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咎の華  作者: 芳香
初華
4/10

咎の茨 愚王賛歌

王は賢かった。


王は己を誇りに思っていた。


民はそんな王を尊敬していた。


何処にでもありそうなありふれた、けれども平和な国


それがこの国だった(・・・)


戦争があった。大切なこの国を守るために。

だから、賢い王は命じた。兵を出せと。

民は、貴族は兵を出した。賢い王の言うことならばきっと正しいのだと信じて。


民は、貴族は、戦った。己の為に、人のために。

王はそれを命じた。己を、国を守る為に。


戦争は勝った。


だが、敵が去った跡に残されたのは戦場となった荒れ果てた土地と、疲れ切った民と貴族だけだった。


賢い王は命じた。


国を立て直せと。


そして民たちはそれに応えようと必死に努力した。

王も、民を、国を救うために必死に努力した。


王は仲の良い隣国に聞いた。


「戦場となっていない貴国ならば食料はあるだろう?

頼む!飢えた民のために少しだけ分けてはくれないか。

荒れた土地が元に戻った暁には必ず返すから。」


だが隣国の欲深い王は笑って答えた。


「賢い王の貴殿ならなんとかするだろう。私の国も余裕がないのだ。」


王は同盟国に聞いた。


「頼む畑を耕す鉄器を貸してくれ。飢えた民のために、荒れた土地が戻った暁には倍にして返すから。」


王は遠くの国に聞いた。


「頼む畑み植える種もみを分けてくれないか。戦争の時に兵たちの食料として我が国が出した分だけでもお願いだ。

でなければ畑に撒くものがないのだ。」


だが、誰も聞いてはくれはしなかった。


賢い王は優しすぎた。愚かなほどに。


それでも時間は過ぎてゆく。


民はゆっくりと


ゆっくりと疲れていった。


民は思った。


何故己は働いているのに、なんの救いも来ないのかと。

隣国はあんなにも豊かな実りを茂らせているのに。


何故、この国の王は何もしないのかと。


最初は笑顔だった人も日に日にやつれていった。


誰もが賢い王に裏切られた気がした。


王は悩んだ。何もかも空っぽになった王宮で。

賢い役人は他国に逃げ出した。

富を持つ貴族は亡命を。

業突く張りな商人も荷物を纏めて出て行った。


残るのは老いた家臣たちだけ。


賢い王は悩んだ。悩んで、悩んで悩んで、優しいあまり狂ってしまった。


そうだ。無いのなら有る所から奪ってしまえばいいのだ。

この国にはまだ優秀な“英雄”がいるのだから。


だから、王は優しい“英雄”に命じたのだ。


兵を率いて戦え。そして奪え。と。


こうして戦が、また始まった。


最初は良かった。兵を出して奪った食料で女子供の命を賄う。奪った土地で奪った種籾で畑を耕す。


だが、戦いはそれだけで終わらなかった。


奪ったものを奪い返す。そんな考えてみればごくごく当たり前のことが起きて戦いが広がっていった。

そして、また一つ豊かな土地が、街が荒野となった。


奪い、奪われ、また奪い。


殺せと命じ、殺し、殺され、また殺せと命じる。


止めたくても止めることはできない。


止まってしまえば敵に、隣国に国が飲み込まれて民が虐げられるだろうから。守らなければ。そう思って賢い王は必死に戦った。


けれども、いつしか“賢い”王は愚王と呼ばれるようになった。民のためを思った願いは通じはしなかった。


どのくらい、戦が続いただろうか。

もう、王は疲れ切っていた。


もう、よい。


民を思うことなど疲れてしまった。


そして、ある日英雄が死んだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーー


前をみればかつて、愛した民が家臣がこちらを憎々しげに睨みつけていた。そういえば、道中も石を投げられたなと男は思う。


処刑台の上に頭を乗せ、隣国の役人が罪状を朗々と読み上げる。


王権の私物化


民の迫害


隣国への侵略。


それが男の罪だそうだった。


そして隣国の王の言葉を役人が読んでいる間に男は英雄が死んでから起こったことに思いを馳せた。


英雄が死んでから、隣国の軍は破竹の勢いで王都まで進軍してきていた。


 その反面、すべてを諦めていた王は王都から民を逃すこともせずただただぼんやりと王座に座っていた。

 いつだっただろうか、あの王都陥落の日王はいつものようにただただ座っていた。


広間まで漂ってくる血と何かが焼かれる香り。


そして、人々の罵声や悲鳴。


嗚呼、とうとうここまで来たのだと男はその時悟ったのだ。


そして、広間に隣国の兵がなだれ込んできた。

 隣国の兵を率いる男はまだ年若い青年だった。捕縛される時、青年は憎々しげにこちらをじっと見つめていた。


のちに、話を聞けば、かの英雄とその婚約者の無類の友であったのだという。その時は、男も悪いことをしたなとぼんやりと思った。


 それからのことはあまり覚えていない。


 ただわかっているのは、王ではなくただの男となったことだけ。その話を聞いた時はどこかものさみしくも気が軽くなった気がしたものだった。


 人々に慕われた彼の国の賢き王はもうどこにもいない。


 ここにいるのは、ただ民に嫌われた愚かな男が1人。


 そして役人の言葉が終わり、処刑人は斧を振り上げた。その間際、男は王となる時誓った言葉をふと思い出した。


「ただ民のために働く。

それが私の誓いだ。」


 結果がこれだった。


 だから、もういい。


 すべてを諦めた亡国の元王の男はこうして死んだ。

人の為、国の為、それが正しいかなんてわからない。後の歴史家ぐらいしかわからない。

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