人一部ずつお持ちくださるようお願い申し上げまーす!」
斯くして、マルコのヒーローランクはアップした。そしてロドニーも、どういうわけか『王子と共に戦った勇敢な戦士』にされていた。本当は茂みの中で気絶していたマルコと、マガツヒ化してボコボコにされていたロドニー。二人の胸中は非常に複雑だった。
「私はいつから光を発する謎の巨大植物になったのでしょう……?」
「俺、いつの間に『ゾンビの親玉・巨大デーモン』と戦ったんだ……?」
彼らは今、リアルタイムで駅前の様子を観察している。広場の上空に飛ばした偵察ゴーレムからの映像と音声で、市民らの反応を入念にチェックしているのだが――。
「あの、隊長? この現場にいた『記者』ってアレックスですよね? いつから潜ませておいたんですか? 全然気付かなかったんですけど……」
ロドニーの問いに、ベイカーはため息交じりに答える。
「俺が指図したわけではない。アレックスに現地入りを命じたのは創造主だ。講談師には『ゴヤを追って墓地に入った』と言わせたが、実際に現地入りしたのはゴヤよりも前。サハリエルの能力で時間軸を無視してあの場に出現し、安全な風上に待機していたらしい」
「時間軸無視って……それ、新聞記者として無敵すぎません? あらかじめ事件が起こるのが分かってて、ベストアングルからカメラ構えてるんですよね?」
「そう思うだろう? しかしな、この能力は創造主の監督下でなければ使用できないものであるらしいのだ。今回は身元不明遺体として埋葬された人間が生き返るという超常現象を市民らに受け入れられ易い形で説明するため、創造主の判断であの現場を『取材』することになったそうだ。アレックスの好き嫌いでは使えないようなのだが……」
「あの、隊長? 『らしい』とか『そうだ』とか『ようだ』じゃなくて、アレックス本人にも話聞いてみたいんですけど、あいつ今どこですか?」
「隊長室の仮眠用ソファーにひっくり返っている。時空間移動のあとは極度の船酔い状態に陥るらしく……ぶちあけて話すと、ヤツは今ゲロまみれだ。しばらく放っておいてやれ」
「うっわ……まみれてんですか……?」
ベイカーの表情からは隊長室の惨状が十二分に窺い知れた。日頃のイケメンぶりが台無しになるくらい、顔面のありとあらゆる箇所に皺を寄せまくっている。
「天使の能力で具合を悪くされたのでしたら、私の回復魔法程度では効きそうにありませんね……?」
心配そうなマルコの声に、玄武が答える。
「うん。やめておいたほうがいいと思うよ? いろんな人の力が混ざっちゃうと、余計に気持ち悪くなっちゃうかもしれないし」
「では、落ち着かれてからお話を伺いましょう」
「それがいいと思う」
マルコの頭の上で、サラもピコピコと頷いて見せている。
そんな話をしているうちに、特務部隊オフィスには次々と仲間が集まってきた。キール、ハンク、レイン、チョコ、トニーは特務部隊本来の任務が終わるまで戻っては来られない。この場に集結したのはそれ以外の特務部隊員と情報部のシアンとナイル、ジルチからはアル=マハ、レノ、セイジの三人。そして『神の器』として情報を共有しておくために、車両管理部のデニスも呼ばれている。
神と人間たちはそれぞれに簡単な挨拶と自己紹介を済ませ、現時点での情報を共有した。だが、シアンとゴヤに憑いている鬼神と大天使については、話を聞かされた誰もが顔中に『?』マークを浮かべてしまった。
本来の運命ではゴヤがアシュラの器で、シアンがルシファーの器。シアンとルシファーが似ていないのは、サマエル同様、はじめから寄生型武器として憑く予定だったから。創造主自らの手で十回ほど『やり直し』を試みたが、どう歴史に介入しても、入れ替わったバディを戻すことは出来なかったのだという。
ルシファー本人から心の声でそんな説明を聞かされ、グレナシンはいつものように真っ先に声をあげる。
「はあっ? やっだもう! なにそれワケわかんない! ガッチャンがアシュラの器で、シアンがルシファーの器? なのに今は逆⁉ じゃあ力使えないんじゃないの⁉」
騒ぐオカマに、シアンは面倒くさそうに答える。
「分身と記憶のコピー。現状で使える能力はそれだけだ」
「それって実質、シアンが一人で肉弾戦してるだけでしょ⁉ ほぼ加護なしのままじゃない!」
「そうだが……それがどうかしたか? 今まで通り戦えば何の問題もないだろう?」
本気で首を傾げている様子のシアンに、一同は揃って溜息を吐く。
「……ここで問題ないとか言いきれちゃうあたりが『最強』よね……」
「たまにいるんだよ。こういう、神の加護を必要としない強すぎる人間が……」
「使えるものなら神でも使うベイカー隊長とは、また別のベクトルで『最強』なのよね……」
天を仰ぐグレナシンとツクヨミ。彼らに代わり、ジルチのサブリーダー、バルタザール・レノが手を挙げる。
「ゴヤ君のほうは、能力的にはどうなんだ? ルシファーという天使は、具体的に何が出来る?」
訊かれたゴヤは自分の左手を見て、それから真面目な口調でこう言った。
「いや、ぶっちゃけ、まだクワガタに変身するところしか見てねえッスけど……」
「変身して戦うタイプなのかい?」
「戦う……ん、スかね? 今のところ、特技らしきものは樹液風ゼリーの銘柄当てクイズくらいしか……?」
ゴヤは左手に向かって問いかける。
「クワファーさん、真面目な話、なんかできるんスか?」
呼びかけられたルシファーはクワガタムシの姿に変身し、ミーティングデスクの上を六本足でワシャワシャと歩き回る。
「正直に言おう。一度堕天してしまったせいで、今の私はかなり弱い」
「どんくらい弱いんスか?」
「マガツヒが出ても、君一人を守るだけで精一杯といったところかな」
「あ、今日のあれ、全力ッスか?」
「情けない話だがね。もともと、君と私との能力的な相性はそれほど良くない。防御力がほんの少し上がった程度と考えてもらいたい」
「じゃあ俺もシアンさんみたいに、今まで通り戦えばいいんスね?」
「そうだな。それ以外は、やりたくてもできないことだし……」
「って事みたいッス!」
「……そうか……」
レノの中にいるオニプレートトカゲも、セイジの中にいるハロエリスも、あまりの衝撃に言葉が出ない様子である。
あの『堕天使ルシファー』がただのクワガタライフを満喫しているだなんて。これはいったい何の冗談だ。いや、何かの罠か。我々を油断させておいて、後で何か仕掛けてくるつもりなのか。
そんな面持ちで怯え、警戒するエチオピアの神々。その後ろでは大和の神、ツクヨミとタケミカヅチも複雑な顔をしている。
「あの『鬼神』が……パジャマ姿で子供部屋に……?」
「阿修羅王殿が自力で立てぬほど弱体化しているとは……予想外だ」
「仏教徒が知ったら、泣きながら五体投地してしまうだろうね……」
「まあ、しかし、ルシファーも阿修羅王殿も、しばらく田舎のヤンキーまがいの事をしておられたからな。いくら堕天していたとはいえ、あれは少々ヤンチャが過ぎた。創造主に力を剥奪されるのも致し方なかろう」
「あれ? そういう君も、パパの言いつけ完全無視してミスラ君やバハムート君にタイマン勝負申し込みに行ってたよねぇ?」
「我は堕天などしておらぬゆえ、あれは真っ当な手合わせであった。向こうも納得した上での対決であったし……」
「本当に? 適当に口喧嘩吹っ掛けて逆上させただけでしょう? オーディン君と引き分けたとき、パパが頭下げに行って話を治めてあげたの、忘れちゃった? ヒマラヤでもスマトラでもバリでもレユニオンでもマダガスカルでも、最終的に私が頭下げて全面戦争を回避したような気がするんだけどなぁ?」
「あー……ソノセツハタイヘンオセワニナリマシタ……」
「言霊の欠片も宿らない棒読みセリフをありがとう」
大和神族最強の親子の会話に、その『器』たちは複雑な表情で見つめ合う。
ツクヨミが日本神話にほぼ登場しないのは、息子の『やらかし』について謝罪行脚に出ていたからなのか。というかもしかして、世界各国の神話に登場する『何の脈絡もなく現れて神や英雄に勝負を挑む角の生えた悪魔』はお前だったのかタケミカヅチ。
なにかに気付いてしまった気もするが、これ以上深く聞いてはいけない気がして、ベイカーとグレナシンは曖昧な笑みをかわして口を閉ざす。そして話を戻すべく、メリルラント兄弟の三人目、レクターに話しかけた。
「なあ、レクター? お前の中にいるのはエジプトの神だよな? セトと言えば軍神だったと思うのだが……レタスの神なのか?」
レクターは特務部隊の活動記録に目を通し、『消えていた二年間』を補うために必死に勉強中である。手元のファイルから視線を外さぬまま、上の空で答える。
