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咎の華  作者: 芳香
初華
3/10

閑話 名もなき少年の回想

長い、長い戦争は終わった。


英雄は地に堕ちて、残ったのは疲弊した二つの国だけ。

いや、国とももう呼べないほどの代物かもしれない。

荒廃した大地と疲弊した民。


それだけがこの二つの国に残されたのだった。


全く、笑える話だと少年は思う。


在る国は、食料が無くて生きるために戦いを挑んだ。

在る国は、それを奪う国から身を守るためにー生きるために戦った。


結局、思いは同じなのに戦争が起きてしまった。


これからどうなるかなんざ少年にはわからない。

ただ分かることは。


「もう戦争はこりごりだなあ....」


あんな狂気は二度とごめんだ。そう思った。いや、きっと誰もが思ってるのだろうと少年は思う。


 戦いなんざろくなことがありゃしない。

 

 きっとこれが今回の戦の報酬。


 丘から街を見下ろせば帰還した男どもがレンガを積み上げて街の修復を始めていた。


「早いなあ。」


 全く、戦に行って帰ったばかりだと言うのにやる気にあふれて結構なことだ。丘の上で寝そべって空を見上げれば透き通るように蒼いそらが広がっていた。


 全く、戦時の暗雲に満ちた天気とは大違いである。


 毎日の様に人が死んでいたせいで人が焼けるすえた臭いじゃ途切れることがなかった。それが今では青々とした草の香りがする風がさわりと丘を撫でてゆくのである。


 「本当、早いんだよ......。」


 どこもあの戦場と同じではないのにあの時のことを思い出して少年は涙を堪えた。


 「本当に.......。」


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 少年の自慢は足の速さ、駆け鬼だって捕まったことがないくらい少年は速かった。


 だから、あの戦争で少年は伝令係として戦場を駆けたものだった。今思えばよくもあんな魔術が飛び交う戦場で逃げ切れたものだと思う。


 そして、ある日から少年はある将付きの伝令係となった。


出会ったのは、儚いほどに美しい人。


でも何処か剣の切っ先の様な危うさを持った女性(ひと)


短く切り揃えた黄金の髪がさらりと風に揺れ、こちらを見透かすような美しい蒼瞳を瞬かせて彼女は笑った。


「貴方が私の伝令役ね。大変だと思うけれど頑張りましょう。」


彼女が戦場に出てから少年はずっと彼女の後ろを、先を駆けていた。


 始めて人を殺めて涙を流した時も。


 命の危機が迫ったときも。


 勝利の笑みを浮かべたときも。


 少年はずっと見ていたんだ。彼女を。


 今思えば、それは初恋だったかもしれない。叶わない初恋だったかもしれない。


 少年は知っていた。


 彼女が敵国の“悪魔”の元婚約者であることも、

 彼女がどれだけ彼を愛していたかも。


 だから、つい本当は伝えてはいけない噂を伝えてしまった。


 彼があの戦場に来ているという噂を。


 そして事に始まりから終わりまでずっと見ていた。


 彼と彼女が相討ちとなって、でもどこかの幸せそうな笑みを浮かべて倒れてゆく様をじっと見ていた。


 本当は....本当は助けたかった。


 なぜ、死ぬのと叫びたかった。


 けれども、彼女にはきっとこれが必要だったのだろうと少年は思う。もう、今となってはわからないことだけれども。


ーーーーーーーーーーーーーーー


戦争は“悪魔”が死んで敵軍が瓦解したことによって終わった。


あっけない終わりだった。


挙兵した王は処刑され、生き残ったものたちは緩やかに回復してゆこうとしていた。


そして、あの“悪魔”と姫様の墓はどこにも無い。


彼女は遺言に従って墓は作られなかった。


“悪魔”は罪人として墓は作れなかった。


 だから少年は、すべてを知っている少年はせめてもの慰めに彼らの骨を戦場にたっていた大樹の下に埋めて戦場から故郷へと。


 戦争が終わって数ヶ月。


 まだまだ、状況は苦しいままだけれども民の顔には笑顔が戻り始めていた。街には商人の掛け声が響き、働く男たちが笑う。女たちは仕事をしながら噂話に花を咲かせている。


 でも、あの日戦場で花を愛でていたあの方はもう居ない。


 彼女にとっては少年など名も知らぬ一兵に過ぎなかっただろう。


 でも少年にとっては大切な、大切な思い出でもあった。


 「んー、あったかいなあ.....。」


 伸びをうーんとして少年は立ち上がる。

 過去の思い出にふけている場合ではないのだ。やるべきことはたくさんある。


 ねえ、ーー様見てますか?


 貴方が戦ってくれたからこそ僕らは今ここで生きている。


 だから


 貴方は安心して“悪魔”といちゃいちゃしてくださいよ。


 きっとこの想いは届かないだろうけれど。僕は前を向いて進んでいきます。それがきっと貴方たちへの手向けとなるから。

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