歴史の門番①
王家の敷地のうんと隅に、小さなレンガ造りの家がある。いや、小屋という方が正しいか。
いつもより騒がしい、鳥の羽音で私は目が覚めた。
辺りを見渡し、耳を澄ます。
誰もいない。
どうやらお父様は、お出かけのようだ。
「いい匂い」
窓から流れ込む、山茶花の香りに誘われて、私はふらり外に出た。
空が澄み渡っている。清清しい気分だ。
こんな日にはきっと、何か素敵なことが起こるに違いない。
「マーシャ」
ぼんやり空を眺めていると、誰かが私の名前を呼んだ。
くるり振り返る。大きな袋を両手に抱え、リヒトが後ろに立っていた。短髪で、肌の色は私と違い少し黒い。彼は共に王宮に仕える、大切な私の幼なじみだ。
「おはよう、リヒト。素敵な朝ね」
私の声が聞こえているのかどうか。
彼はむっと押し黙ったまま、王宮を見つめている。
「お父様の書類を持ってきてくれたのね、ありがとう。せっかくだから、一緒に朝食をどう?」
リヒトは玄関先に袋を置いて、静かに首を振った。
「やめておく。お前ももうすぐ、17歳だ。気軽に男を家に入れるのは、やめた方がいい」
そう言って、リヒトは背を向け立ち去ろうとする。
「リヒト!」
呼び止めた声もむなしく、リヒトは王宮へ戻っていった。
残された私はふてくされながら、玄関に置かれた紙袋の中身を確認する。
「ナラジー川の氾濫の歴史」
「今年度財政決算書」
「第26代国王ミジョンの勝率と、その戦法について」
などなど。
どれもお父様に王宮から送られてきた資料だ。
思わず、ため息が出る。
(今はお父様の物だけど、近い内にこれらは全て、私が覚えなきゃいけないんだわ)
そう考えると、ぞわり恐ろしくなり、その重圧に押し潰されそうになる。
「マーシャ。我々はね、この国の歴史を司る……いわば、歴史の門番なんだよ」
うんと私が小さかった頃。
お父様は教えてくれた。
私達は代々、国の歴史を管理し守っていく家柄なのだということ。
17歳になれば、一人前の門番として、国の全ての歴史を知る権利ができるということ。
そして、
17歳の誕生日を迎えた夜には、
先代より口頭で、サラリア国のある歴史を伝承されるということ。
17歳の誕生日は、もう明日の夜に迫っている。
私は震えが止まらない。
(そんな大役、私なんかに務まるのかな
嗚呼、お父様はなんて、立派なのだろう!)