「レタスの神だ。それ以外の素性を聞いたことは無い」
「本人はなぜ出てこない?」
「白髪で赤い目の弓矢を持った神に攻撃されたことがあって、ベイカーがよく似てて怖いから出てきたくないってさ」
「ヒハヤヒか!」
「ええと……地球時間で十九世紀? くらいの話か? スフィンクス……とかいうオブジェによじ登ろうとしたサムライがいたから、注意しようとしたら逆ギレされた、怖い、って言ってるぞ?」
「タケミカヅチ! お前の兄弟はただの馬鹿か⁉」
「馬鹿ではない。極度の小心者だ。おそらく、いきなり知らない外国人に話しかけられてパニック状態になったのだろう。ヒハやんの度胸はオカメインコ並だからな」
「どうもすみませんうちの子が。お怪我はございませんでしたか? こちらとしても、できる限りのお詫びはさせていただく所存でございますので、何かございましたらこちらにご連絡を……」
即座に頭を下げて名刺を渡すツクヨミの『謝罪慣れ』具合に、ベイカーとグレナシンは確信する。やはり世界各地に語り継がれる悪魔伝説の大多数はタケミカヅチが原因だと。
しかし、ぺこぺこと頭を下げるツクヨミの元にハロエリスが飛来し、セトの『正しい素性』を暴露する。
「ツクヨミ、セトにそのような気遣いは無用であるぞ。こ奴はレタスの神ではない。平時は豊穣と治水の神として力を発揮するが、ひとたび戦となれば軍神へと属性を変える。それに、この神は古代エジプトにおける『最高神』経験者だ。矢で射られたくらいで怪我などせぬ」
「なんと⁉ 最高神であられた方とは露知らず、とんだ御無礼を……」
「気にするな。あの国の『最高神』は王が世代交代するごとに入れ替わる。新王が自らの出自の正当性を主張するため、前王の信仰した神を排し、これまであまり信仰されてこなかった別の神の名を持ち出すのだ。よって、『最高神』が『神族の長』とは限らない」
「ほう? 我ら大和神族とは違いますな?」
「うむ。一時期は我も最高神として担ぎ出されたことがあるほどだ。他所の国から流入した神ですら最高神となりえたのだから、どれだけ曖昧でいい加減な神話が語り継がれていたか想像してみるがよい。まったく無関係な神同士が強引に『同じ神』としてまとめられてしまうのだ。実のところ『軍神セト』の所業として語り継がれている話の大半が近隣国から流入したバアル神の逸話で、セト自身の話はあまり語られていない。神々の争いで食い殺されたとも噂されたが、それは別の『セト神』だ。こ奴の名はセテカステカセトゥテーベタイフォン。セトは略称にすぎぬ。我も『ハロエリス』であって、正確にはホルスでもホルアクティでもないのだがな。困ったことに、人は神を視認できぬ。区別などつかぬのだろう……」
「そんな信仰の在り方では、神々の暮らしのみならず、人の世も酷く乱れていたのでは……?」
「然様。のべつ幕なしに争っておった」
と、ここにルシファーが追加説明を入れる。
「あまりに酷いことになってしまって、主が奴隷たちを大脱出させたこともある。有名な予言者モーセの話だ。大和の神も、モーセの名前なら知っているだろう?」
「ああ! あの時代のお話ですか! なるほど、得心がいきました」
レクターの横にツチブタ顔の神が現れ、ツクヨミに向けて頭を下げていた。
私のことはどうぞお気になさらず、とでも言っているようである。
神々の会話を生温い目で眺めながら、ジルチ、特務、情報部の面々はミーティングデスクに頬杖をついて動物さんビスケットをつまんでいる。
ごく普通に小学校、中学校を卒業し、将来の就職先が約束された王立高校にめでたく入学。せっせと勉学に励み、卒業後は騎士団員として国家のために尽くしてきた。彼らは彼らなりに、普通に生きてきたつもりだったのだ。
それがどうした? なぜこうなった?
誰もが顔いっぱいに、そんな文字列を貼り付けていた。
君こそ選ばれし勇者だと言われて喜べる小学生ならともかく、ジルチと情報部の面々は三十代から四十代。いまさら『カミサマ由来のミラクルパワーで必殺技が出せるゾ!』とか『古代文明の最高神が君にだけ特別に加護を与えちゃうヨ!』などと言われても、どこのカルト宗教の宣伝文句かと疑う気持ちのほうが強い。しかし、なにもかも事実である。実際に自分で『超必殺技』や『無敵バリアー』が出せてしまうのだから、認めるしかない。
「あー……カミサマたちの話も終わったみたいだし、そろそろちゃんと、『人間用』のミーティングをはじめようか?」
ジルチリーダー、アーク・アル=マハの言葉で、一同は申し訳程度に背筋を伸ばして居住まいを正す。
「色々ありすぎてツッコミが追い付かんのだが、まずは一番大きな共通目標から確認していこう。俺たちがすべきことは、創造主の計算違いから狂いに狂ったこの世界を本来あるべき姿に戻すこと。そうせねばならん理由は、さっき戦ったアレだ。ナイル、画像出せるか?」
「もち♪」
ミーティングルームの真ん中に、映写用の小型ゴーレムが現れる。ナイルがいくつか指示を出すと、ゴーレムは空中にマガツヒの立体映像を映写しはじめた。
「マガツヒは『一回倒してハイお終い』なんて甘い相手じゃあない。人間の心に『闇』や『邪念』が存在する限り、何度でも甦ってくる。その辺の仕組みについて、詳細はそこのカミサマに話してもらったほうが正確だと思うが……」
アル=マハに視線を向けられたツクヨミは、軽くお辞儀をしてから話し始める。
「世界最初のマガツヒは、私の本体イザナギと、その妻イザナミの絶望によって誕生したものだ。あの時点で創造主は『神が絶望して堕ちる』という可能性を考慮していなかった。当然、救済策などない。イザナギ、イザナミ夫婦の闇堕ちを察知した創造主は、世界の不具合を修正する役割を持つ神、オオカミナオシを派遣した。けれど、この不具合はオオカミナオシに修正可能な大きさではなかった。キャパシティーをオーバーしたオオカミナオシは闇に取り込まれ、マガツヒに変じた。そして最終的には、正気を取り戻したイザナギによって討伐された。救済策が無い以上、イザナギはオオカミナオシを殺さざるを得なかった。ここまでは、以前話した内容が資料としてまとまっているはずだね?」
ツクヨミの問いかけに一同は頷く。
「では、そこから先の話をしよう。そのときイザナギは剣を用いて、マガツヒと化したオオカミナオシを殺した。マガツヒへの止めは光による浄化ではなく、あくまでも物理攻撃だ。心臓を貫抜き、首を落とすことによって『肉体的な死』を迎え、オオカミナオシは創造主の元に還された。そして創造主の手によって作り直され、再び同じ役割を与えられた。つまるところ、マガツヒはこの世の理、『生きている限りいつかは死ぬ』という絶対的な約束事からは逸脱していないことになる。『一回倒してハイお終い』ではないけれど、『一回倒せばその場は終了』なんだ。少なくとも、肉体的にはね」
「肉体的に、と言うが、オオカミナオシに実体は無いよな?」
「その通り。だから討伐されるのはオオカミナオシの『器』であるロドニー君ということになる」
あっさりと言い放つツクヨミに、ナイルが問う。
「さっきは光を当てて浄化できたよね? あれで倒せたわけじゃないの?」
「残念ながら、あれは一時的に発作を治めたようなものだ」
「でもさ、発作みたいなものだって言うなら、毎回そうやってパパッと処置すれば、別に、その……ロドニーを殺すとか? そういう話に持っていかなくても……」
「よく考えてごらん? 今回は人気のない墓地に『闇』を集めて、意図的にマガツヒを発生させていた。セト殿とレクター君の巡らせた策により、出現と同時に、確実にマガツヒを叩けるよう状況が整えられていただろう? 君たちと神々はあの場に居合わせるよう巧妙に運命を操作されていたんだ。でも、これがもし人通りの多い週末の繁華街だったら? ロドニー君が休暇中に訪れた、どこか遠い町での出来事だったら? 他の神々が現場に駆けつけてマガツヒを浄化するまでに、何千人が命を落とすと思う?」
「……想像もできないや。でも、少なくとも『何千人』なんだね?」
「そうだよ。少なくとも、だ。そんな状況で、自分の仲間一人のために、ちんたら浄化なんかやっていられるかい? その間に、目の前で大勢の人間が死んでいくのに」
「わかった。つまり、これまで貴方たちは、何回もオオカミナオシとその器を救おうとして、結局器のほうは救えずじまいだったんだね?」
「そういうことだ」
「じゃあ、今回は救おう」
「もちろんそのつもりだとも。しかし、何かいい考えでもあるのかい?」
「あるよ」
あっさりと言い放つ『手品師ナイル』に、誰もが虚を突かれた。
