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天地転送装置 死んだら転生神の夫に!?

作者: 斎藤 幸博

短編なのでじっくり読んでください!!

 灼熱の太陽の日差しが増えてくる七月下旬。

 東京都心に近い郊外にある二階建てのアパートから、一人の男が大きなゴミ袋を片手に、扉を開けて出てきた。


 築五十年以上経っているアパートにしては、外見はなかなかきれいだ。

 だが、男が住んでいる二階の階段は、鉄が錆びれているわ、穴が空いているわといわくつきの多く。騒音も絶えないアパートだ。


 さらに、問題なのがアパートを管理している年配の大家だ。

 アパートの住民たちは、何度も大家に修理をするようにお願いしているが、倹約家である大家は「壊れていないのなら使える」との一点張りで耳を貸そうともしない。

 とにかく、自分のやりたいようにやる性格の大家だが、アパートを退去する者はほとんどいいない。


 大家の管理するアパートは都心に近い物件とは比べられないほどの、破格的な安さの家賃だ。

 安さが売りのアパートは、住居者募集の張り紙を出せば、すぐにでも満員になってしまう。

 そのためか、住民たちはいつしか大家に文句を言わなくなった。


 部屋に鍵をかけると、階段を下りていく。


 ひとたび階段を下りれば、目の前には比較的交通量の多い二車線道路がある。

 昼間はさほど混雑しない道路も、朝の通勤の時間帯であるため車が渋滞している。

 その横にある歩道は、サラリーマンの格好をした人が徒歩十分にある駅に向かって歩いている姿が、ちらほらと見うけられる。



 まぶしさを感じさせる空を見上げながら、アパート専用にゴミ捨て置き場にゴミを捨てる。

 ゴミ捨て置き場には、アパートの大家である年配の老婆がほうきを片手に、楽々としたほうき捌きで歩道沿いの道路を掃いている。


「おはようございます、大家さん」


 男の親しみがこもった声で、大家に挨拶をする。

 男の声に気づいた大家は、ほうきを掃く手を止める。


「……おはよう、夢岡さん。今日は暑くなるようだから、こまめに水分補給をしんなさい」


「もう夏ですからね……。大家さんも熱中症にならないように、気を付けてください」


「この老婆は暑さが苦手でねぇ……。夏の暑さは体に毒だよ……。ほら、こんなところにいると仕事の遅れてしまうよ!」


「あ、やべ!急がないと、じゃあいってきます!」


「はいはい、いってらしゃい……。気を付けるんだよー」


 夢岡と呼ばれた男はにっこりとした笑みで大家に挨拶をすると、急ぎ足で駅に向かって歩きはじめた。


「今日も暑いな……」


 右手に黒色のビジネスバッグを、左手には灰色のスーツをぶら下げている男。

 駅に歩きはじめてから五分足らずで、カバンから扇子を取り出すと涼しげな風が心地よく男の顔にあたる。


 男の名は夢岡遼太郎、大卒七年目の二十九歳だ。

 超一流とまではいかないものの、一流の大学を卒業後、そこそこ有名な企業に就職した遼太郎。

 遼太郎は会社内では、かなりの敏腕会社員として知られており、上司や取引先からも高い評価をされていた。

 三十歳手前に独身ということもあり、顔も悪くないということもあり、狙っている女性も少なくない。


「もう夏だよな、この暑さは……。暑いの苦手だから、夏は嫌いなんだよな」


 極度の暑がりの遼太郎に言わせてみれば、夏は遼太郎の人生の天敵である。

 天敵には天敵対策をしなければ生きられないポリシーを持つ遼太郎に、30年目になる天敵対策は万全を期している。


 カバンの中には、MyボトルらしからぬMy氷ボトルを入れている。Myボトルに氷を入れられるだけ入れただけであるが、氷は遼太郎の夏を生き抜くための命の源だ。

 脇の下には保冷剤が落ちないように工夫して貼り付けている。もはや変態ともとらえられる所業だが、遼太郎にとっては死活問題である。


 保冷剤が時間が経つにつれ、保冷剤の氷は溶けて水滴が脇の下に落ちてしまう。毎日のことだが、会社に着く頃には遼太郎の脇の下はびしょびしょに濡れてしまい、替えのワイシャツを二枚持ちあるのも遼太郎ならではの夏への対策だ。


