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咎の華  作者: 芳香
初華
5/10

咎の茨 賢王賛歌

この国の王は凡夫だ。


彼が王になってから国力は変わらず、政策も変わらず。

何も変わらなかった。


 いつも、ある国の民たちは噂をしていた。

この国の王は凡夫で隣国の王は賢王だ、と。

日に日に活気に満ちてゆく彼の国が羨ましいと。


でも、この国は何も変わらなかった。


 そして臣下たちも影で王を嗤った。凡夫だと。

王にふさわしく無いと。

それを王は知っていた。自身のことを知っていた。

だから、知っていても何も言わなかった。


 だからと言って王も人であることは変わり無い。


 言われる度にに。嗤われる度に。ドロドロと燠火のように微かに熱を持った黒いものが王のココロの底に溜まっていった。


 『聞いた?隣の国は海の国と条約を結んだんだって。これで珍しいものが沢山入ってくるらしいよ?』

 『いいなあ.....

だってあの賢王様だものね。流石だわ。』

 『ねえ、なのに私達の国の王様なんてさ。税率が変わらないことを自慢げに言ってて。本当、隣に比べたら恥ずかしいったらありゃしない。いっその事....』


 隣の国の王様がここを治めてくれればいいのに。

 


 ほら、また黒いモノが一つ増えた。


 そして、平凡な王は今日も黒いモノを抱えて王の責務を果たしていった。


 そのココロを黒い黒いモノで焦がしながら。


 “ああ、何故奴は我の隣の国の王なぞになってしまったのだろうか。”

 “ああ、何故あいつは慕われ、同じく努力している我は落とされねばならんのだ。”


 じゅくじゅくと、じゅくじゅくと王のココロは黒いもので覆われていった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


戦争は突然始まった。


 海の向こう側の名も知らぬ大国がこの大陸を狙ってやってきたのだ。そして、最初に狙われたのは隣国だった。


 隣国の王はやはり賢い王だった。


 彼は真っ先に防衛戦に入って、敵がこちらよりずっと強いことを悟ると。多くの国に呼びかけた。共に戦おうと。


 多くの彼と親しい国は援軍を送った。


 彼と幼き頃からの友人であるこの国の王も彼を助けようと援軍を送った。何故ならば、どんなに比べられ嘲笑される原因の男だからとて、彼の国の賢王は彼にとって無二の友でもあった。


 戦争は最前線となった彼の国の王が主導で同盟軍を作った。平凡な王は重荷を背負った“友”を支えた。


 戦争は続いた。


 だが、希望はあった。


 『いつか、きっと争いは終わる。その時にお互いが笑いあえるような国にしていこう。』


 そう、希望はあったのだ。


 だが、何時だっただろうか、戦争が続く中、歯車は狂い始めていた。

 きっかけは何だったのだろうか。いや、きっかけとも言えない子供じみた情動が始まりだったのだろうと王は思い返す。


 ある晩餐会の事だった。

 王が退室した時、風の悪戯か聞こえてきた言葉。


 『やはりこの日国の王は流石ですな。何というか王者に相応しい何かがある。』

 『そうですなあ、それに比べ隣国の王は.....この国の王に付き従い、支えていてまるで....』



【属国であるかののように隷属しておりますのう】


 この時、王のココロは決壊したのだろう。


 我は我なりに必死に行ってきた。


 なのに、


 何故、何故我は認められない!