彼に神は憑いていない。この場に同席したただ一人の『普通の人間』に、いったいどんな妙案があるというのか。
「……聞かせてもらえるかい?」
神々の視線を感じながら、ナイルは慎重に答える。
「生きている限り、必ず死ぬ。でも、一度死んだら二度は死なない。これがこの世の絶対的なルールなんだよね?」
「ああ、レクター君はそれを利用して『無敵ゾンビ』なんてとんでもないモノになって戦っていたが……少なくとも、その手はもう使えないと思うが? 主の直接介入によってレクター君も普通の人間に戻されたことだし……」
「違うよ。レクターの真似をしたいわけじゃない。そうじゃなくて、俺たちは多分もう、そのルールを力ずくでぶち破った人間を知っている」
「力ずくで? それは誰だい?」
「ミーティングはじめるときにコピーして共有した、綾田ラミアの『記憶』だけどさ。あの中に出てきた瀬田川美麻って子、歴史を書き換えられて、生まれていないことにされているんだよね? それなのに先週、ベイカーが地球に行ったあの日、電車にはねられて死んでるじゃない? これ、おかしくない? 生まれてもいない人間が『身元不明遺体』にならずに、ちゃんと『瀬田川美麻』として死んでいったんだよ? あの記憶に出てきた中学生なんかは、実の母親からも綺麗さっぱり忘れられて、さっきの墓地のゾンビみたいに魂の入っていない抜け殻状態になってたのに」
「……それは、クロノスという神が『鬼怒川バネ』という少年に『役割』を与えたことで、美麻のほうも連鎖的に生かされることになって……」
「そう、生きていたんだよ。この世に生まれてもいない人間が生きていて、自分の意思で電車に飛び込んで、そして死んだ。この世の理に合致しない存在が自殺して、電車を止めて、何十万人もの人間に影響を与えたんだ。そして自分に向けられた負の感情を利用して、忘れ去られたはずの自分の名前を、会ったこともない赤の他人のところにまで拡散させた。これってもう、『世界の不具合』とかそういうレベル、完全に突破してない? てゆーか、アスターの代わりに自分が死んで他のカミサマ道連れにしたレクターと、やってること自体はほとんど変わらなくない? ツクヨミさん、カミサマ的にその辺どう思います?」
ナイルの言葉に、神々と人間たちはしばし考え、それから各々悲鳴のような声を上げた。
「大変だ! 世界の歪が限界に達しているのは、こちらだけではないかもしれない!」
「ちょっとツクヨミ! アンタ日本帰らなくて大丈夫なの⁉ 実家ぶっ壊れてたりしない⁉」
「ザラキエル! ザラキエルはどこだぁぁぁーっ⁉ 探せタケミカヅチ!」
「神に命令するなアホサイト! ザラキは今キールと一緒に地方任務だろうが!」
「なあ、オオカミ? お前のセンサー、ホントに大丈夫か? 滅茶苦茶巨大な不具合感知し損ねてねえか?」
「我は正常に機能している……はずなのだが、今はあまり自信が無い」
大和の神々のグダグダぶりに対して、ハロエリスとその器、セイジは冷静だった。
「ふむ……器が世界の理から外れてしまったことがきっかけとなり、あの天使が少しずつおかしくなっていったのだと仮定すれば……」
「自分の翼を爆風でもぎ取って半堕ち状態でこちらの世界へ、という奇行の原因も、記憶が中途半端に消されて、精神的に不安定になっていたせいかもしれないな?」
彼らに続けて、レノとアル=マハも意見を述べる。
「サイト君のような底抜けの阿呆が地球にもいたとはね……」
「とんでもないことをやらかした奴の勝ち、みたいな流れになっているが……世界を書き換えるという作業は、こんなにヤンキーの武勇伝的なアレなのか? おいヘファイストス、たまには何か言え。やらかし野郎の生々しい意見の一つや二つ、この場でパパッと提供できるだろう?」
アル=マハが呼びかけるも、ヘファイストスは姿を見せない。なにしろここには自分が拉致監禁していたミカとヒハヤの父親がいるのだ。顕現した瞬間に『戦時特装』で攻撃されることは火を見るよりも明らかだ。
呼ばれても出てこない神に代わり、アル=マハが神の言葉を代弁する。
「あー……なんだって? 『俺はマガツヒを倒すという大義名分で仲間を集めて、この土地で神々の王になろうとしていた。これほど大事になっていると知っていたら、こんな面倒なことには首を突っ込まなかった』……と言っている」
「ひょっとしなくても、君の中にいる神は最低最悪か?」
「甘いなレノ。最低最悪じゃあない。超・最低最悪だ。拉致監禁事件の被害者が言うんだから間違いないぞ」
「ああ、間違いなさ過ぎて、掛ける言葉も見つからないよ……」
アーク・アル=マハという人間の素性についても、このミーティングを始めるとき真っ先に説明されている。あまりにも重大な問題であるため、この議題は後回しにされているのだが――。
「マガツヒの誕生も、今回のレクターのことも、ザラキエルとその器の件も、すべて『日本』という土地から始まっている。ここはひとつ、特務、情報部、ジルチの合同チームを組んで、現地調査を行うべきではないかな? アークの『妹』とも、もっときちんと話し合う必要があると思うのだが……皆はどう思う?」
レノの提案にほぼ全員が頷いた。手を挙げて明確に『異論がある』と示したのはシアン一人である。
「現地調査を行うより先に、まずはこちらの世界で話を聞くべき人間がいるだろう?」
「ん? 誰かな?」
「こいつだ」
シアンは映写機型のゴーレムを取り出し、偵察ゴーレムが撮影した映像を映写しはじめる。ミーティングデスクの真ん中に映し出される立体映像に、一同は「あっ」と声を上げた。
「アヤタ・ラミア!」
「そうか、こいつなら……!」
うどん屋の店員は、こんな時間にもかかわらず大忙しで働いていた。明日も平日だが、これだけ妙な騒ぎがあった夜だ。おとなしく帰宅してじっとしている市民などいるはずもない。誰もが号外を手に、なじみの飲食店になだれ込んでいる。
生き生きとした表情で大人気地球料理『テンプラ』を揚げているアヤタの顔を見て、誰もがげっそりとした顔つきになる。
「まさか、バンドマンの『綾田君』とうどん屋の『アヤタ・ラミア』が同一人物だったとは……」
「ちょっと隊長ぉ~? アンタ直接会って会話してたのに、なんで同じ人間だってわかんなかったのよ~」
「それはな、地球での綾田が『やっぴーニャッピー綾田ッピー♪ おぱおぱ♪ ボクヤッピちゃん♪ 仲良くしてほしいッピ♪』というキャラだったせいで……」
「ナニソレ怖っ! え? あの人、隊長と同い年よね⁉ それ、まさか素で言ってるわけじゃ……?」
「おそらくはヴィジュアル系バンドのメンバーとしてのキャラ作りだと思うが……あまりに自然な『ヤッピ語』だったので、こちらのアヤタ・ラミアと同一人物という可能性が思い浮かばなかったのだ……」
「並のオカマでもそこまでキャラ作んないわよ? ラミアってホントヤバい神ね。恐れ入っちゃうわ……」
オカマに感心されるポイントはそこなのか。ミーティングルームに居合わせた全人類及び全神的存在がそう思う中、裏口から撮影されていることに気付いたラミアは、ゴーレムに向かって何か言っている。
「ん? このゴーレム、マイクは付いていないのか?」
ベイカーの疑問にはナイルが答えた。
「いや、情報部で使ってるゴーレムは集音機能もばっちりだよ。狭いお店だし、客席に聞こえないように口パクしてるんじゃないかな?」
「ああ、なるほど。ええと……『話はあとで』……?」
「『今夜は稼ぎ時』……と。うん、しっかりしてるね、蛇神ラミア……」
「ラミアというのは商売の神なのか?」
信仰されていたエリアが一部重複するハロエリスに尋ねると、ハロエリスは何とも言えない顔をした。
「ラミアには属性も守護対象もない」
「なに?」
「あれは子供の躾に使われる『作られた悪役』だ。子供が言いつけを守らぬとき、夜更かしするときなどに『悪い子はラミアに食べられてしまうぞ』と言って、子供を怖がらせるのだ。基本的に、ラミア本人が何かをするわけではない」
「ということは、大人が子供をしつけるたびに『信仰が寄せられた』と判断されるのか?」
「そういうことになる」
「でも、何もしない?」
「その通り。あれは『悪い蛇の化け物』であり続けることだけが役割という、少々変わり者の神である」
「寄せられた信仰心の使いどころがないという点では、ヤム・カァシュと似ている気がするが……?」
「そうだな。守護対象の作物がなくなってそうなったか、はじめからそのような存在であったか、そのあたりに違いはあるが……」