 他にも夏対策をしている遼太郎だが、彼にとってもっとも危惧するべきことは電車である。

 夏になると電車にはクーラーが稼働するが、朝の満員電車の中ではクーラーの風は無意味となる。

 電車に人が入りすぎて閉まりきらない扉に、駅員は無理やり扉を閉めようと力で押し込もうとする。

 電車中にいる人はぎゅうぎゅうの缶詰状態の中にさらに人が押し込まれようとし、足場を確保できないほどになる。


 無事に電車が出発したとしても、会社の最寄駅までには最低でも四十分は乗り続けなければいけない。

 息の詰まるほどの密着している電車の中を必死に耐えて、最寄駅に着いたときの解放感は遼太郎にしか感じ取れない気分だ。


 駅に近づけば近づくほど苦痛にもなる感情を抑えながら、踏切の音が鳴る。

 遼太郎は踏切の前で足を止めると、ポケットからハンカチを取り出し額から流れ出る汗を拭う。


「今日もなんとか満員電車を乗り越えて会社に向かうぞ!会社に着けば、涼しいクーラーの風と癒しのアイスコーヒーが俺を待っている……」


 小声で力強く決心した遼太郎だったが、彼の悲劇はここから始まる。


 片方の踏切の遮断棹が完全に閉まると、もう片方の遮断棹が閉まりはじめた。

 車は踏切前の一時停止線で停まり、駅に向かっている人も遮断棹が上がるを今か今かと待っている。


 遼太郎もその中の一人であったが、不意に遼太郎の隣を風のようにかける自転車が通り過ぎる。

 低い姿勢で踏切棹を抜けるたが、自転車のタイヤが車線の溝にはまりこんだ。

 転倒した自転車に乗っている制服を着た学生が車線に投げ飛ばされ、踏切棹が完全に閉まった。


「おい、誰かが踏切で転倒して取り残されているぞ!」


 転倒する姿を目撃した男が、声を張り上げて周囲に大声で叫ぶ。


「あれは、やばくないか!?」


「早く踏切の外に逃げて!!」


 周囲の人間も踏切にいる学生に向かって逃げるように声を出す。


 自転車で転倒した学生はすぐには立ち上がれず、地面に右足を強打したのかうずくまって動けない。

 動けない学生に少しずつ電車の音が聞こえてくる。


「自転車なんかいいから、早く外に逃げるんだ!」


「だれか助けにないと、本当に死ぬぞ!死にたいのか、お前は!!」


 なんとか右足を引きずって起き上がった学生だが、転倒した自転車と共に踏切を出ようとしている。

 命の危険を悟っていない学生の耳には周囲の言葉は聞こえていない。


 遼太郎は全てをすぐ目と鼻の先にいる学生を見つめて、体を動かそうとしている。

 だが、脳では助けたいと考えているはずが、本能は恐怖を察知し体が硬直する。

 心と体が一致していない人間が、命を助けようにも助けられるはずがない。


「ちくしょう、なんで早く逃げないんだよ!」


 迫りくる恐怖を完全に打ち払うことができないまま、遼太郎は踏切の中に走っていく。

 しっかりとした足で学生の元に駆けつけようとしたが、思わぬことが遼太郎の身に起こる。


 突然と右足のふくらはぎに激痛が襲ったのだ。

 助けようとしている人間が、逆に何しに来たんだと言わんばかりに倒れ込む。


 右足のふくらはぎは痙攣をおこし、足が震えている。

 遼太郎の人生のほとんどは文化系に部活に所属していた。運動が苦手だったわけではなかったのだが、本気で部活に打ち込めるとは遼太郎には思えなかった。

 二年間だけ水泳をしていた期間はあったが、それも長くは続かなかった。

 それ以降、遼太郎は美術部、文学部と文化系の部活に所属し、己の見聞を高めていった。


 ほとんど運動する機会がなかった遼太郎の体は、急な全力疾走についていけず、結果的には役立たずの今の状況になっている。


(「これは本格的にやばいかも……。足を引きずったとしても、あの学生を助けられる保証はない。それに足が思うように動かせないぞ!」)


