髪の毛スパゲッティ
蝉達がミーンミーンと鳴く。ジジジジッと何かに驚いたように鳴く。どっちにしても夏を感じさせるものだ。窓でしか温度調節出来ないキッチンで、宙彦と眞白は昼食を取ろうとしていた。
「なぁ、洗濯物干し終わるの遅くない? 料理作るペース遅くない? 昨日より一時間遅いと思うんだけど」
眞白は、フォークでミートソーススパゲッティをクルクルと巻きながら宙彦に言った。しかし、それに対して宙彦からの返答はない。宙彦は紙袋を持ったまま、食べる様子もなくジーッとしている。その様子を気味悪く思った眞白は大きな声で呼びかける。
「おい! おいって! 聞いてんのか! ねぇ!!」
眞白は少し腰を上げて、ミートソースがべったりとついたフォークで宙彦の髪をクルクルと巻く。
「わ、イカスミパスタみてぇ。綺麗に巻けるなぁ」
「イタタタタタタタタタ! 何!? え!? 姉ちゃん何してるの!?」
「巻いてる」
「や、何で!? 俺、イタタタタタ! やめて! やめてって!」
宙彦は、何故こうなっているのか分からなかった。気が付いたら髪の毛がパスタ同然のように扱われていたのだ。
「だって私の話無視するからじゃん? マジあり得ないから。無視されるってのはね、いない扱いされるのと一緒な訳。分かる? それで傷つかない訳がないと、許せないから髪グルグルしてやったのさ」
「無視してた訳じゃないよ! ただちょっと考え事してて……」
「考え事?」
眞白は、髪を巻くのをやめて席に着く。
「あ~……これなんだけど」
宙彦は、少女の母親から貰った紙袋を机の上に置いた。
「この紙袋が何? 危険物か何か?」
「そんな物騒な物じゃないよ……」
ミートソースが大量に付着した髪の毛をティッシュで拭き取りながら、宙彦は言った。
「じゃあ何」
「近所に引っ越して来た人から貰ったんだ。中身はまだ見てない」
「ふ~ん、それが私を無視してないという証明になってはねーよ」
「姉ちゃんにこういうこと聞くのってアレなんだけど……さ」
「うん」
「一目見た瞬間から好きになるんじゃなくて、殺したいほど嫌いになることってあるのかな?」
突然、場が静まり返る。鳴いていた蝉達が鳴くのを一斉にやめた。偶然であるのか、それとも宙彦の質問が蝉達に聞こえたからなのか……どっちにしても奇妙であることに何ら変わりはないのだが。
――姉ちゃんから何も言われないって逆に怖いんだけど……俺の質問がアホ過ぎて答える気にもならないっていうパターン?
宙彦は不安になった。訳の分からない質問をすると、いつもであれば鉄拳制裁か言葉の暴力が飛んでくる。しかし、今回は自分でも自覚している訳の分からない質問であったのに何もない。
眞白はただじっと宙彦の目を見ている。
「ね、姉ちゃん?」
「……フフ、フフフフフフフ」
すると突然、眞白は笑い始めた。その笑い方は宙彦にとって、かなり嫌な感じのするものであった。
「そう、そうなの」
「え? 何がそうなの?」
宙彦は混乱していた。急に笑い始めた意味も、言葉の意味も理解出来ない。少なくとも宙彦の問いに対して答えてはいない。
「別に……やっとかと思っただけ。ただこっからだわ、問題は」
眞白は深いため息をつくと、再びスパゲッティを食べ始めた。それから何度か質問したのだが、拳が飛んでくるだけで一切の返答はなかった。
宙彦にとっては、ただ自分の気味の悪さを姉に暴露しただけの結果となった。