「力を持て余した神二体と、一匹狼だったはずのザラキエルが組んでいたわけか。ザラキエルとその器が創造主から何を命じられていたのか……それが問題だな?」
ベイカーが確認を取ると、一同は一斉に頷いた。
「よし、それについては、あとでラミアからじっくり話を聞かせてもらおう。とりあえず今は、この場で決定できる問題からやっつけてしまうぞ。レクターを含む『復活者』について、騎士団としてどのように発表するかだが……」
全員が一斉に視線を向けたのは、蘇ったレクターではない。中央市民のヒーロー、マルコ・ファレル王子のほうだ。
「えっ⁉ あ、あの、私が、何か……?」
「ダウンタウンでの一件で、マルコは『封印されていた竜族の生き残り』を退治したことになっている。もうこの際だ。経年劣化で綻びの生じた封印から邪悪な気が漏れ出したとかなんとか、適当な理由をでっちあげてしまおう。市民の記憶がすっ飛んだのも戻ったのも、死んだはずの人間が生き返ってきたのも、原因はすべて『竜族の遺した邪悪な呪い』のせいだ! その呪いの存在に気付いて、悪用している何者かがいる! 敵は未だ見ぬ怪人ミスターX! マルコ王子は悪に立ち向かう正義の味方! 我々は、そんな王子を支える忠実な騎士たち! もう、そんな感じの設定でいいよな?」
「そんな感じの設定……と言われましても⁉」
うろたえるマルコだが、ミーティングルームの面々は一様に首を縦に振っている。歴然と『嘘を吐こう』と提案しているにもかかわらず、ベイカーに対して『裁きの雷』はない。国家としての秩序や治安を維持するためには必要な方便であると判断されたようだ。
「あ、あの……本当にそのような設定で⁉」
「ああ。これなら、国民は一致団結して『怪人ミスターX』を見つけ出そうとするだろう。元々非合法な仕事を請け負っている裏社会の連中は動きづらくなるだろうし、市民からのタレコミが増えれば、これまで見過ごされていたマフィアの拠点も見つかるかもしれない。市民だけではないぞ。貴族連中も動くはずだ。なぜなら、今王子の味方であると示せば領民からの好感度はうなぎ上りだ。これまで多少何かをやらかしていたとしても、『あのマルコ王子の味方なんだから根は良い人に違いない』と好意的な目で見てもらえる。だから続々と声明を発表する。で、一度公式に声明を出してしまったら、内心どう思っていようが、絶対に金か物資か兵隊を出して騎士団に協力せねばならない。口先だけでは、貴族仲間からも『信用できないヤツ』と判断されてしまうからな」
「な……なるほど。よく分かりました……」
死人が蘇るというありえない現象をそれっぽく説明して誤魔化すだけで十分なのに、ベイカーはこの一件を利用して民意を誘導し、マフィアの摘発と騎士団への寄付金集めまで行うつもりでいるようだ。
この人だけは敵に回してはいけない。
そんな面持ちのマルコの背中を、隣席のロドニーがポンポンと軽く叩いた。この程度で驚いてたら身が持たねえぜ、と言われた気がして、マルコは心底震えあがった。
一応の方向性が示されたところで、ジルチのサブリーダー、レノが手を挙げる。
「こちらからも一つ提案したいことがあるのだが、いいかな?」
「うん? なんだ?」
「メリルラント兄弟は、現時点で三人とも特務部隊に配属されているだろう? 彼らは歴代特務部隊員の中でも、特にマフィアから恨まれている。本来ならばメディアへの露出は控えるべきだろうが、この際、兄弟との再会を果たした感動ストーリーとして、大々的に公表してしまうのはどうだろう? 裏社会の人間から恐れられるほどの騎士が王子の周りを固めているというのも、市民の士気を上げるポイントになると思うのだが?」
「ああ、それはいいかもしれんな。マルコとレクターが仲良くしている絵面を見せることで、『復活者』に対する謂れなき中傷も防げるだろうし……」
「ということなので、レクター。君、今日から王子様の後ろをついて歩く金魚のフンになりなさい。可能な限り笑みを絶やさぬように」
「それが良いな。レクター、今日からお前は金魚の尻にぶら下がった切れの悪いウンコだ。笑顔いっぱいの幸せアホウンコに徹するがいい」
「復活初日に魚類の排泄物ポジションに任命される俺の気持ちとか考えたりしないのか、お前ら」
「大変胸が痛むが仕方がない」
「世のため人のため国家のためだ。胸を張ってウンコになれ」
「そんなに俺とシャオマオの結婚に反対か?」
「控えめに言って、もう一度死んでほしい」
「今すぐ手の施しようのない前立腺がんになって生殖器ごと全摘されてしまえばいいのに」
「相変わらずさらっと酷いことを言うなぁ、レノとサイトは……」
肩をすくめるレクターだが、歌姫シャオマオの兄、シアンからの抗議の声はない。なぜなら先ほどシャオマオがやってきて、レクターと再会したその場で結婚と歌姫の引退を宣言したのだ。
二年前の時点でレクターとシャオマオは結婚も視野に入れた交際をしていた。それがある日突然、何の連絡もなく彼氏が消えてしまったのだ。それもただの行方不明ではない。この世界のすべての人間の記憶から存在が消えるという、ありえない消え方である。レクターの存在を思い出した瞬間、シャオマオが『すぐに結婚して捕まえておかなくちゃ』と考えたのも、当然の流れであった。
シアンは今、表面上は平静を保っている。が、猫耳が下を向きっぱなしだ。ひどくショックを受けて、まったく立ち直れていないことが見て取れる。
「いっやぁ~、まいったよなぁ、オイ。弟がもう一人増えちまった気分だぜ。これからは親戚としてよろしくな、シアン!」
「ようこそメリルラントファミリーへ! 仲良くしようジャン♪」
エリックとアスターの言葉に、シアンはこの世の終わりのような顔で答える。
「あ、ああ、よろしく……」
よもやこの連中と『御親戚』になってしまうとは。そんな心の声が顔いっぱいに書かれているが、メリルラント兄弟の目にその文字列は映っていないらしい。
「レクターの嫁さんのお披露目パーティーしなきゃな!」
「パパとママとお兄チャンたちとオジサンオバサンたちと従兄弟たちと……あと誰に招待状出すジャン?」
「姉ちゃんたちと嫁ぎ先の旦那衆も呼ばねえと、あとで文句言われるんじゃねえか?」
「あー……ここまででざっと三十人くらいジャン?」
「従兄弟たちがそれぞれ嫁さんと子供連れてくるだろ?」
「兄ちゃん姉ちゃんも子供と孫連れてくるジャン? 王子様の話も聞きたがるだろうし……」
「百人超え? うっわ、軽いホームパーティーじゃ済みそうにねえな、おい」
「イベント業者に任せちゃえばいいジャン!」
「だなー」
士族階級のメリルラント家は王家主催の式典や他家が催すパーティーへの参加が多い。日々の暮らしの中にも年中行事の類がやたらと多く、シアンには今後、『レクターの嫁の実兄』としてその手の招待状が頻繁に届くことになる。ごく普通の庶民の家に生まれ育ったシアンとしては、ただただ気が重い。
「シアンさん。士族のしきたりっぽいので分からないことあったら、俺に聞いてほしいッス。俺、これでも一応は士族ッスから」
「ありがとうガル坊。はじめてお前が頼もしく見えた……」
涙目のシアンを笑える者はいない。特に、双方まったく知らないうちに『ご兄弟』となってしまったアル=マハとベイカーは。
「ん? どうした? なんだか顔色が悪いな……?」
あまりにも挙動がおかしい二人に、シアンはそう尋ねるのだが――。
「あー、そのー……この場を借りて重大……なのかどうかよく分からない発表をしても構わないだろうか?」
「これは重大という言葉を用いるにはいささか不足があるような気がしないでもないのだが些細な問題と呼ぶには大きすぎるという実に微妙な話で……」
「はいみんなー、ちゅうもーく! ダブル隊長がポンコツなので、アタシとレノさんが代わりに説明しまーす!」
「唐突に結論から入らせてもらおう。先週ベイカーが妊娠させた女子高生は、アークの妹だ」
「で、最初にザックリ説明したとおり、アル=マハ隊長の正体は地球から連れてこられた日本人です。本名は阿久津未鶴! 名前だけ聞いても一発で分かる感じよね! お兄ちゃんが未鶴くんで妹が始鶴ちゃん。もうこの際、『みっちゃん』でも『みつるん』でも、好きに呼んであげちゃっていいわよ!」
「これが証拠の写真だ。アークがこちらの世界に持ち込めた数少ない所持品を撮影させてもらった」
さらりと言い放ち、デスクの上に十数枚の写真をばら撒く。
ランドセル、学童帽、学校指定のリコーダー、子供用の靴や衣類、ランドセルに入っていたと思しき教科書とノート、筆箱――どう見ても、下校途中に誘拐された子供の所持品である。
何がどうしてそうなった?
