幻華ー虚実ー
水平線の向こうにこの国にはみかけない巨大な船舶群がその威容を晒していた。
見慣れない甲冑、聴きなれぬ言語。この大陸にない風貌をした兵士たち。
一筋縄ではいかないだろう。
そう男は思った。
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カツカツと白いチョークが一定のリズムを刻みながら黒板を滑り、白い跡を描く。
王暦723年 春
ノーヴァ大陸 セアル帝国によるアセント大陸の侵略
王暦723年 夏
二ルヴィア公国 ロイゼン公、セルヴァン王国 フェイス王による主導での大陸連合の設立、侵略への本格的な抵抗を開始
王暦724年初春
ティスガロイ平原における陸上戦にて勝利。
「100年ほど前、このニゼルヴィア統一王国は二つに分かれていたことは有名じゃなぁ?その頃、うーんむ、イーリアス海を挟んだ向こう側にあるセアル帝国では内乱が収まった。収まったのはいいのじゃが、迷惑なことにのう。国内燻った不満を侵略という形で諸外国にぶつける事にしたのじゃ。」
歴史の授業。
教室に老教師のどこかのんびりとした声が響く。
昼休みのすぐ後だったからだろうか、生徒たちは眠たげだ。窓からやってくるいたずらな春風はふわりと生徒たちの頬くすぐり、あくびをした生徒の教本をペラペラとめくる。
「では、ヨルダくん 」
「はい 」
少年が ノートを写す手を止めて顔を上げて視線を教師と合わせれば、彼は満足そうに頷いた。
「うむ、この大陸の肥沃な土地を求めて時折侵略者が現れていたのは勿論知っておるな?」
「はい」
「うむよろしい。では質問じゃ。此度の侵攻はこの大陸の諸国に大打撃を与えた。なぜかのぅ?」
「帝国内での船舶技術の革新により、彼らの軍勢が迅速に攻め入ったためです 」
少年の答えに満足した老教師は、もう一度深く頷くと話を続けた。
「よろしい。よく学んでおったなヨルダくん。そうじゃ、前回学んだ帝国内戦史の中でも説明したように潤沢な資金をもって始まった内戦は多くの発明を生んだのじゃ。皮肉なことにのぅ。そして帝国に近い我が国の賢王フェイスも当時の隣国公王とともに警鐘を鳴らしておった」
さすがは賢王様じゃ。そう続いた言葉にヨルダ少年は目を細めた。
授業は滔々と進んで行く。
先生の話を聞き流しながら、少年は物思いに耽る。
自身のノートに移した二つの名前をぼんやりとなぞる。
賢王フェイスと後の戦犯ロイゼン公。
確か“男”の記憶の中では、賢王ロイゼンと優王フェイスだった。今、老教師が話している歴史だって男の記憶の通りなら、警鐘を鳴らしたのはロイゼン公主導だったはずだ。
もし、もしも“男”の記憶が本当なのだとしたら、100年という長い長い歳月はどれほどの歴史を捻じ曲げたのだろうか。
どれほどの嘘が、真実が、この教本に練りこまれているというのだろうか。
少年にはどちらが正しいのかはわからない。
もしかしたらあの記録は己の妄想なのかもしれない。
もしかしたら老教師が教える歴史は本当に嘘に塗れたものかもしれない。
ただ一つわかるのはこの世界は虚実に塗れているということだけだ。
「だから、歴史の授業は嫌いだ」
ボソリとそう呟けば、隣の席で教師の質問に苦戦していたフィルが涙目でうなづいていた。