伝書鳩
ときめきを、貴女に。
その知らせを王家に運んできたのは、真っ白な一匹の伝書鳩だった。
たいていの情報の伝達に、このサラリア国では馬を使う。
鳩を、それも白い鳩を使うのは、よほど切迫した、いわゆる緊急時だけだ。大広間の窓ガラスから勢い良く一匹の白鳥が姿を現したその時、王は少し遅めの朝食を楽しんでいるところだった。
鳩の細い足に巻き付けられた、赤い紙を見て、家臣一同の顔つきが変わった。重役家臣の一人が、恐る恐る、手紙を開く。
「文を読め」
静かな、しかし緊迫感を含んだ面持ちで、王は年老いた家臣に命じる。
「はっ。文はサラリア国外れにある孤児院の院長からでございます」
「なに、孤児院からだと?」
不審そうに、王は目をすぼめる。
「恐れながら、送り主は確かにそのように。文にはこう書かれております。
『今朝、当孤児院の玄関先にて、包みがひとつ、ございました。中身を確認いたしましたところ、なんとエメナルドの大粒の石がはめ込まれた、高価な髪飾りが入っていたのです。これはおそらく、先日より話題になっている、二百四十年前のマチューダ国で盗まれた王妃の髪飾りに相違ございません。送り主の名も、包みにしたためられております。
その名を…怪盗0(ゼロ)と』」
皿が音を立てて、床に砕けた。
しんと静まったのは一瞬のこと。
次の瞬間、家臣らの間にどよめきが走った。
「怪盗0だって」
「噂には聞いていたが」
「次は何を盗む気だ」
どよめき沸き立つ大広間。
王は立ち上がった。
「静まれ!」
水を打ったようにしんとなる家臣逹。
王はしばらく黙りこみ、思慮にふけっていたが、やがて顔を上げ、重々しく口を開いた。
「我がサラリア国に、戒厳令を敷く。
怪盗0の襲来に備えよ!
そして今すぐここへ、歴史の門番を呼ぶのだ!」
こうして王宮内の静かな朝は、終わりを告げた。
だがそれが、マーシャという一人の少女の耳に入るのは、まだもう少し先のお話である。
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