目を丸くする一同に、アル=マハはヘファイストスの力を使い、自分の記憶をコピーしていく。
それは古い記憶である。
脱いだ上履きを乱雑に下駄箱に突っ込み、土埃で汚れたスニーカーに足を突っ込む。きちんと踵を収める時間ももどかしいのか、右足の踵は履きつぶしたまま、先に昇降口を出た友達を追いかける。
「みっちゃん早く!」
「急がないと中学生に取られちゃうよ!」
「ヒロ君は⁉」
「先に行って場所取っといてくれるって!」
「あいつ足速いから!」
このとき急いでいたのは、何をして遊ぶためだったのか。おそらくはサッカーだろうが、もうよく覚えていない。ある程度以上の人数で球技が出来る広場は限られている。中学校の授業が終わる前に広場を押さえておかないと、遊び場がなくなってしまうのだ。
急いで駆けてゆく仲間たちと並んで走るが、やはりスリッパのように突っかけただけの右足の具合が良くない。
「先に行ってて!」
そう言って立ち止まり、靴を履き直すために屈んだ。
そしてもう一度顔を上げると――。
「……え……?」
そこはもう見慣れた通学路ではなかった。驚いてあたりを見回すと、すぐ後ろに、とても大きな男の人が立っている。
「な、何⁉ 誰⁉」
走って逃げようとした自分を、その人はごく自然な動作で抱きしめる。
不思議と、嫌な感じはしなかった。
「あ……あの……?」
「俺はヘファイストス。炎の神だ。未鶴、会いたかったよ」
「……え?」
「ここは地球から遠く離れた別の世界。今日からお前は、俺と一緒にこの世界で暮らすことになる」
「……なんで……?」
「お前は『神の器』として選ばれた特別な存在だ。お前はただの人間じゃない。嘘だと思うなら、俺の教えるとおりにしてみるといい。面白いことが出来るはずだから……」
頭の中に直接流れ込んでくる魔法の使い方。魔法なんて存在しない世界でごく普通の小学生をやっていた俺は、まさかと思いながら魔法を使った。
手の上に出現する不思議な炎。術者自身には何のダメージも与えない魔法の火に、俺はたちまち魅入られた。あとにして思えば、炎に見惚れていたその隙に偽の記憶をいくつも植え付けられていたようだ。けれども、そのときの俺には何も分からない。突然迷い込んでしまった『不思議の国』でたった一人頼れる相手、炎の神ヘファイストスにすべてを委ね、彼の指示するままに『アーク・アル=マハ』という名の別人に成りすまして生活することになった。
なぜそんなことをしていたのか。
それは、地球に戻る術がたった二つしかないと信じ込まされていたからだ。
一つは王家が主催する『抽選』で当選して、旅行者として地球に行くこと。
もう一つは騎士団員になって、護衛として地球旅行に随伴すること。
一生待っても当たらない抽選に臨むより、確実に地球に行ける立場に上り詰めたほうが話は早い。俺はヘファイストスの言い分を真に受けて、彼の指し示すほうへと歩き続けた。
時にはマハ家の援助を受け、時には神の力で他を圧倒して。そして順調に昇進を重ね、ようやく地球へ行ける立場、特務部隊長としての地位を得たのだが――。
「夜分恐れ入ります。あの、隣の部屋に阿久津さんという方がお住まいでは……」
旅行者の護衛任務の折、どうにか時間をやりくりして、元いた街へ行くことが出来た。しかし、そこに両親はいなかった。
すっかり様変わりした街並みと、空室になった1012号室。隣家の表札も、自分が知っている『お隣さん』の名前ではなくなっている。オートロックでも管理人常駐でもないこの賃貸マンションでは、隣近所の付き合いはかなり希薄だった。あまり期待せず訪ねた隣室の住人は、やはり有力な情報は持っていなかった。
「あー、あんた、お隣に用事があってきたの? お隣さんねぇ、一軒家買ったとかで、半年くらい前に出て行ったわよ?」
「どちらに引っ越されたかは……」
「いやぁ、ごめんなさいね? 住所までは聞いてないんだわ。そんなに付き合いも無かったし」
「そうですか……」
その後も何度か護衛任務に就き、俺はその都度時間を作って両親の居場所を探した。けれども手掛かりは何もない。闇雲に歩き回ってみても、それらしい背格好の人間を見つけることすらできなかった。
しかし、戸建て住宅を購入できるくらい裕福な暮らしをしているということは分かっている。父も母も、もう新しい家に引っ越して幸せに暮らしているのだ。いまさら会いに行っても、二人に迷惑を掛けるだけではないか。俺は自分にそう言い聞かせて探すことをやめた。そして同時に、日本人だった過去を捨てることにした。これからは『アーク・アル=マハ』という名前で生きていこう。そう決めたのだ。
だが、しかし――。
それから何年も経ち、今年の六月中旬のことだ。ヘファイストスに引き合わされた女神ニケとその器を見て、心臓が止まるかと思った。
「はじめまして、阿久津始鶴です。あなたがヘファイストスの器ですか?」
母の若いころとよく似た顔、思い出の中の母とそっくり同じ声。そしてなによりその名前。素性を問い質さずとも、自分の妹だと理解するのに五秒と掛からなかった。
俺は始鶴の味方をすると決めた。始鶴が俺の正体に気付いていたかどうかは分からない。それでも俺は兄として、始鶴とニケのやろうとしていることに協力するつもりでいたのだ。
まさかヘファイストスがニケに見限られるとは思いもせずに――。
とんでもない真相に絶句する一同に向けて、アル=マハは絶望的な声で真実を告げる。
「簡単な呪文一つで地球への行き来が可能だなんて、まったく知らなかったんだ。『神の器』ならば可能な事のほとんどを、ヘファイストスは俺に隠していやがった……」
なんて気の毒に――そんな言葉で片付けられるような問題ではない。
小学六年生の男児を誘拐し、嘘を吹き込み、手元に置くこと二十数年。自分にとって都合の良い駒に仕立て上げ、その駒を使って手に入れようとしていたのは『神々の王』という地位。この時すでに王様気分でタケミカヅチの兄弟とローマの女神たちを監禁していたのだから、アル=マハが『神の器』として真っ当な扱いを受けていた可能性は限りなく低い。
ヘファイストスという神がただの性犯罪者にしか見えない人間たちは、口々にアル=マハを励ます。
「ま、まあ、神とかそういう話は公文書には載せられないわけだし……いまさら君がこの国の生まれじゃなかったと分かったところで、なんの問題にもならないさ。君の素性がどうであれ、我々は君をリーダーとして認めるよ」
「そうだぞアーク。例え元が何人だろうと、アークの立場がどうなるわけでもないさ」
「なにより、ジルチは法的には死んだはずの人間ばかりだしな!」
「そうよ~。アンタもう書類上は死人なんだからさぁ、今さらマハ家の人間じゃなかったとかそういうこと言われても……ねぇ?」
「安心しろよ! 俺たちはいつでもアークの味方だぜ!」
「なんなら、代わりに俺たちがヘファイストスぶん殴ってやろうジャン!」
「……ありがとう、みんな……」
と、ここで終わればそれなりに『いい話』的な流れで済ませられるのだが、そういうわけにもいかない。アーク・アル=マハが阿久津始鶴の兄だとすれば、今現在のベイカーとアル=マハの関係は――。
「アル=マハ隊長? 今すぐ『生き別れのお兄ちゃんで~っす!』と名乗り出て、妹さんにこちらの世界への移住と俺との結婚を勧めてみる気はありませんか? あちらの世界で石油王と結婚するよりも圧倒的に裕福な暮らしが確約されておりますが……」
「まったく全然これっぽっちもない」
「十代で未婚の母なんて世間体悪いでしょう? うちに嫁いでおけば、一生生活に困りませんよ? 妹さんの今後のためにも、ここはひとつお兄さんのほうから……」
「女っ誑しの貴様に嫁ぐより、シングルマザーのほうが心安らかで幸せな暮らしを手に入れられると思うのだが?」
