幻華ーそれは真か幻かー
物語は流転し廻る。
土埃と血糊、そして兵士達の悲鳴に塗れたその戦場で最後に視界に映ったのは彼女の笑みだった。
幼き頃にみた月下美人のような美しい笑みではない。
血と汚泥に塗れて尚も凛と咲き誇る白百合。
あの時、あの瞬間、その華は確かに凛と咲いていたのだ。
あの阿鼻叫喚の地獄で刀剣の如き鋭い光を放つ美しい華だった。容易く触れることのできぬ華が、その地獄に確かにあったのだ。
溶け行く思考の中、彼は想う。
己が罪は消して消える事なく自身を焼くのだろう。
霞む視界の中、彼女に向かって手を伸ばす。
微笑む彼女が闇に呑まれて行く。
手は届かないまま堕ちてゆく。
逝ってしまう、いや、此方が逝くのだろうか。
暗くなった視界はもはや何も写さず、ただ思考だけが宙を漂う。
もし、もしも。
神などというものがいて。
輪廻転成などというものがあるのならば。
最後の最後に、一生にたった一度だけ願おう。
どうか、どうか、お願いだ。
彼女に.............
ーーーーーーーーーーーーーーー
「おい、おい、ーーー」
昏い底から見える光の向こうで誰かが己を呼ぶ声が聞こえる。
「ん.........」
どうやら眠っていたらしい。
目を開ければやけに閑散とした教室の風景がある。授業が終わっていたのだろう、春の爽やかな風が校庭で遊ぶ少年達の元気な声を教室まで運んできていた。
「......うぅん?んぁ、ああ、おはようフィル」
こちらを兄貴分の少年が、朽葉色の瞳に心配そうな色を乗せて此方を覗き込む。
そうだ。アレは夢だったのか.......
いつのまにか寝てたらしい少年は、ほうっと息を吐いた。
「大丈夫か??お前また魘されてたぞ?」
「んぅ、まぁいつものだったよ 」
「そうか」
何か言いたそうにフィルはこちらを見つめるが、眉間に皺を寄せて唸った後、唐突に少年の頭をガシガシとかき回した。
「まぁ、なんだ。何かあったらいえよ?」
「ああ、うん」
コクリと頷けば、彼は淡く微笑んだ。
悪夢を見るのも、大丈夫だと少年が笑うのも出会ってからいつものことだ。どんな夢か詳しく教えようとしない彼を無理強いすることはできない。
じゃあ、オレは購買行ってくると言い残した彼を見送った後、少年はぼうっと窓の外に広がる青空を眺めながら物思いに耽る。
幼い頃から奇妙な夢を見る。
だれかと笑い合ったしあわせな日々を。
だれかを殺す凄惨な日々を。
だれかのそばで死んだ最後を。
遠い昔起こったという、凄惨な戦場で死んだある憐れな男の記録ともいうべきものだろうか。きっとそう表現するのが一番近いのだろう。
けれど、それは記録というにはあまりにも鮮明で生々しく。記憶というには少し客観的だった。
娯楽小説によくある前世なぞというものに近いそれは確かに少年の人生に色濃く影響を残していた。
「罪は消えず、己が身を永遠に焼く.......ねぇ」
いつかどこかで男が死の間際に思った言葉を呟く。
男は全く面倒なものを残したものだ。
視界に映る青い空は一瞬にして火煙で黒く覆われる。
少年達が遊び笑う校庭は、いつかどこかで存在した地獄絵図に取って代わる。
耳に聞こえるのは、断末魔の残響。
少年の見る世界はいつも地獄の幻影を纏っているのだから。