咎の跡ー吟遊詩人は嗤うー
センソウは終わった。
英雄だった悪魔は死んだ。
令嬢だった英雄も死んだ。
賢王だった愚王は死んだ。
愚王だった賢王は王座に縛られた。
全ては終わり凄惨な真実は美しい物語に、人々の憎しみや悲しみは記憶の底に静かに沈んでいった。
忘れてはいけない、忘れたい。
二度と起きないだろう、また起きるかもしれない。
そんな相反する感情を渦巻かせた人々は、この事実を物語にした。
誰かが唄い、誰かが語り、誰かが思いをはせる。そうすればきっと忘れはしない、そうすればきっと 二度と同じ事が繰り返される事はないと願って。
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吟遊詩人は唄う。嘗ての物語を。
悲しき悪魔と云われる英雄を、
麗しき英雄の姫君を。
彼らの愛と哀の顛末を。
すれ違い、追いかけ、憎しみ合い
その果てに、絶えた彼らの愛憎劇を。
吟遊詩人を見つめる少女達はどこかウットリと聴き入っている。でも、少年たちはつまらなさそうに口を尖らせた。
「ねえ、吟遊詩人さん。」
「うん、どうしたんだい? 少年?」
歌が終わった後、銀貨の雨が降る中である少年は不満そうに吟遊詩人を呼び止めた。
「そういう、面白くない話じゃなくてさぁ!もっともっとかっこいい話聞かせろよ!」
「ああ、いいよ、悪い王様から国を救う話とかどうだい?」
目を輝かせた無垢な少年を見て。吟遊詩人はくすりと嗤う。
やっぱり誰も、覚えてはいない。物語に真実が隠されていたとしても。誰も思い出さない、いや知らないのだと。
吟遊詩人は唄う。
悪しき王から飢餓に喘いだ国を救った麗しき姫君の話を。それを支えた今上の賢王を讃える歌を。
吟遊詩人は知っている。なぜなら、彼は沢山の|物語その中の真実》を知っている。昔むかし、なんて誰も気にしやしない事も知っている。
だから、吟遊詩人は唄う。
なにも語らず、ただ唄う。
美しい物語を。
「なあ、吟遊詩人さんよぉ。」
「ああ、親父さんどうしたんだい?農作業は大丈夫なのかい?」
「まあ、それはそれだ!それより知っているか?」
あの噂を。
だから、吟遊詩人は嗤う。
「ああ、あのキナ臭い話だね。」
「そうだよ、なんか隣国の兵がうろついているらしいね!全く迷惑ったらありゃしない!オウサマも、あのくそったれな国をやっつけちまえばいいのによぉ。」
「そうだねぇ。」
物語のニオイを嗅ぎつけて。
さて、次はなにを唄おうか。
終わり
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