「精神的にはそうかもしれませんが、金銭的にはどうでしょう? 『現役女子高生妻』というプレミア感があるうちに玉の輿に乗っておいたほうがお得だと思いませんか?」
「プレミア感とか口走っている時点で全く信用できない」
「ここのところ色々ありましたからね。疑り深くなっているのも分かります。あー、アル=マハ隊長みたいな頼もしい人を『お兄さん』と呼べたらなーっ!」
「お前にだけは絶対に呼ばれたくないなーっ!」
グレナシンの言うとおり、ダブル隊長がひどくポンコツだ。もうどこから突っ込むべきか誰にも分からないレベルのポンコツ具合である。
「んもーっ! 団内の身内結婚って本当にメンドクサイ! 中途半端に親戚関係になっちゃうと、後で必ずグッチャグッチャのドロッドロになるのよ⁉ アンタらその辺分かってんの⁉」
「ぶっちゃけ、身内結婚は冷めた後が超ギスギスするんスよね~。俺がいた支部、同僚の妹か従妹と結婚するのが当たり前だったもんだから、どっかで夫婦関係うまくいかなくなると職場の人間関係にまで響いちゃってクソヤバかったんスよ~」
「あ、ワカルー。俺がいた支部もそれだったぜ? ド田舎の支部だからよぉ、職場どころか、村内全体の人間関係にダイレクトに響いちまって……」
「やっぱりどこもおんなじよねー。上層部のオッサンたちが義理の兄弟だらけとか、気持ち悪すぎて鳥肌立つわー」
「ッスぅ~」
「マジでソレー」
グレナシン、ゴヤ、ロドニーの言葉に、ジルチと情報部の面々も大きく頷いている。彼らの表情を言語化するならば、「おいベイカー、頼むからアークの妹との結婚だけは思いとどまってくれ。妊娠させてしまったものは仕方がないが、お前らが兄弟ごっこをやっている絵面を見せられる俺たちの精神衛生はどうなるんだ?」といったところか。
そんな話をしているうちに、『綾田うどん店』の仕事も一段落ついたようだ。ナイルの通信機に着信があり、出ると同時に歓喜の叫びがこだました。
「ありがとう特務部隊! 綾田うどん店開店以来の売り上げだよ! ゾンビ最高!」
通話音声がオープンになっていることを知っているのかいないのか、アヤタはナイルが何か言うより早く、こちらが最も聞きたかったこと、『瀬田川美麻』に関する話を始める。
「ねえねえ、ちょっと! 号外で見ましたよ! あの光の麦、美麻ちゃんが使ってたのと同じだったけど、あれって王子様の武器なんですか⁉ 闇属性の天使と対になる能力だって聞いてたんだけど、ひょっとして王子様のバディって天使⁉」
「いや、あれを使ったのは別の人間だよ。その美麻ちゃんという人間について、詳しく聞かせてもらいたいんだけど……」
「詳しくと言われても……どの辺の話でしょ? 個人的な秘密とかスリーサイズとかは知りませんよ?」
「あー……おおよその住所とか、通っていた学校とか、その辺の情報は?」
「あ、学校ならわかります。都立代々木高校の普通科。バネ君と同じクラスだって言ってました」
「えっ⁉ 代々木高校⁉」
「本当か⁉」
と、驚きの声を上げたのはベイカーとアル=マハである。二人はこの瞬間、はじめて美麻と始鶴が同じ学校の生徒であると気付いたのだ。
「綾田、ベイカーだ。本当に代々木高校なんだな⁉」
「あ! サイちょんだっぴ♪ おぱおぱにゃっぴー♪ ヤッピちゃんだっピ♪」
「電光石火のスティック捌き! さすらいのドラマー、サイトさんだぞ☆ ……ではなくてだな! そっちのキャラだと話しづらいから素で行こう! 素で!」
「一応乗ってくれるあたり親切だよね、君。で、何だっけ? 高校だよね? 美麻ちゃんとバネ君は代々木高校で間違いないよ。見に行きたいなら案内できるけど?」
「いや、学校そのものより、美麻とバネの交友関係について聞きたい。クラスメイトで親しくしていた人間はいるか?」
「いるよ。でも、向こうは記憶が消えちゃってるみたいだけどね……」
「名前を教えてもらえるか? 分かる限りで構わない」
「ええと……いつも一緒にいたのはサブちゃん、リョーヘイ、トラジ、ケンスケ……」
「女は? 同じグループに女はいなかったのか?」
「いたよ。月城愛花ちゃんと、阿久津始鶴ちゃん。いやー、もう、二人ともすっごい美人でさー。連れが大勢いるっていうのに、『モデルに興味ありませんかー?』なんてスカウトされちゃってて! モデルの路上スカウトなんて都市伝説だと思ってたから、本当にびっくりしたよ。思わずスカウトマンの記憶読んじゃったけど、正真正銘の本物! 詐欺とか風俗のスカウトじゃなくて、本当に芸能事務所の人だったんだよ?! すごくない⁉」
「あ、ああ、そうか……それはすごいな……」
すみません、そのうちの一人は俺が妊娠させました。もう一人と同じ顔の精霊は、なんだかんだで自分の所有物にしてしまいました。
そんな本当のことをぐっと飲み込んで、ベイカーは一番肝心なことを伝える。
「その二人は美の精霊カリストと勝利の女神ニケの器だ。綾田……いや、ラミア。彼女らを見て、神の器だと気付かなかったのか? 何度も会ったことがあるんだろう?」
「いや~、ごめん。間抜けな話だけど、まったく気が付かなかった。俺とヤム・カァシュとザラキエルは気配を消していなかったから、向こうが名乗り出なかったってことは、知られたくなかったのかな?」
「だろうな。ザラキエルはギリシャの神族を滅ぼした仇敵だ。ラミアとヤム・カァシュはともかく、ザラキエルには会いたくなかったのだと思うぞ?」
「あ、そうなの? ザラキ、あんまり自分のこと話さないタイプだったから……」
「そのザラキエルだが、なぜ器を作ったかは話していなかったのか? 創造主からどんな『役割』を課されていたかを知りたいのだが……」
「ああ、それはラジエルの書の回収だよ」
「ラジエルの書?」
「全知の天使ラジエル。どんな質問にも的確に、正確に答えてくれる天使。分かりやすく説明するなら、創造主が用意した『創造物の取扱説明書』かな? 創造主が人間に新しいアイテムを与えると、どこからともなく出て来て『説明しよう!』って解説パートを始めてくれるんだ」
「そんな役割の天使がいるのか?」
「うん、いたんだよ。でも、なんか不具合起こしたみたいで、余計なことまで喋っちゃったり、間違った使い方を教えるようになったりで……最終的には、まったく表に出てこなくなっちゃってさ。けっこういい奴だったから、個人的にはさみしいかなー、って感じなんだけど……」
「そのラジエルが書いたものが『ラジエルの書』か?」
「正確には、歴代バディたちが遺したメモや日記のことだね。ラジエルから聞いたことを忘れないように、人間たちはせっせとメモを取っていたから」
「そんなメモを回収する必要がどこにある? 説明書だけあっても、アイテムそのものが手元に無いのでは……」
「そうでもないんだわ、これが。創造主が人間に与えた『贈り物』は、剣や聖杯みたいな『物質的なもの』とは限らないからさ」
「どういうことだ?」
「今君が使っているものも『贈り物』のひとつだよ」
「今?」
「そう、今。たった今、君は言葉を使って疑問に思ったことを俺に尋ねている。そして俺の発した言葉を受け取って、そこに含まれた情報を理解しようとしている。分かるかい? 遠く離れた場所にいるまったく別の生命体同士でも、言葉という創造主からの『贈り物』を使えば、思考や感情、思想や概念といった情報のやり取りができるんだ。この言葉という非物質的アイテムの持つ力を何倍にも高めて利用する方法は、大和神族の間ではごく普通に使われているだろう?」
「ああ、なるほど、『言霊』か。確かに『言霊』の力は悪用しようと思えばいくらでも悪用できるだろうが……それほど警戒すべきものでもなかろう?」