 遼太郎の心には余裕はなく、焦りを隠しきれない表情になっている。

 今できる最善の行動を考えている間にも、刻一刻と電車は迫っている。


「早く逃げろ!電車がもうすぐに迫って―」


 学生に向かって発した遼太郎の言葉と途中で途絶え、遼太郎の体を電車が当たると意識も途切れていった。





 途中で途切れた意識が回復した遼太郎だったが、遼太郎の視界には見たこともないような広々とした空間だった。

 全方位を見渡しても同じような白い壁のようなところに囲まれており、知らない間に部屋に迷い込んだ気がした。


「知らない空間だ……。ここはどこだ?」


 呆然とふけっていると、自分の体がないことに気が付いた。


「な、なんだこれ!?俺の体がない!それどころか、どうやって俺は今この部屋を見ているんだ??」


 遼太郎は体がないことに驚愕しつつも、それ以上に目がないのに見えている光景の方が気になって仕方がないようだ。

 自分に何があったかのかを必死に頭を使って考えようとするが、頭がないのでは考えようにも考えられない。


 すると、突如として部屋の中に聞いたこともない声が響き渡る。


「我の名前は……転生神メテシス―」


 美しい凛とした女性の声が響くと、うっとりしたくなる遼太郎。


(「なんて美しい声なんだ……。いつまでも聞きたくなるような惹きつけられる音色のようだ!」)


「……の部下のレビオンじゃ。儂が、メテシスに代わって貴殿にこの状況を説明しよう」


 美しい声がまたたくまに、のどの奥の潤いがなくなったような渋い声にシフトチェンジされた。

 最初の反応はどこに行ってしまったのやら、遼太郎とレビオンの間に少しの沈黙の時間が流れる。


 両者とも思うことはあるものの、特に遼太郎のテンションの落ちようは、月とすっぽんのようだった。

 もし、遼太郎に体があればメテシスの声に喝采の拍手を送り、レビオンの声にはブーイングを送っていたであろう。

 それほどの落胆の差が遼太郎にはあったのだ。


「そろそろいいかのう?話すことがありすぎて、ちっと時間がかかるぞ……」


「ちょっと待ってください……。今、気分を変えるので……」


「うむ!お主の気分が変わるまでとことん付き合おう。なんせ、儂には無限の時間がある……」


「もう、平気です。レビオンだったけ?この状況を教えてもらいたい」


「う、うむ。では、説明させてもらうとしよう!よっこらせ!」


 レビオンの体がまたたくまに姿を現す。


 両手で杖に体の中心を支え、腰を丸めている姿はどこにでもいそうな優しげのある老人だった。

 長い白いあごひげは年長者独特の知恵のある雰囲気を醸し出し、全身を白い装束で包んでいる。


「儂は転生神メテシスに仕えている下位の神のレビオンじゃ。お主、夢岡遼太郎がここにいるのは電車に撥ねられて即死したからだ……」


「俺が、電車に撥ねられた?そして、即死した?」


 遼太郎はレビオンの言葉にいまいち現実味がないことを理由に反論する。


「だ、だって体はないけど、意識ははっきりしてるぞ!そ、それにレビオンの姿だってしっかりと見えている!とっくに死んでいるなら、もう俺の意識はないだろ?」


「体はすでに現世で消失しているからであり、魂だけがここにやってくる。魂のわずかな隙間がお主の意識を保たせ、この空間が見えている!言うなれば、ここは死んだ者しか来れない空間じゃ……」


