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前世の箱庭  作者: みなみ 陽
記憶の断片
13/15

絶望の日

 朝からその日は大雨だった。まるで、知らない間に起こっている悲劇を象徴をしているかのようであった。女は、お気に入りの赤い着物を着て2階から窓を眺め、雨が止むのを待っていた。


「お姉様……どこに行ったのかな」


 女にとってその日はいつも通りの1日とは言い難かった。家にいる男衆が少ない。そして、いつも女をしつこく監視していた姉の姿が見当たらない。その監視をなんとか掻い潜って愛する人と密会し続けていた。しかし、それは暫くは叶わない。もしかしたら永遠に。


「止まないし、お姉様遅いなぁ」


 姉が出かけるのは珍しいことだった。基本的に引きこもって、誰かに命令を下す司令塔のような存在であったから。上から目線で言葉遣いが少々問題のある人だったが、それでも村の人間からは尊敬されていた。理由はよく分からない。きっと、女には分からない何か人を惹きつけるものがあったのだろう。


「は~……会いたい」


 何もしない時間は嫌だった。何故なら、すぐに愛する人のことを思い出してしまうからだ。会えない時間が、話せない時間がとても億劫でつまらない。しかし、交わしてしまった約束だ。愛する人のことを思えば、その約束を守る方が賢明だ。


「……ただいま」


 突然、背後から話しかけられたことに驚いた。しかし、その数秒後、女はそれ以上に驚くことになる。


「お帰りって……その格好!?」


 背後の姉の姿は、とても人の格好であるとは思えなかった。しかも、自分のお気に入りの青色の着物ではなく、何故か女の赤い着物を着ている。故に全身が真っ赤で、まるで――


「ねぇ、その着物って……」


 自分がそんな格好をしているのにも関わらず、姉は平然としている。


「あんたの」

「どうして……ねぇ、それって血……」

「……無様だった、あんただと思い込んで……っ、ははははははははははは!」


 姉は腹を抱え込んで笑い出す。


「どういうこと? 分からない、全然分からないよ」

「もう約束なんてものもねぇ! 安心して生きて!」

「約束……もしかして……!」


 女の中で、最悪な想像が湧き上がる。


「殺してやった。これで二人も蘇る……あんたもあの隣村の屑に翻弄されることもなくなる! そして、隣村の家宝も手に入った……ちょっと、持って来いよ」


 姉は、後ろを向いて手招きをした。すると、男が大きな木箱を持って現れた。


「待ってよ! なんで!? ねぇ、どうして……嘘でしょ? また私を馬鹿にするための嘘なんでしょう? お願い、嘘だって言ってよ。お願い。お願いお願いお願いお願いお願い! 彼を殺したなんて言わないで……」

「嘘なんてつく訳ないじゃない、最高の事実。私の村の勝利! これで暮らしやすくなる! ねぇ?」


 ――目の前にいるのはお姉様じゃない、ただの鬼……どうして。


 走馬灯のように昔を思い出す。3人で無邪気に遊び合った日々を。


「最低! 最悪! 人殺し! こんなことで永遠に幸せになんてなれる訳がない! いつか天罰が下るわ! お姉様は馬鹿よ! 大馬鹿!」


 涙が溢れ出す。絶望と悲しみと恐怖、あらゆるものが混ざり合って流れていく。


「うるさいんだよ! 村のことなんにも考えずに、好きなように好きな奴と愛し合ってさぁ! どれだけ迷惑で邪魔か分かってんの!? 別にいい……分かってなんて貰えなくても。私はこの村の未来と平和だけを考えてんだよ!」


 姉は、男から無理矢理木箱を奪い取る。その木箱は、古くから伝わる物にしては新しいように見えた。どこも腐ってはいない。


「開けちゃ駄目だよ。災いが起こるから……ねぇ、それ返してあげてよ。あ、彼は……彼の遺体は……」


 ”遺体”その言葉を使うのは苦しかった。


「……うるさいなぁ。遺体? そんなの捨てたわ」

「――っ!」


 言葉を失った。


「……もう……嫌」


 ――彼がこの世にいないのなら……もう約束の意味も生きてる意味も……何もない。


 女は顔を涙でグチャグチャにしながら、ゆっくりと窓の方へと向かう。


「何する気!?」


 姉は驚愕の表情を浮かべる。隣の男も急いで女の方に向かって走ってくる。女はそれから逃げるように、窓の桟へと座り込み言った。


「……あの頃に戻れたら……良かったのに」


 男の伸ばした手は空を切り、女はそのまま頭から下の岩に直撃した。溢れ出した血は、まるで大海原のように赤く赤く周囲を染めていった。


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