「うん、まあ、『言霊』はね。だから『言霊』はあくまでも一例。ラジエルの書に記された『贈り物』とその扱い方は、物質的な物からそうでないものまで非常に多岐にわたる。中には『贈り物』として予知やエクトプラズム、反重力、位相差操作、時差トリック、亜空間ダイブなんて変わり種の能力を受け取った人間もいるし……困ったことに、その能力は子孫に受け継がれたりする。妙な能力を持て余しているところに、悪用方法が書かれた先祖のメモを見つけたら? この力を使えば億万長者になれると知ったら? 気に食わない人間を何人殺しても殺人罪に問われないと知ったら? 能力を使わずにいられる人間がどれくらいいると思う?」
「……それは……」
室内の神と人間全員が、ラミアの言葉を反芻して身震いした。
創造主は心根の正しい人間にしか特殊能力を授けないだろう。しかし、その子孫も最初の一人と同じく善良な人間とは限らない。もしも能力者本人が善人だったとしても、『ラジエルの書』を手に入れた第三者が能力者をそそのかして悪事を働かせることもあるだろう。
どうやらザラキエルとその器は、その身にかなり重大な『役割』を負っていたらしい。
その事実を全員が理解したところで、ベイカーは誰もが気になっていたことを尋ねる。
「ザラキエルの『役割』についてはよく分かった。それならば、一緒にいたラミアたちにはどんな『役割』が? 時空神クロノスまでもが日本に集結していたとなれば、ただごとではなさそうだが?」
「クロノスはナビゲーター。俺とヤム・カァシュは補給担当。日本に集結していた理由は、バブル期に日本で大流行した『ノストラダムスの大予言』とか『マヤ歴に予言された世界の終末』とか、そーゆーオカルト系の書籍の類かな。真に受けた成金日本人が世界中でそれっぽい古書や美術品を買い漁ってきたせいで、特にヤバめのが集まっててさ。クロノスが近い未来に問題が発生する場所と時間を教えてくれるから、俺たちはそれより前に現着して、ラジエルの書を回収、もしくは処分すればよかったワケ」
「ということは、マヤの遺物に関連していたからヤム・カァシュが動いていたのか?」
「そうだけど?」
あっさり謎が解けていく。よもやうどん屋の倅がこれほど核心に近いところにいたとは。なんともやりきれない表情になる一同を見て、ロドニーが小声で耳打ちする。
「はじめからうどん屋で作戦会議したほうが良かったんじゃねえか?」
そんな身も蓋もない意見に、マルコも小声で応じた。
「こんな大人数で長々と居座ってしまっては、お店の御迷惑になりますよ」
「全員で全部乗せの『アポカリプティックうどん』頼めば、店側も採算取れるんじゃねえか?」
「総重量三キロもあるギガメニューを完食できる人間が何人いるとお思いですか?」
「大丈夫。多分マルコとゴヤとアル=マハ隊長以外は余裕で食うから」
「え?」
「ここにいるの肉食獣ばっかりだから、けっこうみんな食い溜め可能なんだよ。胃袋すっげー伸びるんだぜ?」
「伸びる?」
「昔は獲物が取れないと一週間くらいは普通に絶食してたから。狩猟生活時代の名残で、今も二~三キロの肉なら平気で食うぜ」
「肉食系獣人種族としては、そういった能力を有している方が『標準的な人間』なのでしょうか……?」
「まあ、わりと」
「すみません、認識を改めさせていただきます……」
日常的に人間の姿をしているので忘れがちだが、ロドニーは人狼、ベイカーとメリルラント兄弟は雷獣、シアンとナイルはネコ科種族で、グレナシンに至っては謎多き昆虫系種族だ。全く異なる生命体同士でも言葉を使って情報をやり取りできるという『当たり前の現象』が、今さらながら胸に深く突き刺さる。
そんな二人のやりとりが聞こえている仲間たちも、言葉には出さないが、それぞれ改めて『別の生き物』であることを再認識していた。
奇跡というものは、存外、日常的に目にしているものなのかもしれない。
各々が神妙な面持ちで考え込んでいる中、ラミアとベイカーの話はトントン拍子で進められていく。
「……では、まずは明日、メリルラント兄弟と俺とで地球に行って、クロノスと話をしてくるとしよう」
「あ、ちょっと待って。明日は伸信くんレコーディングだから無理かも?」
「レコーディングというと、ワンマンライブ合わせの新曲か?」
「そう、昨日俺のギター録り終わって、明日ボーカル録り」
「なら、先に鬼怒川とかいう少年のほうに会っておくか。エリックとレクターに会ったそれぞれの時間軸を記憶しているんだよな?」
「うん。会えばちゃんと『あー、あのときの!』ってなるはずだよ」
「分かった、ありがとう。あと、最後に一ついいか?」
「なに?」
「タコヤキングの新譜一枚、メンバー直予約で頼む」
「ジャケット写真五パターンあるけど、俺バージョンでいい?」
「伴馬場さんがいい」
「ヤッピちゃんかなしいッピ! サイちょんのお家にヤッピちゃんディスクもお迎えして欲しいッピ!」
「じゃあ五パターン全部一枚ずつ」
「あざーっす! CD全パターンとワンマンライブチケット同時予約で限定特典ディスクもつくけど、チケットのほうはどうする?」
「じゃあそれも」
「まいどありーっ!」
なんて商魂たくましい神だろう。蛇神ラミアのしたたかさをひしひしと感じながら、一同は通話を終えたベイカーの表情を見て肩を落とす。ほくほく顔のベイカーの脳内は、大好きなバンドの新曲の話題で占められているに違いない。
おもむろに手帳を取り出して八月のカレンダーにタコマークを描き始めるベイカーに、一応、グレナシンがツッコミを入れる。
「ちょっと隊長? アンタ、地球行く目的忘れて無いわよねぇ?」
「安心してくれ。バッチリだ!」
「あ、うん。ちゃんとダメな時の顔してるわね!」
もはや何も言うまい。室内の誰もが、決め顔で親指を立てるベイカーの発言を信じていなかった。
その後もいくつか細かな確認事項について話し合い、最後にもう一度、全員の共通目標を確認する。
「我々の最終的な目標は、度重なるシステムトラブルで滅茶苦茶になったこの世界を本来あるべき状態戻すこと。そのためには一にも二にも『マガツヒ』の討伐が必要となる。現状ではロドニーを殺さない方向で話を進めていくが、今後マガツヒによって人的被害が発生した場合、脅威の排除を最優先とし、『殺処分』も視野に入れた行動にシフトしていくことも考えられる」
ベイカーの言葉に、グレナシンが続ける。
「アタシたちに用意されている結末は五つ。一番良いほうから発表していくわね。一つ目はオオカミナオシがマガツヒ化する原因を解消して、世界の不具合も綺麗に直して、誰一人欠けることなく、みんなでその後を生きること。まあ難しいでしょうけど、アタシはなにがなんでも、ここに持っていけるように動くわよ」
「二つ目は、今副隊長が挙げた達成条件のうち、いずれか一つが欠けたものだ。ロドニーは救えたが不具合は解消されずに残った。ロドニーは犠牲になったが世界の不具合のほうは解消された。または、ロドニーも世界も救えたが仲間が何人か犠牲になった場合かな? 赤の他人が見ればここまではどうにか及第点かもしれんが、俺としては、二つ目以降のすべての結末はバッドエンドだと思っている」
「三つ目は、二つ目からさらにもう一つ何かが欠けた場合。例としては、ロドニーだけは救えたけれどシステムトラブルはそのまんま、人的被害も甚大……とか、そんなもんかしらね?」
「四つ目は、目的が何も達成されないまま犠牲ばかりが出てしまった場合だ。最も悪い結末の一歩手前だな。しかし、この状態でもマガツヒさえ倒せれば世界は騙し騙し存続する。記憶の書き換えとリセットを繰り返しながら、今と同じようなツギハギだらけの時間軸が継続していくだろう」
「で、最後の一つ。一番悪いエンディングは、アタシたちが闇に呑まれて、マガツヒと同じ側に回ってしまうことよ」
