少女との出会い
「あっちー……3人分はヤベェわ。母さんいつもご苦労様ってね……」
宙彦は、右手で汗を拭う。
洗濯物を干すだけなのに、汗が絶え間ない。普段やり慣れていないのもあって、余計時間がかかる。こういう時に、改めて家事をやる人の偉大さというのが分かる。
たまに、風は吹くのだが生温い。気持ちいい風とはほど遠くて、外で動くのが嫌になる。
――さっさと終わらせて料理作ろ。
洗濯カゴに入った残りの洗濯物に目を落とす。残りは、白いタオルと母のパジャマだけ。フーッと息を吐いて洗濯カゴのタオルを手に取った、その時。
「――こんにちは!」
聞き覚えのない少女の声が聞こえた。その声は、優しくて明るくて――どこか懐かしい。僕は顔を上げた。
そこにいたのは、赤いスカートのロングヘアーの少女と恐らく彼女の両親。
すると、キーンと金属を力強く叩いたような音が頭の中で響いた。
「――あ」
声が漏れる。見たことも聞いたこともない少女に惹き込まれていく。
宙彦の手にあったタオルが地面に落ちる。
「落ちたよ!?」
驚いた表情で、少女は宙彦の元へ駆け寄る。そして、落ちたタオルを拾って宙彦に差し出した。
しかし、それに宙彦は反応しない。先ほどまで少女がいた場所を見たまま硬直している。
「お〜い! 生きてる?」
少女は心配そうに首を傾げ、宙彦の目の前で手を振る。が、それにも宙彦は反応をしない。後ろの両親も不思議そうにしている。
当の宙彦は動揺していた。知らない男の声が先ほどの音に交じって頭の中で響き出したから。
『殺せ』
その短くともパワーのある声が淡々と繰り返されている。
「ねぇ!」
少女が頭の中の音を引き裂いて、宙彦は現実に引き戻された。その瞬間、目の前にいた少女と宙彦は完全に目が合った。それと同時に宙彦の中で変なドロッとした感情が芽生える。
「あ……ありがとう」
気味の悪さを感じながらも、宙彦は差し出されたタオルを受け取った。
「大丈夫ー? なんかボーッとしてたけど」
「え? そうだったかな……ごめん」
「うん、ちょっと怖かったよ」
少女はクスッと笑った。その笑顔に何故かイラッとした。
「媛野!」
後ろにいた少女の父親らしき男性が声を出す。それに反応して少女は2人の元へと帰っていく。ただそれだけなのに、またそれにも苛立ちが溜まる。
「昨日近所に引っ越してきた織井です。準備が少しだけ落ち着いたから、遅くなったけど挨拶に……親御さんは?」
少女によく似た女性が、そう言った。
「母は仕事で、父は出張です」
「あらそうなのね……じゃあ、これ君に頼むわね」
女性が、宙彦の元へ紙袋を持って歩いてきた。
「これからよろしくお願いします。君高校生でしょ?」
宙彦は頷く。
「多分媛野と同じ高校だと思うし、仲良くしてやって」
「は、はい」
宙彦は仲良く出来るのか不安だった。当たり前だ、さっきから彼女の行動や発言全てに苛立ちを感じているのだから。
媛野達が去っていった後、宙彦は落ちて汚れたタオルを手に座り込んでいた。
「なんなんだよ……どうしたんだろ、俺は」
宙彦は胸に残る負の感情を掻き消すことが出来ぬまま、しばらく座り込んでいた。