天華ー天と地と少女ー
人間は大体、目に見えるものしか信じてないでしょ。例えば雨が降って、地上では傘をさしてる。だけど、飛行機で雲の上に上がってしまえば、そこに太陽はある。
人々は頭上にいつも太陽があることを、忘れているだけなんだ。
ーとある飛行機乗り
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蒼
上も右も左も蒼い。
エンジン音がぐるぐると煩い。
轟々と風が耳元で叫ぶ。
防護マスクの隙間から刺すように冷たい空気が肌を撫でる。
時折、強い風が少女が乗る機体をふわりと揺らす。
それでも、やっぱり空はいい。飛行機を操る少女は、ほう、と白い息を吐く。
地上はしがらみばかりで何時も少女を鎖でぐるぐる巻きにするのだから。時折、まるで籠の中に囚われた鷹のように暴れて外に飛び出してしまいたくなる。
綿飴のようなー実際は冷たくてジメジメしているけれどー雲を突っ切ると、ふわりと左翼側にもう一機の飛行機が並んだ。
赤い機体に乗るのは確か少女の妹分だった筈だ。視線を向ければその機体に乗った小柄な人影が小さく手を振った。
『ざ、ざ、ざざ.....やほ...ザァ.....ネお姉ちゃん、たい...さ...が呼んでるってさ』
無線から聞こえたのは妹分の底なしに明るい声。
少女は少しだけ口元に笑みを浮かべて返事を返す。
「了解。後一回遊んだらすぐ帰投するわ」
『ザザザ....は..ザァ...くね!大佐...っごいザザ...怒ってたよ!』
「ええ、わかってるわ」
わかっているとも。何故って、少女は無断で空を飛んでいるのだから。
いつになく、空を飛びたくなって基地にある飛行機庫に忍び込んで自身の愛機である蒼機体を拝借した。
もちろん監視官は泣き落としだ。
上官に怒られることも承知で飛び出したのだから。
「さきに、行きなさい。貴女は怒られないようにね。」
『わかって...わよ!!...シ...お姉ちゃん、ザザッ早くね!!』
「はいはい 」
幼い頃から変わらない、勝気で、優しい妹分の言葉に少女はひらひらと手を振って応えた。
その手が見えたのだろうか、隣の飛行機の人影はハンドサインを一つして離れて行く。
「降りたら覚悟してね.....か 」
きっと今日も上官と妹分にこってり怒られるのだろう。自業自得とはいえ、ちょっとだけため息を吐きたくなった。
離れて行く赤い機体を傍目に、少女は気を取り直して雲の上でのんびりと浮かんでいる太陽を睨め付ける。
ペダルに足を置き、操縦桿を握りしめ、倒す。
機体が風を纏って、ぐん、と太陽目掛けて舞い上がった。
目を細める。
風が肌を刺す。
まぶしい。
世界が白く染まった一瞬、ペダルを踏み込めば、
世界が蒼く染まって一瞬、機体が堕ちてゆく。
くるくる
くるくると。
ふわふわと不思議な感覚の中、少女は笑った。
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ーもし、飛行機と鳥とを選べるなら、私は鳥を選ぶのに。