街の噂②
背後で突然声がした。
私はその場で飛び上がる。
「ごめんなさい…って、リヒト?」
そこにいたのは、幼なじみだった。
険しい顔で私を睨んだかと思うと、リヒトはひったくるようにその本を取り上げた。
「これは、禁書だ」
「え」
リヒトは表紙の内側を指差す。
「あ、赤い×印…」
「ここの店主、知らずに売っていたんだろう。良かった、他の者の手に渡らなくて」
リヒトはそう言って、自らの鞄にそれを入れた。
「行くぞ、マーシャ」
叩きつけるようにお代をカウンターに置き、リヒトは店を出ていった。慌てて、私も後に着いていく。
「リヒト、どうしてここに?」
大通りに出ると、ようやくリヒトの歩みは落ち着いた。
多少、息が切れている私を、彼なりに気遣ってくれたのだろう。私のペースに歩みを合わせてくれる。
「お前の父親に、この本を頼まれたんだ。古書街にあると、情報は掴んでいたらしい。そしたら偶然、お前がいた」
「お父様が?」
妙な違和感があった。
お父様の仕事を考えると、禁書を読むことは特段おかしなことではない。
ただ、今朝の神妙な顔付きが気になる。
禁書である『時空と針』
…何か関係があるのだろうか。
「ねえ、リヒト。今、王宮で何が起こっているか、あなた知ってる?」
リヒトは何も答えない。
だから私もそれ以上は聞けず、黙って後に着いていく。
(リヒトは、何か隠している)
直感がそう告げる。
でも、いったい何を隠しているというのだろう。
疑心を持ちながら、私は歩いていた。だからだろう。果物屋の前で話す、婦人がたの声に気が付いたのは。
「この街の宝物って、いったい何かしら」
「そんなのきっと、王宮にあるに違いないわよ。私らには関係無い話!」
「あらま。でもハンサムな人なんでしょ。会いたいわねえ。今だってこの辺を歩いてるかもしれないんだから。怪盗0様!」
「怪盗0?」
ぽつり呟いた私に気付いたのか、リヒトは突然、歩みを速めた。
「ちょっと待って、リヒト」
結局リヒトと家まで帰って来てしまった。
もちろん私は息も絶え絶えだ。
「マーシャ」
「何?」
「今日はここに、泊まっていく」
ぽかんとする私を差し置いて、リヒトはそのまま家の中に入って行った。