「マガツヒ一体でも、みんなで力を合わせてようやく対抗できるようなレベルだ。誰かが闇に呑まれてマガツヒと同じ側に堕ちてしまえば、もう残りのメンバーでは対抗する手段がなくなる」
「最悪の状態を回避するためにも、『闇』の毒素には本当に気を付けてちょうだい。ここにいるみんなは『黒い霧』や『瘴気』の影響を体感しているから分かるでしょうけど、あれを浄化できるのはカミサマの中でも特に強い光を持つ神だけなのよ」
「その『強い神』であっても、うっかり高濃度の『闇』に飛び込めば動けなくなることもある。そうだよな、サラ?」
マルコの頭の上で、サラは申し訳なさそうに首を垂れる。地面の下に溜まった超高濃度の闇に気付かぬまま接近し、危険を察知したときには既に麻痺状態に陥っていたのだ。
油断すれば四神の一柱、青龍ですら動きを封じられる。その事実を改めて胸に刻み、一同は気を引き締め直した。
「で、これが今日のミーティングの締めくくりなんだけどね? ぶっちゃけた話、アタシ、一つ目の『ハッピーエンド』以外を受け入れる気は無いの。だからこの先、誰かが何かで死んだ時点でデニスちゃんと鳳凰に『強制リセット』を掛けてもらうことにしたわ。たぶんアタシたちの記憶はリセット前の状態で持ち越されると思うから、妙なタイミングでいきなり時間が巻き戻ってもビックリしないでちょうだい。誰かがどこかでしくじったんだと思って、すぐに頭を切り替えて、同じ時間軸に再挑戦すること。いいわね? 二度や三度のリトライで挫折するような腑抜けはお尻の穴に気合注入してやるから、アンタら全員、覚悟決めときなさいよ?」
一同はグレナシンの発言に震え上がった。諦めず何度も挑戦することに関して異論はない。だが少しでも『やる気が感じられない』と判断されれば、とんでもないところに気合を注入されてしまうらしい。
歴戦の勇者たちは、気持ち以上に尻の筋肉を引き締めた。
しかしただ一人、マルコだけはその他の面々と違う意味で複雑な顔をしていた。
これまで一言も発言せず末席に腰を下ろしていたデニスは、両肩に金色の神獣・鳳凰を乗せている。鳳凰は物事の『興亡』を決定する能力を持つと説明されていたが、よもやそれが『強制リセット』などという荒業であったとは。
マルコはまさかという思いで問う。
「デニスさん……もしかして私は、その能力で一度命を救われているのでは……?」
「どうしてそう思います?」
「私とあなたが初めて会ったあの日、ブルーベルタウンの『幽霊屋敷』に向かう際、あなたは一度も地図を見ていません。それどころか、私やロドニーさんに行き先を尋ねることもしていません。あのときの私は、隊長から車両管理部へミッション内容が連絡されているものと思っていましたが……今日、自分で車両管理部に連絡を入れて不思議に思ったのです。内線では車両の手配をお願いするだけで、それ以上の話は、現場に向かう隊員から直接説明されるはずですよね?」
「あー……バレちゃいました? はい、実はあの状況、二度目だったんです」
「やり直すことになった原因は、地下室での、あの戦いでしょうか?」
「ええ、そうです。一度目のとき、マルコさん、地下室で女幽霊にボコボコにされてそのまま死んじゃって……地下室も爆弾で木っ端微塵に吹き飛ばされちゃったんですよ。飛び散った火の粉が雑草に燃え移って、辺り一帯火の海になるし……だからやり直しました。死者が生者を撲殺するなんて、世界の不具合以外の何物でもありませんからね」
「ありがとうございます。あなたのおかげで、今、私はこうして生きていられます。どうやってお返ししたらよいか分からないくらい、大変なご恩を……」
「いやいやいや! ちょっとマルコさん! やめてくださいよ! 王子様に頭下げられたりしたら、庶民はどうにも、その……どんなリアクションしたらいいのか……」
「ちょっとデニスぅ~? アンタその能力、もう使ったことあったの? ミーティング前に話したとき、なんにも言ってなかったじゃな~い!」
「いや、その、使ったことあるのってその一回だけですし……いまさら言うのも恩着せがましいというか、なんというか……」
「それってもしかして、俺たちも死んでるとこだったんじゃねえか⁉」
「そうッスよね? あのタイミングで地下室が吹っ飛んだんなら、中にいた俺らも……?」
顔を見合わせるロドニーとゴヤの後ろから、唐突に大和の軍神トリオが顔を出した。
「その意気や良し! デニスよ! 我は其方に男気を感じたぞ!」
「名乗り出ないあたりがにくいね! そういう忍びっぽいところ、僕、好きだよ!」
「とりあえず胴上げだな。貴様に拒否権は無い」
「はぁ⁉ えっ⁉ ちょ……うわ、やめ……あわわわわぁ~っ⁉」
「わーっしょい!」
「わーっしょい!」
「わーっしょい!」
タケ、ミカ、ヒハヤに胴上げされるデニス。なんとなく勢いで胴上げに参加するゴヤとルシファー、グレナシンとツクヨミ、メリルラント兄弟とゴリラ、イノシシ、ツチブタ。
盛り上がる特務の面々をよそに、ジルチと情報部の面々は真顔で言った。
「では、これにてミーティングを終了する」
「解散!」
「みんなお疲れー」
「俺たちも気合注入されないように頑張らないとな」
「うん。カミサマとかマガツヒよりも、セレンの夜襲のほうが怖いよね?」
そうしてぞろぞろと出て行く先輩たちの背を見送り、マルコ、ロドニー、ベイカーは黙って視線を交錯させた。
どうする?
約五秒間の無言の探り合いの末、三人同時に動いた。
「俺らも入れろっつーの!」
「デニス! 一発芸だ! 空中一発芸! 変顔しろ!」
「デニスさんに感謝を込めて!」
せーの、と力を込めて胴上げしたせいで、デニスの体はみんなが思ったよりも高く上がってしまった。そしてその足は、さほど高くもない天井に当たり――。
パリン。
やってしまった、と思ったときには手遅れである。天井に取り付けられた蛍光灯が割れた瞬間、室内の電気が一斉に消える。本部庁舎の照明はワンフロアごとに安全装置が作動するため、安全確認と復旧作業が済むまでは一階層丸ごと停電するシステムになっている。それを朝礼で言った・言われたその日に停電させてしまったわけで――。
「やべえ、総務に怒られる……」
「リセットしてみます?」
「いや待てデニス。これで世界丸ごとリセットなんてやらかしたら、創造主に怒られるような気がするぞ……」
「どうするんスか、これ……」
「どう……しましょうか? ひとまずは割れた蛍光灯を片付けるとして、明日の朝いちばんに事務方に謝罪を……」
「マルちゃんが謝りに行ったりしたら、事務長ビビっちゃって逆に可哀想ッスよ?」
「おー、それな。マジでどうする?」
「てゆーか誰か配電盤の復旧方法知らな~い? アタシと隊長、まだ操作マニュアルもらってないんだけど~」
「ゴリさん、神なら何とかしろよ」
「ウホッ⁉ ウ、ウゥ? ウホォ~……?」
「お兄チャン、それ無茶振り過ぎるジャン……」
「ところでエリック兄さんとアスター、いつの間にセレンと別れてゴリラと……?」
「付き合ってないジャン⁉」
「これが彼氏に見えんのかよ⁉」
「うん」
「ええっ⁉」
「マジかっ⁉」
「ウホッ♡」
「ちょ、ゴリさんっ⁉」
「なんで喜んでるジャン⁉」
「ゴリラさん、頑張って!」
「応援すんな!」
「レクター酷いジャン!」
そんな会話の最中に、大和の神々とルシファーは姿をくらませている。ああ、なんていい加減で無責任な連中だと、誰もが同じことを思いながら、誰からともなく蛍光灯の破片を集め始めた。
格好良く戦って、いかにもそれらしい雰囲気の円卓会議をして、夕日や星空をバックに友情を確かめ合って、明日への希望を語り合いながら綺麗に終わる。そんな英雄伝説の騎士と程遠い彼らは、誰が始末書を書くべきか、最後まで責任を押し付け合っていた。