いつもそばに
眞白は、リビングでスマホゲームをして遊んでいた。それは和風RPGで、それなりに流行っているものだ。眞白は学校の友達に無理矢理入れられて、なんとなく暇だからという理由で続けている。いつかはやめるつもりだったのだが、かなりいい所まで来て、ランクまでマックスになってしまい、引くに引けない状況である。
「うわ、外れだわ」
新しいイベントが始まり、そのイベント限定のガチャがある。当たりキャラを狙っているのだが、かれこれ連敗が続いていた。いわゆる、爆死だ。
「チッ、腹立つわ。てか、めっちゃ喉渇いたし。あ~ウザいウザい。パシるか。お~い! 宙彦! お茶持って来て~!」
普段であれば、すぐに返事があるのに今回はない。
「あ?」
眞白の中で宙彦は召使いだ。一度たりとも弟だと思ったことはない。
「お茶持って来いって言ってんだけど! 無視とかありえねーから! 聞いてんの!?」
ソファーにまるで王様のように座る眞白。どうあがいても、リビングにいる眞白の方がキッチンまでの距離が近い。だが、面倒臭いという理由だけで宙彦を使うのだ。
「いい度胸してんじゃ~ん! 急に歯向かうとか何様のつもりな訳? いいよ、骨数本折ってやるから」
眞白はスマホを机に投げ捨てて、指をポキポキと鳴らしながら立ち上がる。眞白のこの言葉は、決して冗談ではない。過去に2度、宙彦の腕と足の骨を折っている。そこから2人の関係は、完全に主従関係と成り果てたと言っても過言ではない。
「そんなにお茶が飲みたい? だったら自分で持って来なよ」
リビングの入口には、いつの間にか宙彦が立っていた。至極当然の正論なのだが、眞白の中ではそうではない。召使いが王に逆らうのと一緒。
「はぁ? 今回はどこ折って欲しいのかなぁ? 肋骨? 腰? 尾てい骨?」
入口に佇む宙彦に、ゆっくりと眞白は近づく。
「暴力は反対だな……フフフ」
宙彦は、口角だけをニヤリと上げた。それを見て、眞白は気付いた。目の前にいるのは、宙彦であって宙彦ではないのだと。自分がずっと待ちわびていた人物そのものだと。
「な~ぁんだ……宙彦じゃないのかぁ」
眞白はそこでバレエダンサーのように、クルリと一周綺麗に回った。そして、宙彦に強く抱き着いた。
「星谷 柚彦……それがあんたの名」
「そんな名だったか……すっかり忘れたよ」
宙彦改め柚彦は、眞白を抱き返すことなく言った。
「自分の名前すら忘れてしまうのね?」
「どうだっていいんだよ。それより……お前は何故、俺の名を知っている?」
「私には大切なことだから。復讐と憎しみに囚われると、それだけになっちゃうんだ? 可哀想」
眞白がそう言うと、柚彦は不快感を顔に示した。
「可哀想だと?」
「えぇ、本当に大切な人の顔も分からないで憎んで死んで……あぁ、本当に隣の村の奴は馬鹿なのね。こんな会話も幾度となくやってきたけど、また忘れてるのよね? それでも自分を殺した女を殺すことだけはしっかりと覚えててさ……馬鹿馬鹿しい。それはいつもそばにいるのにさぁ! わざわざ違う方を選んでさ」
眞白は、さらに強く柚彦を抱き締めていく。柚彦の自由を徐々に奪っていく。
「何者だ……お前はッ……」
「あの頃は織井 琥珀って名前だったんだけどね……覚えてないよねぇ。どうしてなんだよ? 柚彦も私も声も姿もあの時とは、全然別人だ。だけど、あいつだってそうだよ。なのに……どうして……あいつを殺し続ける……」
眞白の目には涙が浮かんでいた。