「死んだ者しか空間……。電車で即死……」


 魂の中にある意識があるおかげで今がある遼太郎だが、意識の中に一気に一度見たことのあるような写真をつなぎ合わせたような記憶が流れ込んでくる。

 レビオンにしか見えない遼太郎の魂は、空間を縦横無尽に悲しげな様子で動き回っているのがはっきりと見えている。


 遼太郎の意識に流れ込んだ記憶が終わると、やるせなさそうに言った。


「そうだ、全て思い出した……。学生を助けようとして、俺がへまして死んだんだった。学生は、学生はどうなった!?」


「……お主と違い生き残ったわい。慌てて自転車を捨て、なんとか電車をよけきった……」


「……なんだよ、俺はなんのために死んだんだ?みじめにもほどがあるだろ!」


「……お主は勇敢に助けようとしたが、学生のせいでお主は―」


「やめてくれ!それ以上言うとぶっ飛ばすぞ!」


 遼太郎はレビオンに対して怒声のような声を荒らげる。

 無駄死で死んでいった遼太郎は、自分が憎くて憎くてしょうがなかった。

 恐怖心を制御できなかったことや他の人間が行っていれば助けられた可能性もあったが、遼太郎は身を懸けて助けようとした結果が死という最悪な形になった。


「あー、うじうじするんなよ小童が!いくらでも方法はあったが、時間はなかった。限られた時間で遼太郎、お主は自ら向かったのは間違いでもなかった!」


「だが、結果として死んでしまえば死んだ意味もあったもんじゃない!」


「踏切のボタンを押せば助かっていたと?自分が動かなかったら学生は生きていたかもしれないと?すべて憶測に過ぎないではないか!?」


「憶測をするなというなら、死んだ俺にどうしろと!?早く魂が消えて、天国でも地獄でも勝手に行けばいいのか?」


「天地転送装置でお主の行く末を決める!」


「……は?」


 激高していた遼太郎もあっけにとられる。

 遼太郎には伝えてはいないが、レビオンのような下っ端神様でも魂は見えている。

 魂が見ているってことは、魂がどのような色で、どのような動きをしているのかが瞬時にわかる。


 遼太郎自身の体はなくとも、魂が残っているケースは少なくないため、レビオンも慣れたようなやり取り幾度となく経験している。


「天地転送装置は、死んだ者が来世を決める装置じゃ!この装置はほとんどの人間を違う世界に飛ばしているから安心せい!」


「ようするに、俺の来世は異世界になるってことか!?」


「う、うむ。だから、死んだことをいつまでもうじうじするな!」


 じわじわと近づいてくる遼太郎の魂に、若干引き気味になるレビオンだがいくつかの問題があった。


「まず、お主の行動は無駄死になってしまったかもしれないが見事なり……」


「な、なぁ……」


「待て待て、怒るな。天地転生装置は事実のみをくみ取り判断する装置じゃ。そのため、儂は宣言するがいちいち怒るなよ」


「わ、わかったよ。あんまり聞きたくないけど……」


 すっかりしぼんでしまう魂にレビオンは笑う。

 笑みを浮かべたレビオンはの顔は、孫相手に楽しんでいるような表情だった。


「名は夢岡遼太郎、歳は二十九歳にして、立派な大人なり!自らの命を引き換えに学生を助けようようとした生き様あっぱれ!真の勇者に栄光と来世をもたらしたまえ、いでよ天地転送装置!!」