 王も分かっていた。決して賢くはないが愚かではないのだから、誰を責めても変わらないのだと。


 只々、天才の隣にいたというだけであると。


 だが、だからこそ平凡な王は止められなかった。己の憎しみを止められなかった。だから、彼は隣国をめちゃくちゃにしてやろうと考えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 簡単だった。


 隣国を窮地に追い込む事など。


 他の王にこう囁けばよかった。


 「この国の負担が多いのでは無いか?隣国にもう少し負担があっても良いのでは無いか?賢き王なればきっと大丈夫なのだから。」


 そう。誰もが心のどこかで彼の国の王に嫉妬していたのだ。少し揺り動かしさえすれば簡単に落ちた。


 こうして、少しづつ、少しづつ


 隣国の味方は減っていった。


 後の事など語るまでも無いだろう。戦争が無事に終わっても他国への食料や金銭の供給で疲弊した彼の国は決して立ち直ることはなかった。


 後はまるで玉が坂を転げ落ちるかのように彼の国は堕ちていった。伝え聞いたところによれば国は貧困し、飢えていったのだという。


 それを聞いたこの国の民は噂する。


『ねえ、聞いた?隣国は餓死者が沢山沢山出たらしいよ?』

『賢王様がいるのに?まあ?!賢王様も大したことなかったのね。』

『ええ、よかったわね。』


 この国があの王様で。


 王はその話を聞くたびに仄暗い満足感を得ていった。


 だからこそ止められはしなかった。

 隣国が救援を頼んでも、王は己の欲のために否と返していまうくらいに。止められなかった。


 黒いものに溜まったココロにねっとりとその満足感が麻薬のように染み込んでいった。


 “隣国が堕ちて行けばきっと我はもっと賞賛されるきっと.......。”


 そして誰も止めることのできない凄惨なセンソウが始まった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 戦いは、多くの犠牲を出して終わった。王の国も隣国も疲弊し、結局他の多くの国は領土を奪おうと虎視眈々とこちらを狙っていた。


 王のいなくなった彼の国を併合したこの国は、只々ひたすら復興を急いで行った。


 その中で、民たちは復興のために必死で働く王のことを讃えて褒めた。素晴らしい王だと。立派だと。

 けれど王は何故か嬉しくはなかった。


 隣国の城が落ち、賢王だった男が死んだ日から、ある日王だった男と交わした言葉が平凡な王の頭から離れられない。


 暗く湿気った牢屋の彼我で対面した2人は昔出会った頃と大きく変わってしまった。


 一方は、国を滅ぼした愚王ー罪人として。


 一方は、国を守った賢王として。


 1人はボロを纏い。


 1人は豪奢な衣を纏う。


 その中で、牢屋の男は嗤う。


 「お前は豪奢な張りぼてのために我が国を滅ぼしたのか.......。ならば私はお前に一つ復讐をしよう。」

 「牢屋の中のお前に何ができる。

         我が勝者なのだから!」

 「くっ、くっく、哀れだな。

        哀れすぎて笑ってしまうよ。」


 窪んだ瞳を狂気でギラリと光らせて嗤うかつての友に王は恐れを抱く。何故、彼は嗤っていられるか王にはわからなかった。


 「なあに、簡単な事だ。予言しよう。お前は張りぼてのの栄誉によって伽藍締めにされるだろうよ。きっといつかわかるさお前が産んだ結末がな!!」


 ケタケタと嗤う男の姿にはかつての友のー賢王と言われた姿はない。それが、どこかで心に刺さるようで王は逃げるように牢屋から出て行った。


 きっと、苦し紛れに行った言葉なのだろうと王はいつも己に言い聞かせる。 気のせいだと。


 だからこそ、平凡な王は気づかない。


 唯一無二の友を捨て、周りからの賞賛を選んだ己に。


 平凡な王は気づかない。


 周りからの目がまるで茨のように己を取り囲んでしまったことに。


 もう


 決して逃げられない。






 後に、歴史は語る。かつて、二つの国を併合した王は決して優秀ではなかったがその穏やかな統治を賞賛されたという。だが、いつもどこか怯えたように民に聞いたのだという。


 己はお前たちにとって良き王であるか。と。

民が願うのは己の平穏。他のことなんざ正直知ったこっちゃない。


欲しかったのは、大多数からの賞賛。


失ったのは、かけがえのない友情。


残ったものは、なに?

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