 ピシッと決まったと自画自賛するレビオンは、指を鳴らす。


 レビオンの隣に、エレベーターのような形をしたものが忽然と現れた。

 エレベーターのようなと言うよりも、もはやエレベーターと言った方が早いだろう。

 全体を赤一色で統一された天地転送装置は、上につながる仕組みになっているようで、天井を貫いているようにも見える。


「……これ完全にエレベーターだよね」


「な、なにを言うか!こ、これは転生神メテシスが考えた崇高なる天地転送装置様であるぞ!頭が高いぞ」


「体がないんだから、高くも低くもないわ!これはどうやって開くの?」


「……扉の前に行けば、勝手に開いてくれる……」


「なるほどな」


 天地転送装置をバカにされたのが悔しいようで、足をドタバタとしている。

 レビオンがだだをこねる子供のようなおっさんにしか見えない遼太郎はレビオンを無視すると、扉の前にまで魂を移動させる。


 魂を移動させるのは、それほど難しいことではない。

 体が魂に変わったと考えれば、自分の思い通りに動いてくれるため、魂の移動もなかなか捨てたものではない。


 扉に前に移動すると、レビオンの言葉の通り扉が静かに開く。

 一人専用の天地転送装置の中は、外見よりも小さな箱のような構造になっていた。

 魂が入るには広すぎるが、迷いもなく中に入る。


「絶対、普通のエレベーターだよな……。ボタンと鏡はないけど、外見も内面もそっくりだしな」


『ようこそ、天地転送装置へ。これより、貴殿を来世にご案内します。診断を開始します、少々お待ちください』


「……俺、占いとかあんまり当たらないタイプなんだよな」


 場内アナウンスが流れ出すと、遼太郎は少々祈りはじめた。

 己の運命はこんなもので決まってしまうはかなさを胸の奥深くにしまいこみ、天地転送装置の中でじっと静かに待ち続ける。


「来世は決まったかのー?わしはお主は肝があるもんだから、オーガになると思うんだがどうじゃ!?」


「黙ってろ、チビ!お前なんかより、ずっと高い神になってお前が疲れ果てるまでこき使ってやる!!」


「な、なんじゃと!わしはこの仕事が終われば、昇進が決まっているんじゃぞ。お主が考えているよりも、ずっと偉くなるんじゃからのぉ……」


「……どうせ、働きアリみたいな下っ端神様に変わりはないだろ。そもそも、神様に昇進なんてあっていいのか?」


「お主、働きアリをバカにしたな!働きアリは女王アリに尽くすためにせっせと働いているんだぞ。わしも、転生神メテシスに忠誠を誓い、毎日毎日仕事をしているんじゃ!」


 自分の地位に文句を言ってきた遼太郎にがつんと言い返したかったレビオンだったが、自分の言葉で自分の首を絞めている。

 レビオン自身は転生神メテシスには絶対の忠誠心を捧げ、御身のためにと毎日熱心に仕事をこなしているが、下っ端であることには残念ながら変わらない。


「神様は昇進すればするほど権威が上がっていく。ゆくゆくは、わしも最高神になって神世界の頂点に立つのが夢じゃ」


「壮大な夢ありがとう……。でも、そのままじゃ一生無理だと思うよ!せめて、もう少し冷静に物事を判断する能力を兼なそえないと……」


 遼太郎が該当するが、会社では二十九歳の若さで課長であった。

 課長になれたのは、相手を分析して自分のペースに持っていく商談ができたのがあってこそだ。

 それには、冷静沈着な目線で物事を判断しなければならないが、遼太郎はその能力はずば抜けていた。


 レビオンが現れたときは、冷静さを欠いてしまった。

 遼太郎の本来の姿は相手の話を分析し、自分のペースに持っていき、そのまま勢いと博学な知識を有効に利用して商談をまとめてしまう。

 それを証拠にレビオンは完全に遼太郎に遊ばれてしまい、遼太郎もからかいを含めて挑発をしている。


「お主なんて早く、ゴブリンになればいいんじゃ!……そして、わしは神になる!」


「……ゴブリンは一体ずつは弱くとも、数が揃えば人間よりも脅威になりうるぞ。ゴブリンになって人間世界を征服するのも悪くない!レビオン、……あんた一応は神なんだろ?」


「恐ろしい野望じゃ……。腹の底が見えない……」


 もはや話題が二転三転しているが、遼太郎は天地転送装置の判断が気になっている。

 気を紛らわす意味もあって、レビオンを相手にしているのもあったが。


『お待たせしました、貴殿の来世が決定しました。天地転送装置は貴殿の来世を……」


「せめて、オーガだけはやめてくれ!」


 レビオンに予想されたオーガだけにはなりたくなかったのか、微かな声で呟いた。


『転生神メテシスの夫と認定しました。直ちに行動してください』


「「……えーーー!?」」


 二人の絶叫が息ピッタリに合わさる。


「なんで、こいつが私の夫なのよ?壊れたんじゃないの、天地転送装置!?」


「メ、メテシス様。ど、どうしてこちらに?」


「どうしてもないでしょ!そこの魂が私の夫になるって判断されたから、わざわざ下界に降りてきたんじゃない!」


 レビオンは、目の瞳孔を大きく開けてメテシスが下界に降りたことに驚愕に満ちた表情になる。

 最高神の次に地位の高いのが転生神メテシスだ。

 レビオンに仕事を押しつけ、メテシスは優雅な時間を過ごしていた。天地転送装置が遼太郎の来世を判断した判断結果に納得がいかず、まっさきに二人の前に出てきたのだ。


「……これが転生神メテシスか?なんかちっこくてかわいいな……」


 遼太郎の魂の声はメテシスを素直に褒めた。


 言葉遣いは雑だが、遼太郎はメテシスほどの美貌の女性を見たことがなかった。

 肩まで伸びきった長い金髪の髪の毛が目立ち、小さな顔に対して長身のスタイルはモデルのような体型だ。

 ルビーのように輝いている赤い瞳の奥には、神秘的な不思議な力を感じさせる。

 ぷっくりと潤っている唇から、まさに北欧神話に出てきそうな女神のような声にうっとりしてしまう。


「まさに、神より生まれし美貌の女性……。だが、なぜ俺がこの人の夫になるんだ?」


 遼太郎は神様は無限に存在すると決めつけていたが、勝手な思い込みだった。


 水の神、火の神、太陽の神など、さまざまな信仰心を集める神様が多く存在している。

 転生神メテシスも多くの信仰心を集める神の一人である、信仰心が多ければ多いほどに地位は自然と高くなる。

 レビオンのような下っ端神様は、一応神様と認められているがほとんど信仰心が集まらないため地位は低い。


「なぁレビオン、天地転送装置の決定は覆せないのか?そこの転生神様も嫌がっているみたいだし……」


「覆すとはなんと恐れ知らずな!天地転送装置は、メテシス様自身がお作りになられた装置。つまりは、メテシス様のご意志であるぞ!」


「……なんでそんなもの作ったんだ?神様って……直接判断を下すんじゃないのか?」


「そ、それはなぁ……」


 レビオンは気まずそうに口をつぐむ。

 遼太郎はレビオンが言葉を止めたことを少なからず反応で察知した。

 すると、遼太郎は激怒しているメテシスにレビオンに代わって言う。


「メテシス……君は仕事をするのがめんどくさいから、天地転送装置を作っただろ?」


「……神様にめんどうな仕事なんてあるものか!真面目にこつこつ仕事に精を出しているぞ、このメテシスは!」


「ふーん……。それなら天地転送装置の判断は絶対だよな?メテシス様が自ら考案し、製作したのだからなぁ」


「う、うむ、当然である!天地転送装置とメテシスは一心同体だ」


「なら、俺がメテシスの夫になっても文句はないよな?メテシスの意志だからな!」


 メテシスに揺さぶりを仕掛けた遼太郎の思惑は、考えていた通りの反応だ。

 揺さぶりをかければ必ず動揺すると考えていたが、さすがに神様を名乗ることだけはあった。

 墓穴を掘ることなく、言い返してきたことは遼太郎にとっては予定通りだ。


 あわよくば、自滅してくれればなおのこと良かった。

 狼狽えるメテシスに更なる追い討ちをかける遼太郎。


「これから、末永くよろしくなメテシス!」


「な、何を勝手なことを!我は絶対認めないぞ……」


「あれー?天地転送装置とメテシスは一心同体ではなかったっけ?おかしいなー」


皮肉なことを餌にしてなんとかメテシスを認めようさせうとするなんとも下劣な作戦だが、果たしてこんな作戦が成功していいものなのか。


「……天地転送装置の意志はつまりは我の意志でもある!そなた夢岡遼太郎を我が夫とすることを認めよう!!」


自暴自棄になったメテシスは天地転送装置の意志を無視することはできずに、とうとう己の判断で遼太郎を夫にすることを宣言した。

下劣な作戦ははからずも成功してしまったわけではあるが、作戦実行人の遼太郎は作戦が成功する可能性とは思ってもいなかったために、メテシスを妻にする心の準備が未だできていなかった。


メテシスのような美しい女性を妻にすることには何の不安もないことだったが、奥手の遼太郎は先ほどまでの勢いはとっくに消失してしまい、まるで殻に籠ってしまうようなほどの防御態勢に移行しつつあった。


「遼太郎がメテシス様の夫に……。このレビオンは遼太郎の下僕となり、一生死ぬまでこき使われることがここに決定してしまった」


「神様に寿命の概念はないだろ!」


すぐさま思考を入れ替えて復活した遼太郎はすかさずレビオンの発言にツッコむ。


「そ、その遼太郎は我のことをどう思っているんだ?」


「どうって?」


「す、すきなのか好きではないのだ!?」


乙女モードに入ったメテシスは両手の人差し指の先端をつんつんとしながら、恥ずかしそうに顔をリンゴのように真っ赤にさせて言う。


「たった今、出会ったばかりで急に好きか嫌いか答えろと聞かれても答えづらいが……」


「答えづらいが!?」


「答えづらいが現段階で少なくとも嫌いではない!メテシスはどうなんだ?」


「わ、われか……。我も、遼太郎のことは嫌いではない。ど、どちらかと言えば好きなのかもしれない……」


「それならこれからじっくり神様の仕事をしながら、互いを知っていこう!よろしくな、メテシス!!」


「こ、こちらこそよろしくだ、遼太郎!」


この数年後晴れて二人は夫婦になり神様の仕事をしながら、二人だけの愛をはぐくんだとさ!



「一生、遼太郎の下僕として……。最高神になる夢はいつになるのやら!」


レビオンはいつか遠くない時に最高神になる日がやってくるのだろうか……。


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